2018年01月01日

2018年 新年あけましておめでとうございます。



新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

皆さまにとって良き一年になりますように。



今年、新に挑戦すること。

また時期がきましたら、正式に発表させて頂きます。
  

Posted by フューネ三浦 at 10:07 │日々いろいろ

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2017年12月31日

2017年 今年もありがとうございました。

早いもので、本日大晦日。

今年も大変お世話になりました。

2007年から続けたブログも今年10年目の節目を迎えることが出来、

同時に2日に一度という記事のアップを終了させて頂き不定期

になりました。

今年を振り返ること様々なことがあった一年でしたが、今年新たに

出会えた方々とのご縁も大切に来年からも頑張って参ります。

皆さま良い年をお迎えください。




  

Posted by フューネ三浦 at 10:38 │日々いろいろ

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2017年12月28日

デジタル遺産と死後離婚

近年、「デジタル遺産」という新しい言葉が生まれました。

デジタル遺産とは自身の死後に残るパソコンやスマホ、

デジタルカメラなどの写真の記録などなど・・・・

いわゆる記録媒体に保存してある各種の記録データのことです。

特にスマートフォンの中の記録などはその人の脳内と同じであり、

他人は本来は絶対に見られたくないものです。

また、月々の会費がかかるものもあり、スマートフォンのパスワード

が解らないばかりに余計な費用がかかってしまうことがあり、

何かと厄介なものです。

自分の配偶者が亡くなり、パスワードが解らなくても、一定の条件が

揃えば、管理する業者はパスワードを開示してくれますが、パスワード

を入れてアクセスしたデータを見ることによって結果的に衝撃的な

事実が判明してしまうことがあるのです。

知らないなら知らないことに越したことのない衝撃的な事実を

知ることによって、死後に離婚をしたいという相談がフューネでも先日

お客様から寄せられました。

相手はすでに亡くなっているのに、離婚をしたいということは

相当なことだと思うのですが、そのような気持ちになるということは

その人にとって知らないほうが良かった事実なのでしょうか。



自分が亡くなったら自動的に記録が消去されるような仕組みの開発は

今のところ難しく、まだまだ不完全なものでしょう。

しかしながら、今後ますます増えていくデジタル遺産についての

対応はとても大切なことになっていくはずです。

遺品整理の中にデジタル遺品も入れていくことが大切です。









  

