2019年11月15日

最高の人生の見つけ方



先日、吉永小百合と天海祐希の主演の映画「最高の人生の見つけ方」を

観てきました。


最高の人生の見つけ方公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/saikonojinsei/



この映画は2007年から公開され世界中で大ヒットした同名ハリウッド

映画を原案に、日本映画としてリメイクしたものです。

末期がんの主役の二人が死ぬまでにやりたいことリストを基に

様々なことにチャレンジするストーリーとなっています。

2007年のハリウッド映画はジャック・ニコルソンと

モーガン・フリーマンが共演した同名映画も私は観ましたが、

「死ぬまでにやりたいことリスト」を

「バケットリスト」と言い、日本語に訳すと「棺おけリスト」

と呼ばれるのです。

人生は終わりよければすべて良しというところがあり、

人生の前半に苦労することと人生の後半に苦労することを比べれば

圧倒的に人生の前半の苦労の方が幸福度は増すという統計も

あるのです。


自分自身の生き方、そして死に方を考えるにはとても意味のある

映画であり、オススメです。


今回主役の吉永小百合さんももクロのライブの映像や

ウエディングドレス姿はとても美しく魅力的でした。

ファンの方にはたまらない一作だと思います。






  

Posted by フューネ三浦 at 14:54 │日々いろいろ

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2019年08月29日

ドアラ様来店で発売開始

フューネが運営する現代仏壇店

「ギャラリーメモリアイオンモールナゴヤドーム前店」

にドアラ様がご来店頂きました。

店内はドアラ見たさに人・人・人。

瞬間的ではありましたが、オープン以来最高のご来店客数でした。





フューネのキャラクター「ジーンパパ」とも初コラボ。

今回、ドラゴンズグッズとして

日本初中日ドラゴンズ公認「ご遺骨ペンダント」を

イオンモールナゴヤドーム前店のみで限定販売を

することになりました。

このご遺骨ペンダントが購入できるお店は日本でここだけ。





生前ドラゴンズ愛でいっぱいだった大切な人と野球観戦に行ける

ペンダントです。

是非、興味のある方はイオンモールナゴヤドーム前店の

ギャラリーメモリアに足を運んでみてください。

ご来店をお待ちしています。





  

Posted by フューネ三浦 at 12:21 │日々いろいろ

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2019年08月10日

沈黙

戦後最悪と言われる日本と韓国の関係は修復できる可能性は

あるのでしょうか。

「約束」を守るという行為の上で成り立っている信頼関係は

約束を守らなくなった瞬間にすべてのことがうまくいかなくなる

ということの戒めです。

日韓の様々な交渉の中で「沈黙」という行為がしばしば

見受けられます。

「沈黙」には様々な意味合いがありますが、日韓交渉の場面では

「無視」という意味合いが多いのではないしょうか。

日本には「沈黙は金なり」という格言があり、一般的には、

「時には優れた弁論や弁解よりも、黙っていることの方が

大切である」という意味で使われています。

沈黙には余計なことをしゃべらないという危険防止効果だけではなく、

相手の出方を待つという「余裕」をコチラ側に味方に付けるという

効果もあるのです。



葬儀の現場では「沈黙」はとても重要なことです。

どんなにお悔みの言葉を並べるよりも「沈黙」という行為で言葉以上の

弔意が伝わります。

悲しみにくれる人々の前で余計なことを言うことは絶対的な

タブーです。

言葉というものは一見するととても便利な情報伝達のツールですが、

同時に相手を攻撃して傷つけてしまう危険な刃です。

「沈黙」を上手に使うことで、自分自身の想いを相手に正しく伝えたい

ものですね。

  