Posted by フューネ三浦 at 09:18 │日々いろいろ終活の教科書

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2017年12月17日

今年は「北」でした。



2017年の今年の漢字は「北」でした。

「北」と言えば、北朝鮮のことくらいしか連想しないとネット上の

記事では「こじつけ」だと批判がありますが、多くの方が北朝鮮から

の不穏な情報に不安になったことも事実であり、「北」という文字が

選ばれたのは年月が経てば正しい選択であったと思えるような

特徴のある一字でしょう。



さて、今年の私の漢字一文字は「節」。

様々な「節目」がやってきました。

今までの慣例や慣習を断ち切って新しいものを取り入れたことも

多々ありましたし、ブログ10周年などの節目を多々ありました。

「けじめ」という節もあれば、記録という節もあり、おそらく私に

とって忘れることの出来ない年になったと思います。




来年はどのような年になるでしょうか。

どんな年になったとしても、前進あるのみですが。




  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │日々いろいろ

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2017年12月12日

悲しみをリセット

これまでに何度もブログに書いてきましたが、葬儀の持つ役割の中に

「悲しみを断ち切る」

という重要な役割があります。

「なぜ葬儀をするの?」

というそもそもの質問をお客様から受けた時にこのことを答えられたら

模範解答と私自身は思っています。

しかしながら葬儀の経験が少ないお客様ほど、この答えでは納得を

されないのです。

他に葬儀の持つ役割は

「社会的処置」「遺体の処置」「霊魂の処理」

の3つがあり、

「社会的なお別れをする場ですよ。」

「ご遺体を衛生上の問題をクリアして適切に処置をすることですよ」

「亡くなれた方があの世に行く為にお参りをすることですよ」

と説明をすれば多くの方は理解をしてくれます。




繰り返しますが、私は葬儀は「悲しみを断ち切る」ことが葬儀の一番の

醍醐味だと思います。

実際に「悲しみ」から立ち直った経験のある方でないとこのことを

本当に理解して頂けないと思いますが、悲しみを引きずらない為には

葬儀は絶対に必要なのです。




葬儀は不要という考え方のお客様もいらっしゃいます。

予算上の都合で仕方の無い方も中にはいらっしゃいますが、

「葬儀は不要」

だと言われる方は比較的所得層が高い方が多いのです。

もっとも形式上での葬儀は不要だと言われる方はよろしいのですが、

悲しみを断ち切るという効果を知らないで葬儀は不要と言われる

お客様は「失敗」をしてしまうことが多いのです。




葬儀は悲しみを断ち切るもの。

それを多くの方が理解をして頂けること。実感をして頂けることで

この国の葬送文化は守られていくはずです。



  

Posted by フューネ三浦 at 09:34 │日々いろいろ

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2017年12月06日

喪中見舞いのお線香

「喪中はがきが届いたらお線香を送りませんか。」

と日本香堂さんがテレビCMで啓蒙活動をしているおかげで

年末に友人・知人などから届いた喪中はがきを持参のうえ

ご来店頂き、進物用のお線香をお買い求めになられるお客様が

年々増えています。




フューネでは本社とイオンモール長久手店内にある

ギャラリーメモリアでの2か所にて進物用のお線香を販売しています。




近年は家族葬でのお葬儀が大変多くなっており、年末に訃報を知ると

いうことが増えています。

弔意を表すという気持ちをカタチにする「お線香を送る」という行為は

今後も増えていくはずです。

喪中はがきが届いたら、是非一度お線香を送ってみてください。







  

2017年12月02日

インスタ映えとブログ

2017年の新語流行語大賞は「インスタ映え」。

若い方を中心にインスタグラムをやっている方が急速に増え、

インスタに写真を上げる為だけに、遠くまで出かけたり、

インスタ映えする人気のスポットには何十回を納得のいくまで

繰り返し写真を撮り続ける光景をこの一年は何度も見ました。




ブログを始めた時にはブログは「ミニホームページですよ」と

言われ、インターネット上のホームページを安易に開設できる

ツールとしてブログの昨日そのものが世の中の皆さまに急速に

受け入れられたものです。

そして、Twitterが誕生した時は「ミニブログですよ」

と言われ、ブログより簡略化されたTwitterが急速に拡大しました。

Twitterの匿名性が問題になるとfacebookが登場し、実名での投稿に。

そして、実名の投稿の弊害とTwitterの画像版と言える

インスタグラムが現在の世の中の主流になってきました。




ネット上の世界ではどんどん便利になると同時に、「面倒くさい」

ことの配慮が写真や映像の投稿に繋がっていっているのでしょうか。

私自身もLINEなどのSNSに慣れてきました、いわゆる電子メール

を打つことの煩わさを以前より感じるようになりました。

便利さの反面、文章を作成するという能力が現代人には欠けてきた

ように思えます。

例えば、以前ではメモをとって文字でメール送信していたことも

写真をとってLINEでそのまま送信という作業は瞬間的に

可能になり、電子メールでのデータ添付作業を思えば本当に簡単で

早くなった結果、メモを取らないて、写真を撮るという行動に

変わっています。



ご存知のように私は10年間ブログを書き続けてきました。

文字数にすると膨大なデータ量になるのですが、これが言ってみれば

私の財産です。

写真などの画像データで残していない文字のデータは「検索」を

することで、一瞬で過去の記録が取り戻せること。

これが一番の財産なのです。



「インスタ映え」の現象はしばらく続くと思いますが、膨大な写真の

中に想い出が埋まらないようにして行って貰いたいものです。



  

Posted by フューネ三浦 at 09:12 │日々いろいろ

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2017年11月10日

キャッシュレス時代

近年、急速に現金でのお買い物からクレジットカードや電子マネーを

用いた決裁方法を選択するキャッシュレスに移行しています。

もともと「現金」の信用が高い日本では現金取引を重宝される傾向に

ありましたが、クレジットカード以上に決裁が簡単な様々な電子マネー

の普及に伴い細かい金額の買い物ほど、現金を用いないほうの

便利さが際立ってきました。

特に混雑する駅の売店などで、現金でお買い物をするよりも

電子マネーを使用すれば、一瞬で支払いが完了して大変便利です。

また、前のお客様が現金で細かい金額を合わせる為に小銭で

支払っていると時間がかかり、それにイラっとすることもしばしば

起きるのです。

インタネット上のお買い物の増大もキャッシュレス化になっていった

ことも事実でしょう。私が学生の頃にクレジットカードを作った

一番の理由はインターネットでコンサートのチケットなどを買う為

でした。そのような理由で若い方がクレジットカードを作られた方は

相当いるはずです。



世の中がキャッシュレス化になっていけば、葬儀の世界での少なからず

影響があります。

葬儀代をクレジットカードで支払うことはフューネでは30年前から可能

ですが、30年年前の当時はクレジットの使用はほとんど

ありませんでしたが、現在は非常に多いお客様がご利用頂いています。

さらに、フューネで提携している寺院の派遣会社ではお布施が

クレジットカードで支払うことができます。



香典をクレジットカードや電子マネーで支払えないか?という

検討もありました。技術的には充分可能なのですが、果たしてお客様

のニーズがどこまであるのかはまだまだ未知数ですが・・・

確実に言えることは、これまで現金で支払うことが何らあたりまえで

あったものまで、キャッシュレス対応になっていくことは間違い

ありません。


  

Posted by フューネ三浦 at 10:03 │日々いろいろ

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2017年11月08日

「核家族」という言葉は死語?

少し前までは、テレビや新聞で「核家族化が進んでいる」ということを

取り上げることが多かったのですが、最近は「核家族」という言葉さえ

聞くことが少なくなりました。最早、死語になりつつあるのでは

ないでしょうか。

核家族の定義は

1.夫婦とその未婚の子供
2.夫婦のみ
3.父親または母親とその未婚の子供

とされており、この定義に当てはめると日本では7割近くの家族が

核家族になっており、ここまでの割合になると核家族があたりまえで

になってしまっていることは明らかな事実です。

核家族の反対は「大家族」であり、3世代以上の血族が集まっている

集合体です。



大家族と比べて核家族は一家庭当たりの収入は少なくなっており、

生活本体の支出以外のお金が出しにくいのです。

お祭りなどの祭礼費や寺院など寄進、お墓など祭祀に関わる費用、

そして冠婚葬祭費。

日本という国から大家族が減少したことが葬儀の規模を小さくさせて

いることが明白であり、家族葬の増加は核家族が増えれば増えることは

解り切っていることでした。




現在の日本では核家族どころか、家族を形成しないシングルさんが

増加しています。単身者の増加は家族葬さえも行わない葬儀の

形態の変化に、残念ながら繋がっていくのです。





  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │日々いろいろ

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2017年11月06日

移動距離

このブログを書き始めてまもなく10年です。

10年前から振り返ってみますと、恐ろしく私自身の移動距離が

伸びました。

愛知県豊田市の葬儀社の社長であって、本来は出張とは無縁の

仕事でしたが、全国の同業者の皆さまとの交流やFC関連や

コンサルタント業、そして講演のご依頼と日本全国が気が付いたら

仕事の範囲になっていました。

同時に経営者の団体での役で日本全国を回ることも多くなりました。

以前では東京や大阪の出張は随分遠くにきたような感覚でしたが、

最近では本当に近く感じるようになりました。

基本的に新幹線に飛び乗って行けるところは交通のアクセスも良く

あまり距離を感じなくなりました。




以前のブログでも書きましたが、

「移動距離はアイデアに比例する」

という格言があり、本当にその通りだなぁと実感するのです。

見慣れた風景ではない場所に行くことは様々な気づきがあり、

また自分のとっての「あたりまえ」を良い意味で否定をしてることは

脳内の活性化につながると思うのです。

加えて、最近は忙しくて読書をゆっくりする時間がなかなか作れないの

ですが、飛行機や電車の中は最高な読書タイムが待っています。

本を読むことでの気づきもとても大切なものです。



近い将来、東京と名古屋の間はわずか40分で結ばれるのですが、

そうであるならば、今よりももっとアクティブに動いてみたいと

思うのです。

移動をすることを決して億劫にならないようにこれからも

もっと移動を楽しみたいと思うのです。



  