Posted by フューネ三浦 at 13:32 │日々いろいろ

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2019年04月29日

「命」の大切さを伝えること。

葬儀の仕事はお客様の人生の終わりをいかにして表現をする仕事と

言っても間違いないのですが、このことに囚われていると本当に大切な

本質を見失うことに繋がります。

本質的には「命の終わり」の現実であり、「命」が終わることは本人は

もちろんのこと、その人を知る関係者にとって悲しい現実なのです。



葬儀の現場では100歳を超えてお亡くなりになられるいわゆる大往生

と呼ばれる長寿の命を全うされた方から、この世に生を受けた日が

命日という赤ちゃんまで様々です。

単に時間の短い長いを議論していても命の価値は正しく図ることは

できませんが、100歳超えた方でももっと生きたいという願望は

ほとんどの方が持っており、「100歳だから大往生で良かった」という

自分の感じた価値観は絶対に口にすることはタブーなのです。



葬儀という仕事に従事している人が「命の大切さ」を疎かにすることは

不適格です。もしもそのような人は葬儀業界から退場をして

頂かなければなりません。

アメリカでは葬儀の仕事に従事するには国家資格を取得する

必要があります。命を扱う以上、一定レベル以上の命に対する知識と

技術が必要なのです。



自らの意思で命を絶つ方々は残念ながら、後を絶ちません。

むしろ増加傾向にあるのが悲しい現実です。

命を絶つ決断をした方は冷静さを失っているとはいえ、命の大切さを

忘れてしまっていることも事実です。

「死んでもいい」と思えるくらいな辛いことも悲しいことも起きるのも

この世の現実ですが、それでも生きていくことは神様から与えられた

使命であることは間違いのない事実です。



封建時代は「死んでお詫びをすること」が一つの美学であった

時代です。現代でも重大な犯罪を犯した人が死刑という刑罰を受けて

「死」を強制させられますが、死は償いの行為であることは様々な方が

疑問を呈しています。

どんな極悪な犯罪をした人でも親から貰った命を限りある限り

生きて償うことが、「命の大切さ」を語る時にとても賛否の分かれる

難しい問題です。

そのようなことを含めて忙しい日々を送っていく我々が「命の大切さ」

を考えることは豊かな人生を送る為にはとても重要な事柄です。
















  

Posted by フューネ三浦 at 09:15 │日々いろいろ

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2019年04月10日

平成時代に普及した葬儀会館

いよいよ、4月30日で平成の世も終わり、「令和」という新しい時代

を迎えます。平成時代の30年間は近代の日本において唯一、

戦乱に直接巻き込まれなかった時代であり、戦争の無い時代と

いういうのは文化レベルが発達すると共に豊かさを享受できる時代で

あったはずです。

平成時代に普及したものはたくさんありますが、大きなところでは

電話とカメラでしょうか。持ち運びが出来て映像も画像もストレスなく

受送信できる現在の世情は平成の初期には考えられないことです。

技術の進化はAIや決済も現金を必要としない世の中になる令和の時代

を予見していますが、そのインフラを構築できたのは平成の世で

あったはずです。



さて、葬儀の業界も平成の時代に革命的な変革がありました。

それは「葬儀会館で葬儀を行う」という文化が確立したことです。

弊社の一号店である葬儀会館「葬場殿」が誕生したのは

平成5年のことで豊田市では他社に先駆けて初でしたし、

愛知県内でもかなり初期のことでした。

葬儀会館ができた一年目、葬儀会館のシェア率はわずか3%で

多くの方から「ミウラさんがあんなもの作ったけど、葬儀は自宅

やお寺でやるに決まっとる。潰れれるで」

というお言葉を頂きました。

当時は自宅や寺院でお葬儀をすることが常識であり、民間の会社が

葬儀の専用会館を作る意味が残念ながらお客様には浸透

をしなかったのです。

平成の時代が終わる現代では葬儀会館での葬儀のシェア率はフューネの

場合は98%でいかに普及をしたかは説明するまでもありません。

しかしながら、「お葬式は葬儀会館でするもの」という現代の常識は

昭和の時代には全くなかったということはご理解頂きたいのです。

つまり、葬儀の歴史において「葬儀会館」は平成の時代の象徴的な

ものになのです。



令和という新しい時代には葬儀のあり方も平成の時代に生まれた常識が

覆されそうな予見が表われはじめています。

時代の変化から生まれる新しい常識にフューネという会社は絶えず

チャレンジしていきたものです。








  