Posted by フューネ三浦 at 09:02 │日々いろいろ

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2017年10月31日

お稚児行列



10月29日の日曜日、フューネが日頃お世話になっているご寺院様の

住職が交代する晋山式(しんざんしき)に合わせて、600人のお稚児行列

が開催され、私も朝早くからお手伝いに行ってきました。

あいにく、当日の天気は台風の接近により、大雨の予想でしたが、

お稚児行列の時間は雨も止み、台風の接近で開催さえも危ぶまれていた

のですが、本当奇跡的なことでした。

行列は父兄の方々も入れると2000人を超える長さであり、主催者側

としては本当によかったと言う結果でした。









さて、お稚児行列をするのは親が子供の無病息災を願い、

成長して欲しいと願うものです。

「稚児」という呼び方は平安時代にお寺に預けられた子供たち

のことを指します。お稚児行列はお寺様の修行なのです。

加えて、きらびやかな衣装を着ることが出来、子供の成長を

願う親にとってはとても貴重な行事ではないかと思います。

近年、お寺離れが叫ばれていますが、お稚児さんの時の

お寺の盛況ぶりをみますと、それが嘘のようです。

本来はお寺の役割は人を集めることです。

そういった意味ではお稚児行列はどんどんやるべきです。

そうはいっても、檀信徒の皆さまの協力がなければ絶対に

運営出来ないくらい設営側は大変なことは間違いありません。

言いかえれば、お寺の実力が解ってしまうのです。



小さいお子様がいらっしゃる皆さまは是非、機会があれば

参加してみて頂きたいものです。


  

2017年10月25日

悪天候とお葬式

今年、愛知県は台風の当たり年でしょう。

地球温暖化の影響からか、台風のルートもずれてきているのではと

思います

相次ぐ台風の上陸に対する備えで、予定されている数々の行事が

軒並み中止になっています。

以前のブログにも何度か書きましたが、お葬式は基本的に台風が

こようが、大雪が降ろうが中止になることはまずありません。

何故ならば、火葬の予約があり、簡単に日程の変更や時間の

変更が出来ないからです。

時間の経過とともにご遺体の腐敗が進行するという現実を考えるから

火葬の予約のキャンセルは原則的にありえないのです。



台風の接近にともない、予定されていたお葬式の対応は変わることが

多々あります。暴風雨の中ではお葬式はキャンセルされませんが、

ご弔問のお客様はキャンセルをすることもありますし、規模を大きく

縮小して行うこともあります。

もっとも、現在は葬儀会館が主流ですから、大抵の台風くらいでは

ほとんど影響を受けません。



過去にはとんでもないような悪天候の中でのお葬式を何度か体験

しました。大げさでもなんでもなく、生死に関わるような状態になって

しまったことも何度かあるのです。

少なくても、悪天候のお葬式は平時の時よりも何倍も気を遣うことだけ

は確かな事実です。













  

Posted by フューネ三浦 at 08:20 │日々いろいろ

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2017年10月23日

機械化の中で

「働き方改革」・「労働力不足」・「賃金上昇」などの労働に関する

これらのキーワードはこれからの時代の大きなテーマです。

同時にこれらを達成する為に、コンピューターや機械で出来ることは

機械に頼ることが重要だと言えます。

これまで「人」が行っていた作業を機械が代わりにやってくれることで

解決できることがあります。

先日、テレビで報道されていましたが、入国の際も審査官ではなく、

機械を導入して顔認証する機械のことを取り上げていましたが、

これからは機械で良いことは機械に頼っていくことになっていく

でしょう。





葬儀の世界でも先日、ロボットを使ってお経をあげるロボット導師や

ドライブスルーで焼香が出来るという施設がニュースで取り上げられて

いましたが、葬儀代をより安く提供する為にロボットが活躍する時代が

すぐそこまで来ていることは間違いのないようです。




葬儀の中でも機械に頼ることが多くなっています。

フューネではまだ導入していませんが、ipadなどのタブレット端末を

使用して葬儀の打ち合わせをすることは珍しくなくなっています。

葬儀に使用する印刷物を機械を使って作成することはほとんどの

葬儀社が導入しています。

業務の効率化の為に様々な機械がこれからも導入されていくでしょう。

インタネットを通じて海外の拠点と会議をしたり、採用の面接をすると

いったことがグローバル企業ではあたりまえに行われています。

機械化できることは機械化することは世界という市場の中で勝ち抜く

為には本当に必要なことになっているのです。




元来、機械化することが難しい、葬儀の分野でもこれからも人の力で

はなく機械の力に頼る部分が多く存在していくはずです。

機械に頼りすぎないようにしつつ、機械化していくことのバランスが

とても難しいこれからの難題です。



  