Posted by フューネ三浦 at 13:17 │日々いろいろ

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2018年11月21日

空き家と葬儀

最近、ニュースでしばしば取り上げられている「空き家問題」は

過疎の町でも大都会でも関係なく日本中で起きている問題でしょう。

刑務所や警察から逃亡した犯人の潜伏先も空き家であるし、

空き家があることによって起きる犯罪もあり、また災害時に

建物が倒壊するリスクも高いのです。加えて放火との被害にも

遭いやすいということで「空き家」というものはなかなかやっかいな

ものでしょう。




葬儀が終わった喪主様からご相談頂くことが多くなったのは

誰も住む人がいなくなってしまった家の処分の相談です。

身内の死を境に「空き家」となった家をどうすすのかという悩みは

なかなか切ないものなのです。

なぜならば、その家は実家であり、子供の頃に住んでいた想い出の

いっぱい詰まった場所であるからなのです。

だからと言って、住むことの出来ない家は「空き家」と

なっていくのです。




身内の死以前にも「空き家」となることが多くあります。

老人ホームに入所したり、子供の家に引っ越ししたりしたタイミングで

誰も住むことが無くなってしまった状態になってしまった家が日本中に

存在するのです。

こうした空き家問題を対策する方法は一つだけ。

生前に整理をすることだけです。

空き家になった瞬間もしくはその直前に売却をしなければ、空き家の

状態が続きやがて廃墟になり、誰も買い手はつかなくなり、壊すには

高額な費用がかかり、結果的に放置という状態になってしまうのです。



核家族社会では、住居も一世代で一つであり、親の家を子供が継承する

ケースが少なくなってきています。

これからのお葬式には「空き家問題」の対応も求められる時代に

なっているのです。



  

Posted by フューネ三浦 at 08:31 │日々いろいろ

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2018年08月24日

同居のほうが珍しい

「核家族」という言葉が誕生して随分な年月が経っていますが、

最近は親と同居をしているという方は本当に少なくなりました。

長年、同居はしていても、お亡くなりなる数年前から施設に入っている

という方も含めれば、親と同居をしている方を探すと10%も満たない

くらいの確率でしょう。

夫婦のカタチも単身赴任をしている方も含めて別居をしている方が

年々多くなり、「核家族」という単位よりも「個」が優先される時代と

なっており、一つ屋根の下に集うという日本的家族の姿はなかなか

希少なものになりつつあるのです。



お葬式は一見するとバラバラな家族を結集する力があります。

どこまでを家族と定義するかよってそこに集う人々は違ってしまい

ますが、家族の有難さを実感できるのも葬儀というもの醍醐味です。

そのことはこれまでに何度もこのブログで指摘をさせて頂いて

いますが、「仏縁」と呼ばれる縁であり、その縁がお正月やお盆に

家族で集まるきっかけを私たちに与えてくれるのです。



家族葬の形式が多くなっているのも、普段がバラバラな家族の大切な

時間を一般の弔問客への応対で損なわれることが嫌だという

ニーズがあるからなのです。

前述の通り、「家族」の範囲をどこまでかということを考えることが

家族葬の成功の秘訣なのです。

家族のという「絆」を再確認することができるのもお葬式の大切な

役目なのです。











  