Posted by フューネ三浦 at 07:47 │日々いろいろ

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2017年10月21日

テレビ・冬の時代

昭和の高度成長期にはテレビは高価なものであり、

家の中心に必ずありました。一家に一台というよりも近所に一台と

いうくらい、テレビでのスポーツなどの国民的行事に隣近所の

人々が集いテレビを鑑賞した時代は古き良き時代でした。

現代はテレビは一人一台から、一人で何台も所有していることが

珍しくもなく、またドラマなどの番組を録画してリアルタイムに

鑑賞することが少なくなってきました。加えて、インタネットの環境

さえあれば、オンデマンドで好きな時に好きな番組を観ることが

できる環境が整ってきて、テレビの価値は昔ほどの価値感が

形成されないようになってきました。

テレビは今後、冬の時代だと言われていますが、テレビそのものが

無くなる訳ではありません。

但し、テレビの優先順位が低くなっていくことは間違いのない

事実ではあるのです。





テレビと言えば、テレビドラマでのお葬式の情景は昔とほとんど

変わりません。

寺院や自宅が葬儀会場になっていることも時代にあっていませんし、

通夜や葬儀の際の形態は現実のお葬式とはかなりかけ離れているの

です。

テレビが流す映像は多くの人々にその事実が合っていても間違って

いてもイメージのインパクトを与えます。

言ってみれば流行を作るのもテレビの役割ですし、間違った情報を

あたかも正しい情報にすり替えるのもテレビの持つ力です。

双方向の情報共有が当たり前になってしまった現代で、一方通行の

情報を流すことの意義が問われているのです。




お葬式のトレンドもテレビが放映した有名人のお葬式やお葬式の

特集が大きく影響をしてきました。

葬儀社である我々がいつも注視しているテレビであって欲しいもの

です。
  

Posted by フューネ三浦 at 09:15 │日々いろいろ

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2017年10月19日

塩の効用

人間にとって生きていくのに絶対に必要なものが水と塩です。

体内の60%を水分が占め、血圧などの調整に欠かせないのが

「塩」なのです。

今から38億年前に地球上で初めての生命が誕生して、水中から

陸上に上がる時に、海の水を体内に閉じ込めて上陸したと

いわれています。

つまり、体内と海水は似ていて当然なのです。

水分の管理と塩の管理することが体調維持には重要なキーワード

なのです。

同時に、塩は悪霊を払うこと、身を清める時に使用します。

塩の持つ「パワー」は科学的に証明できない太古の時代から

生命を維持する為に本能として人も動物も重要さが解っていたのです。




お葬式において「塩」はとても重要なアイテムです。

「お清め」と言われている作法に塩は絶対的に必要な道具であり、

葬儀の参列の後にご自分の自宅に入る時に塩をまくシーンを

よくドラマでみたものです。

しかしながら、昨今は塩をお葬式で使用した経験のある方は

ほとんどいなくなりました。

「清め」ということをとても大切にする神葬祭でも葬儀会館の玄関に

塩をお水を用意していても使用をされる参列者がとても少ないのです。

死者に対して「ケガレ」だという考え方が弱まっていることも

事実でしょうが、塩の持つ意味や効用を忘れがちなのです。

本能的に塩が必要だと解っていても、塩の重要さを忘れてしまうのが

現代に生きる人々なのですね。

生命の起源は海にあり、前述のとおり陸上に上がる時に、海の水を

体内に閉じ込めて上陸したことをたまに思い出すことは

生きていることの有難さと命の維持について考える良い機会に

なるはずです。


  

Posted by フューネ三浦 at 08:37 │日々いろいろ

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2017年10月15日

一日という時間

地球の自転は約24時間であり、自転するからこそ生まれる

昼と夜の時間があり、結果的に24時間という時間は一日としては

長すぎず短ぎない絶妙な時間の配分なのです。

そう思うのは知らず知らずの間に私たちは自然に生かされている

という結果なのでしょう。




子どもの頃は今日一日に起きた楽しかったこと・嬉しかったことを

誰かに伝えたくて仕方なかったのですが、大人になると一日の

振り返りをすることがほとんど無くなっているように思います。

子どもの頃、今日一日の出来事を親に聞いて貰えることで

心が満たされたし、今日の出来事を日記に書き学校で担任の

先生が赤ペンでコメントをくれたことがとても嬉しかったものです。




最近、終活の活動とは「一日」という単位でするものではないかと

ふと思うのです。

終活は人生の終末期にしていては遅いですが、現実は50代くらいから

いわゆるシニアと言われる世代の方が中心です。

これまでの人生を振り返るのに、充分な人生の経験をされた方ばかり。

これまでの人生をまとめて振り返るのは終活の活動の中で

とても重要なことです。

そして、大切なのはこれからの人生を語るのは子供の頃に感じた

一日一日を振り返る習慣だと思います。




人は終末期に7割の方が

「こんな人生ではなかった」

と後悔をして死んでいくという統計がありますが、終末期であっても

一日という時間を有意義に使うことで後悔のない人生に変換を

するのではないかと思うのです。

24時間という時間は使い方によって、とても有意義な時間に代わるはず

です。逆に何も考えなければ一瞬で終わってしまう短い時間でも

あるのです。

「人生は一日一日の積み重ね」

ということを言われますが、一日の振り返りが楽しければ、

楽しい人生になることは間違いないのです。








  