Posted by フューネ三浦 at 09:51 │日々いろいろ終活の教科書

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2018年07月16日

互助会

先日、葬儀業界の業界誌の特集は

「冠婚葬祭互助会70年の軌跡」

というタイトルでした。今年、冠婚葬祭互助会が日本に誕生して

70年という節目を迎えることになったのです。

日本で最初に誕生した冠婚葬祭互助会は神奈川県横須賀市。

昭和23年がスターとでした。

その後、昭和28年に名古屋市で2番目の互助会が誕生し、全国に

発展していった歴史があるのです。

私の修行先は日本で2番目に歴史のある冠婚葬祭互助会を運営して

いる会社でした。

おかげさまで互助会の仕組みは内側に在籍していたので、「強み」も

「弱み」もよく勉強をさせて頂きました。

特にフューネの本拠のある愛知県は冠婚葬祭互助会の歴史が長いことと

名古屋人の堅実性が毎月わずかな掛け金を積み立てる「互助会」の

仕組みが気質になじんで、戦後に大きく成長しました。

結果的に全国でも有数の互助会運営会社が存在するエリアです。




誕生から70年を迎えた現在、冠婚葬祭互助会の役割というか、

ビジネスモデルが大きく変わろうとしています。

「互助会」とは字のごとく「お互いに助け合う会」であり、戦後

貧しかった日本において、日常の生活の中で急な出費で

困らないように地域や職域で互助会を結成し、現在も様々な

互助会が存在するのです。

冠婚に特化した冠婚葬祭互助会も、近年のジミ婚・ジミ葬で多くの人

の援助を必要としなくなったこと。そして、冠婚葬祭に地域の住む人々

や職場の仲間が介入することが年々少なくなってきている現在では

本来の冠婚葬祭互助会の役割は終焉に近づいています。

もっとも、大手の冠婚葬祭互助会を運営する会社は時代の流れに

合わせて互助会のスタイルを変化させており、現代のお客様のニーズに

合わせた商品サービスの提供を行っています。




フューネは花屋さんから葬儀事業に参入し、現在は終活に関連する事業

全般をお客様に提供する企業体に変化しています。

冠婚葬祭業において、結婚式やお葬式の提供だけではお客様がもはや

満足をして頂けませんし、ドラックストアが野菜などの生鮮品を含む

食料品を販売しているように、業界の垣根はどんどん無くなって

いくのしょう。


  

Posted by フューネ三浦 at 11:03 │日々いろいろ

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2018年06月12日

明治が消える



上の写真はこの度リニューアルしました、フューネが使用している

お客様と葬儀の打ち合わせをする時に使用する、葬儀の申し込み書の

一部です。

リニューアルにあたり、大きな骨格を今回は変えてはいませんが、

葬儀業45年のフューネの歴史において、ずっとあったある記載を消す

ことになりました。

それは、お客様にお亡くなりになられた方の生年月日を記載して頂く

「明治」を表す「明」という文字です。

今年(2018年)は明治45年のお生まれの方でも106歳であり、

まだまだ、明治生まれの方はご健在ですが、実際は日本では数える方

しかいないのが現実です。

いつか、「明」の表記を消す時がくるのだろうなと葬儀の世界に入った

時から思っていましたが、ついにその時がやってきました。



平成の世の終わりまで一年を切っています。

葬儀の現場では最近は平成生まれの方が喪主を務められることも

珍しくなくなってきましたし、残念ながらお亡くなりになられる方も

平成生まれが目立ってきました。

来年、新元号が発表されると新たな文字が申込書に記載されます。

葬儀関連の書類において、新元号の表記は急ぐ必要がないように

思われますが、とても残念なことですが、産まれてすぐにお亡くなり

なられる赤ちゃんもいるからどうしても必要なのです。



私たちの中から遠くなって行く明治という時代ですが、生き証人が

いなくなっていくことに一抹のさみしさを感じます。

  

Posted by フューネ三浦 at 08:13 │日々いろいろ

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2018年05月26日

おなかいっぱい。

日本人の多くの人が忘れかけていますが、地球上において、

食べ物が満足に食べられない人の多いという現実があります。

実は近年日本の国においても、貧富の差が拡大しており、

7人に一人は貧困という数値が出ています。

家庭が貧しく充分にゴハンが食べられない子供たちへ無料または

安価でゴハンを食べさせる「こども食堂」の活動も全国的に広がって

きています。「おなかをいっぱい」食べれることは幸せなことであり、

愛する人たちに「おなかいっぱいご飯を食べさせてあげたい」という

欲望は働くことの原動力にも繋がる世界共通の観念です。




この世に生きている人のおなかを満たすことはもちろんですが、

神様、仏様、ご先祖様のおなかを満たすことも重要です。

「供養」の原点は亡き人の魂を鎮めることですが、鎮める為に

必要なことは「おなかをいっぱい」にさせてあげることです。

神棚に仏壇に食べ物をお供えすることはとても大切な祈りの行為

ですし、お葬式においてもお亡くなりになられた人を

「おなかいっぱい」にする為にご飯はてんこ盛りにお供えしますし、

籠盛のフルーツは食べきれないほどたくさんお供えをします。




「おなかをいっぱい」にご飯を食べられる環境を「当たり前」と

思わず、また、他人に対し「おなかいっぱい」にしてあげることが

おもてなしの心です。

「おなかいっぱい」にゴハンを食べられることを感謝するとともに

幸せを感じなければ、人は幸せにはなれないのです。



  

Posted by フューネ三浦 at 17:30 │日々いろいろ

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2018年04月02日

祖父のお葬式

先月23日に私の祖父が他界し、26日に通夜、翌27日に葬儀を

執り行いました。

祖父は花屋として2代目であり、亡くなったその日までフューネの

取締役でありましたので、あくまで葬儀の形態は三浦家との個人葬

ですが、葬儀社であるフューネのお葬式であるという側面が強い

お葬式になりました。







葬儀社のお葬式は葬儀のプロである人間が喪主であり、遺族である為に

周りの皆さまもどんな葬儀を行うのかということにとても興味を

抱かれるのです。

今回の喪主である3代目の父(現名誉会長)の下した決断は

葬儀の原点というべき、クラシカルの設(しつら)えのお葬式です。

昔は当たり前にように行っていた葬送文化も現代は家族葬などで

省略のカタチに何も違和感を持たなくなっている方々が多くなっている

昨今の実情に「原点」と葬儀社の持つアイデンティティーを再確認

できるお葬式でした。



「故きを温ねて新しきを知る」

「温故知新」という言葉がぴったりのお葬式のカタチ。

古いものも知らない方々からすれば新しく見えるものです。

フューネの「感動葬儀。」の原点は基本に忠実であること。

古くから伝わる伝統的なルールを理解し現代風のアレンジすること。

そのようなことを大切にしているのです。




今回のお葬式の祭壇の花の色は「白」

皆さまから頂いた外まで並んでいる供花のお花の色もすべて

白い花で統一をさせて頂きました。

日本人の本来の「弔い」を表す色は「白色」です。

葬儀の原点を守りつつ、どこか懐かしくも新しい葬儀の演出が

出来て、孫としては良き孝行ができたように思っているのです。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:24 │日々いろいろ