Posted by フューネ三浦 at 09:06 │日々いろいろ終活の教科書

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2017年09月04日

鹿島神宮のクレジットカード

日本にはコンビニ数よりも多い神社と仏閣があり、これからの時代に

維持をしていくことが非常に難しい時代になっています。

ちなみに神社、仏閣の数は平成26年の文化庁が行なった

「宗教統計調査」によると

神社の数・・・81,342

お寺の数・・・77,254

となり、コンビニがおよそ5万5千店くらいですからいかに多いのか

わかるでしょう。

近年はお布施の減少などで、神職・僧侶の方が専業で出来る仕事

ではなくなっている方々がほとんどであり、専業で宗教者として活躍

している方々は全体からみればごく一部なのです。



さて、先日、茨木県鹿嶋市にある鹿島神宮がクレジットカードを発行

しました。神社のクレジットカードは日本初です。


詳しくはこちらのサイトをご覧ください↓
http://www.micard.co.jp/card/ksm/

鹿島神宮は「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」がご神体

であり、古事記にも記載があります。日本で初めて相撲をとった

神様として、武道の神様として有名です。

とても由緒のある神社です。



クレジットカードの特典として、通常は入ることができないところに

入れる特典や宝物館の入場が無料ということですが、

お祓いされたカードが手元に届くことはクレジットカードそのものが

お守りになっていると思います。

たまったポイントは神宮に自動寄付になり、そのお礼に返礼品が届くと

いう特長があります。



神社の氏子。お寺の檀家は神社・仏閣を支えていく上でとても重要な

役割ですが、現代はその役割を担うことを拒絶する方々が増えている

中、とても時代にあった神社の維持方法だと思います。



檀家制度は江戸時代に徳川幕府の国策でできた制度ですが、やはり

時代が古く現代合わないから様々な問題が起きていることが事実。

もう10年以上前になりますが、あるお寺様に檀家制度を廃止して

お寺のファンクラブ的な制度を設けないとこれからの時代は生き残って

いけなくなる時が来ますよと申し上げたらひどく怒られた経験が

ありますが本当に生き残る為にはクレジットカードはとても素晴らしい

発想だと思うのです。

もちろん、鹿島神宮が由緒ある神社であることなどの条件からカードが

さらなる価値を産みだしているのですから、すべての神社・仏閣が

クレジットカードを発行することは無理でしょうが、カードの所持者の

カード利用のポイントが維持費に代わるという仕組みはとても

神社・仏閣の維持のヒントが隠されていると思うのです。


  

Posted by フューネ三浦 at 08:22 │日々いろいろ

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2017年09月02日

定年

公務員・企業などは、ほとんど「定年」を定めがあり、多くは65歳での

定年退職を求められているのが現状です。

また企業によっては役職定年というものがあり、優秀な人でも定年

に達すると役を降り、新しい働き方も求められるのです。

一般的に40歳くらいから気力・体力というものは衰え出すといわれて

いますが、統計上、人生90年といわれる現代において、65歳の定年も

まだまだ早すぎますし、40歳で衰えている場合ではないのです。

しかしながら、若い方みれば、衰えは確実に見抜かれますし、

衰えが顕著なのに、以前のような比較的横柄な態度で接するならば

確実に嫌われるものです。




私の著書「感動葬儀。心得箇条」の中でふれさせて

頂きましたが、人生は定年を迎えてから新たな人生を得られること。

「人生を二度生きる」

ことの推奨をさせて頂きましたが、今の時代人生を三度生きるくらいの

心持ちでないと、人生90年時代に充実した一生を貫くことはできないの

ではないでしょうか。




長く生きられるということは本来はありがたいものです。

様々な体験や感動や喜びが待っているからです。

反面、楽しくないこと。嫌なこと。辛いことに遭遇することもある

わけでそのバランスが老齢とともに楽しいことよりも辛いことの

ほうが多くなってしまうような生き方ではいけないのです。




人生を楽しくするには仕事に限らず何事も「定年」を定めて生きていく

ことが良いのです。小学生の定年は12歳ですし、中学生の定年は15歳

20歳や30歳で小学校に通っても面白いことはないですし、仮に通った

としても自分が良くても周りは嫌な訳です。

自分自身が自ら定年を定めることで、目標ができますし、メリハリも

つくはずです。

人生をいかに楽しく生きていくのか。

後悔をしない人生にやはり定年は必要なのです。







  