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2018年03月18日

手を合わせること

東日本大震災から7年を経過し、震災の時にお腹にいた子供が

今年の4月には小学生になるという新聞記事を目にしたときに

時の流れの速さを再認識した思いでした。

私の息子も今年小学生になり、震災以降に生まれた子供が

大きくなっていくことに嬉しさと喜びを感じます。

反面、まだ多くの人たちが仮設住宅に住んでいたり、原発事故

の影響で故郷に帰ることが出来ない方がたくさんいることも現実

であり、まだまだ震災は過去のものではないことを思い知らされます。

まだまだ先の見えない原発事故の処理も重いものです。




「供養」の原点は「忘れない」ということですから、3月11日が

やってくる度に思い出すことそのものが供養であるのです。

そして、「手を合わせること」が重要です。

近年、日常の生活の中で手を合わせることが減っているように

思います。

食事の前の「いただきます」という食事の作法さえ、なかなか

出来ていないのが現実です。食物の元になる動物や植物の

「命」を頂くことの感謝も手を合わせることが基本なのですが。




仏壇を購入する時に仏間に設置するかものか、リビングに設置を

するものかと悩まれるお客様がいらっしゃいます。

一昔前の常識では「仏壇は仏間に設置するもの」でしたが、現代では

その常識は揺らいでいます。リビングや寝室に置くタイプの仏壇の

ほうが売れているのが現実ですから。

日常的にあまり入らないない仏間に置くよりリビングに置くほうが、

気軽に手を合わせられますよというアドバイスを受けてリビングに

置くタイプを購入されたお客様がおっしゃった言葉。

「孫が手を合わせてくれるところにおけて良かった」




手を合わせることが誰かと繋がることです。

手を合わせる回数が減るということは「感謝」の心が減るということ。

手を合わせることを意識して増やしていくことが心の豊かな人生を

おくることに繋がるのです。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:25 │日々いろいろ

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2018年03月08日

火を使わない生活

ライターの製造メーカーの経営が苦境に陥っています。

タバコを吸う人の数が年々減っていくのに加えて、加熱式のタバコ

のヒットにより、火を使わないタバコの消費が増え続けており、

ライターの出番が大幅に減っています。

私たちの日常の生活は「火」を直接使うことがほとんど無くなって

しまいました。

自宅はIHの調理器で賄い、ガスの炎も見ることが無く、マッチや

ライターの点ける方法も知らない子供が多くなっています。

お葬式の打ち合わせでご自宅に訪問し、ご遺体の周りの飾りを行い

ロウソクと線香に火を灯そうと思いライターやマッチをお借りしようと

しても、ご自宅に全くないといったご家庭が増えています。

無ければ、キッチンでガスの火をお借りするのですが、それもIHの

調理器であれば、お借りすることができません。




人間が他の動物と決定的に違うのは「火」を使いこなせることでした。

火を使うことによって寒さをしのいだり、生で食べれない食材を食べる

ことが出来るようになったり、他の動物から襲われないように身を守る

ことができてきたのです。

現在も生活も「火」の重要性は変わらないのですが、直接火を使う

必要性は無くなってきています。



葬儀の現場でも、LEDのロウソクや線香、火を使わないお香などを

使うことが多くなりました。

火を使うことでの副作用として煙の被害、火事の危険性のリスクの

回避です。



火を直接使わない生活はクリーンで安全ですが、火を使うこなすこと

が出来なくなることは人間としての退化に繋がってしまうのです。
  

Posted by フューネ三浦 at 09:17 │日々いろいろ

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2018年02月11日

事後報告

本来、報告や案内というものは事前にしなければならないものですが、

やむを得ない事情などで事後になってしまうケースがあり、一般的に

事後報告と言われています。

近年、葬儀においては事後報告が本当に増えてきているのです。

有名人著名人が亡くなった時にも死後にすぐに告知をせずに近親者で

葬儀をしてからマスコミを通じて発表するといったケースは本当に多く

なりました。葬儀の場面を中継することのほうが少なくなったように

思います。

そして、家族葬で行うから会社や友人・知人に事後報告するという

ケースがとても多くなっているのです。

事後報告は本来はするものではありません。

例え家族葬であってもそれは同じです。

「家族葬で行うので、弔問はお控えください。」

というアナウンスをするべきです。

そうはいっても内緒にしておかないと葬儀で来てしまうとお考えの

方が多く結果的に訃報を事後に送るケースは後を絶ちません。



原理原則でいけば、重要な事項においてはやはり事後報告は

望ましくありません。受け手である相手方が重要だと思えば

思うほど、事後報告は時として人間関係もこじらせてしまうのです。

人が一人亡くなっているという事実において重要と捉える人が多い

ことは理解をして頂きたいのです。

その上で事後報告にするならば、それはご葬家の都合で良いと

思うのですが、安易に家族葬だから事後報告で良いのだとという

考えは葬儀後に大きな混乱を生み出すのです。






  

Posted by フューネ三浦 at 14:07 │日々いろいろ

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2018年01月27日

介護の終着点

週刊文春に掲載された小室哲哉さんの不倫報道を契機に

小室さんが引退をすることになり多くの波紋を呼んでいます。

不倫の有無や善悪を語る前に背景にあるのが介護の問題です。

突然にやってくる介護の問題と一旦介護をする状態になったら、

ほとんどの場合はいつ終わるのかわからない状態になり、

介護問題からの離婚や一家離散という家庭の崩壊は最悪な

ことだと思います。

長年介護をしてきた人が「疲れた」という言葉の裏にある辛苦は

経験をしたことのない私には理解することが出来ないくらい大変な

ことでしょう。

近年、フューネにおいても親の介護をしなければならなくなり、退職を

される社員が何人かおり、優秀な社員を失うことは社長としてとても

辛いものです。

介護の問題は超高齢化している現状では誰もが抱える大問題なのです。




葬儀は介護の終着点であるとも言えます。

葬儀の現場ではそれを実感させられるお客様がなんとも

多いことでしょうか。

近親者の死というものは元来とても悲しいものですが、「ホッ」と

安心されている方に出会う度に「大変だったんだ」と

実感するものです。

介護の問題は今にはじまった問題ではありませんが、超高齢社会

では多くの方が苦労をされています。

他人が出来ることの限界が介護の現場にあり、それ自体を本来

解決しなければこれから先も何も変わらないと思うのです。




人生の卒業式であるお葬式が介護の終着点ということは

どこか違和感を感じてしまうものです。

お亡くなりなられていく人たちの尊厳を保つ活動は葬儀社が

啓蒙していかなければならない社会的使命だと思うのです。




  

Posted by フューネ三浦 at 14:26 │日々いろいろ

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2018年01月01日

2018年 新年あけましておめでとうございます。



新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

皆さまにとって良き一年になりますように。



今年、新に挑戦すること。

また時期がきましたら、正式に発表させて頂きます。
  

Posted by フューネ三浦 at 10:07 │日々いろいろ

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2017年12月31日

2017年 今年もありがとうございました。

早いもので、本日大晦日。

今年も大変お世話になりました。

2007年から続けたブログも今年10年目の節目を迎えることが出来、

同時に2日に一度という記事のアップを終了させて頂き不定期

になりました。

今年を振り返ること様々なことがあった一年でしたが、今年新たに

出会えた方々とのご縁も大切に来年からも頑張って参ります。

皆さま良い年をお迎えください。




  