Posted by フューネ三浦 at 08:12 │日々いろいろ終活の教科書

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2017年08月25日

続・遺灰ビジネス

今から8年前の2009年4月22日付けブログ記事「遺灰ビジネス?」

取り上げました火葬場で遺骨を持ち帰らないご遺族が所有権を

放棄をされた遺骨の中から有価金属を回収して換金することは

今でも賛否両論あります。

ブログ記事はコチラ→ http://fune.boo-log.com/e49073.html






ご遺族としては、しかるべきところに埋葬をして欲しいと思って

いても所有権が自治体に移転にした残骨灰は年々増加の一途です。

特に以前に比べて収骨をする骨の量は本当に少なくなっています。

握りこぶし大位の量だけ収骨して残りはは所有権を放棄してくる

といった少量の収骨を希望されるお客様は本当に増えています。

葬儀の簡素化の波の中では今後もますます増えていくはずです。

実際にすべてのお骨を収骨される方というのは全体の1%くらいで

あり、ほとんどケースが一部のご遺骨を収骨するというものです。




8年前にブログに取り上げた時の名古屋市の売却益は1000万円。

これでも当時随分と驚いたのですが、2015年での統計で

名古屋市健康福祉局環境薬務課から「金、銀、プラチナ、

パラジウムを約4880万円で売却した」と発表があったのです。

名古屋市の火葬場は自治体が運営する火葬場としては

国内最大級です。売却額も国内最大級ですが、約5000万円の

収益になることに驚きです。



遺族の感情は複雑でしょうが、遺灰を引き取りを業者に依頼すれば

1円入札になり、業者に大きな利益になってしまうという問題もあり、

それならば、自治体が収益をあげるべきです。

それで年間多額の税金を投入している火葬場の運営が少しは

よくなれば良いのですが。



  

Posted by フューネ三浦 at 08:09 │日々いろいろ

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2017年08月21日

ロボット導師

ヤフーのトピックスに「Pepper導師」誕生という記事が掲載されて

いろいろと物議を醸しています。

記事は以下の通り
プラスチック成形などを行うニッセイエコが、ITを活用した新しい葬儀を発表しました。特に注目なのが「ロボット導師」で、導師姿のPepperくんが読経をしてくれます。


 このサービスは、菩提寺の無い人や、霊園や納骨堂を求めたい人、檀家制度にとらわれたくない人など、葬儀に関するさまざまなニーズに応えて生まれました。葬儀、法事法要、戒名授与などの場で、希望の宗派に合わせてどんな場所でも読経してくれます。

 また、Pepper導師は、説法もしてくれるとのこと。横にはちゃんと人間の副住職がいるため、何かあった場合でも安心です。

 このように葬儀の常識を変えてくれるかもしれない画期的なアイデアとなっているのですが、やはり導師姿のPepperくんが祭壇の前に佇む姿があまりにも強烈。何も知らずに訪れた葬儀会場でPepper導師の読経が始まったら、“絶対に笑ってはいけない葬式”になりそうなのですが大丈夫でしょうか。説法とか、導師の目を見て話を聞けそうにありません。

 その他にも、芳名帳記入をIT化した「電子芳名帳」や、会場をインターネットを介してライブ配信し参加できない人もスマホなどで疑似参列できる「ネット葬儀サービス」、祭壇の疑似シミュレーションができる「アバター祭壇」などを提案しています。

 葬儀業界のIT化に注目し、葬儀事業にIT事業を融合させたサービスを開発したというこれらのサービス。果たして、受け入れられていくのでしょうか。



「超えてはいけない一線を超えた」

というようなか厳しい意見が寺院関係者・葬儀関係者から沸き起こって

いるのは私も当然の結果だと思うのです。

物質的にみれば、「ロボット導師」はお葬式にCDでお経を流して

いることと相違ない行為だといえるのです。

これまでフューネではたとえお客様からお経はお寺様を呼ぶお金が

無いからCDで流してと言われても絶対に拒否をしてきました。

CDでお経を流すくらいなら流さないほうが良いですし、それを

やるくらいなら、下手でもフューネ葬儀担当者が心を込めてお経を

唱えたほうが絶対に良いことだと思う信念があるからです。

お経を読むことができなければ。「南無阿弥陀仏」と唱えるだけでも良いし、

声を出さずにただ祈ればよい。

つまり、「供養とは心なのです」




これからの時代AI(人工知能)の時代であることは事実ですし、葬儀の

業界にITもAIも導入されていくことは大切なことだと思います。

しかしながら、人間にあってAIに無いものは「倫理」であり、

「心の無い」ものは絶対に冠婚葬祭には不適格なのです。




「導師」とはそもそも、死者をこの世からあの世に導く人であり、同時に

遺された人々に正しい道を説く(導く)人のことをいいます。

ロボットが人を正しい道に導くことが出来るのならば、ロボット導師の

存在は必要と認めるのですが、それが出来ないのならば、前述のとおり

CDプレーヤーと同等の扱いです。




葬儀の簡素化は時代の流れといえども、やはり「弔う心」に対して

違和感を感じるものは受け入れることは出来ないのです。







  

Posted by フューネ三浦 at 08:24 │日々いろいろ

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