Posted by フューネ三浦 at 10:38 │日々いろいろ

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2017年12月28日

デジタル遺産と死後離婚

近年、「デジタル遺産」という新しい言葉が生まれました。

デジタル遺産とは自身の死後に残るパソコンやスマホ、

デジタルカメラなどの写真の記録などなど・・・・

いわゆる記録媒体に保存してある各種の記録データのことです。

特にスマートフォンの中の記録などはその人の脳内と同じであり、

他人は本来は絶対に見られたくないものです。

また、月々の会費がかかるものもあり、スマートフォンのパスワード

が解らないばかりに余計な費用がかかってしまうことがあり、

何かと厄介なものです。

自分の配偶者が亡くなり、パスワードが解らなくても、一定の条件が

揃えば、管理する業者はパスワードを開示してくれますが、パスワード

を入れてアクセスしたデータを見ることによって結果的に衝撃的な

事実が判明してしまうことがあるのです。

知らないなら知らないことに越したことのない衝撃的な事実を

知ることによって、死後に離婚をしたいという相談がフューネでも先日

お客様から寄せられました。

相手はすでに亡くなっているのに、離婚をしたいということは

相当なことだと思うのですが、そのような気持ちになるということは

その人にとって知らないほうが良かった事実なのでしょうか。



自分が亡くなったら自動的に記録が消去されるような仕組みの開発は

今のところ難しく、まだまだ不完全なものでしょう。

しかしながら、今後ますます増えていくデジタル遺産についての

対応はとても大切なことになっていくはずです。

遺品整理の中にデジタル遺品も入れていくことが大切です。









  

Posted by フューネ三浦 at 09:18 │日々いろいろ終活の教科書

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2017年12月17日

今年は「北」でした。



2017年の今年の漢字は「北」でした。

「北」と言えば、北朝鮮のことくらいしか連想しないとネット上の

記事では「こじつけ」だと批判がありますが、多くの方が北朝鮮から

の不穏な情報に不安になったことも事実であり、「北」という文字が

選ばれたのは年月が経てば正しい選択であったと思えるような

特徴のある一字でしょう。



さて、今年の私の漢字一文字は「節」。

様々な「節目」がやってきました。

今までの慣例や慣習を断ち切って新しいものを取り入れたことも

多々ありましたし、ブログ10周年などの節目を多々ありました。

「けじめ」という節もあれば、記録という節もあり、おそらく私に

とって忘れることの出来ない年になったと思います。




来年はどのような年になるでしょうか。

どんな年になったとしても、前進あるのみですが。




  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │日々いろいろ

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2017年12月12日

悲しみをリセット

これまでに何度もブログに書いてきましたが、葬儀の持つ役割の中に

「悲しみを断ち切る」

という重要な役割があります。

「なぜ葬儀をするの?」

というそもそもの質問をお客様から受けた時にこのことを答えられたら

模範解答と私自身は思っています。

しかしながら葬儀の経験が少ないお客様ほど、この答えでは納得を

されないのです。

他に葬儀の持つ役割は

「社会的処置」「遺体の処置」「霊魂の処理」

の3つがあり、

「社会的なお別れをする場ですよ。」

「ご遺体を衛生上の問題をクリアして適切に処置をすることですよ」

「亡くなれた方があの世に行く為にお参りをすることですよ」

と説明をすれば多くの方は理解をしてくれます。




繰り返しますが、私は葬儀は「悲しみを断ち切る」ことが葬儀の一番の

醍醐味だと思います。

実際に「悲しみ」から立ち直った経験のある方でないとこのことを

本当に理解して頂けないと思いますが、悲しみを引きずらない為には

葬儀は絶対に必要なのです。




葬儀は不要という考え方のお客様もいらっしゃいます。

予算上の都合で仕方の無い方も中にはいらっしゃいますが、

「葬儀は不要」

だと言われる方は比較的所得層が高い方が多いのです。

もっとも形式上での葬儀は不要だと言われる方はよろしいのですが、

悲しみを断ち切るという効果を知らないで葬儀は不要と言われる

お客様は「失敗」をしてしまうことが多いのです。




葬儀は悲しみを断ち切るもの。

それを多くの方が理解をして頂けること。実感をして頂けることで

この国の葬送文化は守られていくはずです。



  

Posted by フューネ三浦 at 09:34 │日々いろいろ

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