2018年12月11日

伝統文化 「伝え」の重要性

先日、ご縁故のある寺院さまのお葬式をフューネで執り行いました。

私も20年以上葬儀の仕事をしていますが、同じ地区で同じ日に寺院の

関係者がお亡くなりになられるということは初めての体験でした。

結果的に、4日連続のご寺院さまの通夜・葬儀・通夜・葬儀という日程

となりました。

葬儀会館での葬儀施行率がほぼ100%の時代になっている現在、

寺院でのお葬式自体が滅多になく、ましてご住職が亡くなるというのは

いわゆる在家の檀家の皆様のお葬式の形態とは大きく異なることも

あり、葬儀社によってはまったく対応ができない葬儀社も数多く

存在します。

さらに言えば、昔は対応できた葬儀社が技術的な伝承ができなくなり、

お客様からの葬儀の依頼をお断りしなけければならないようなことが

日本各地で起きているのです。

日本の葬送文化の「伝え」が止まってしまうという危機が昨今の

葬儀の小規模化・簡略化の波の中で際立っているのです。




上の写真は先日のご寺院様の葬儀の中で行われた古式に則った

「葬列」の様子です。

このような葬列をしっかりと組むことが本当に少なくなってきた

のですが、葬列の先導である提灯(ちょうちん)は江戸時代、

平民の葬列は幕府のお達しにより、夜しか許されなかったので、

道を照らす名残なのです。

このような、伝統に則った様々な文化の「伝え」が止まってしまう

ことはこの国の文化にとっては大損失に繋がるのです。









フューネは「伝え」を後世に伝える為の企業努力をしています。

古いものを大切にすることで、生まれる新しいサービスはこれまでに

たくさん世の中に誕生させていますが、これからも伝統文化に基づいて

原理原則を大切にしたお葬式をお客様に提供していきます。





  

Posted by フューネ三浦 at 08:22 │お葬式の知識

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2018年10月14日

海の水 川の水

フューネのお葬式では祭壇の前に、よく水をお供えしています。

お墓やお仏壇の前にもご先祖様に対してお水をお供えすることは

あるのですが、本来は祭壇の前にお供えするお水はお亡くなりの

大切な方が喉が渇かないようにという意味合いがあるのです。

しかしながら、フューネのお葬式でお供えする水は水道から蛇口を

ひねって汲んだお水ではない場合があるのです。

時には海の水・そして川の水であったりします。

フューネの本拠のある豊田市から海までは最短でも30kmも離れて

いるのですが、時として葬儀の担当者がわざわざ汲みにいくことも

あるのです。

川の水も同様です。

お亡くなりになられた方にとって思い入れのある場所のお水を

お供えすることはもしかしたら、お客様にとってどうでもよいことかも

しれないのですが、フューネの葬儀の担当者は自発的に

「水をわざわざ汲みに行く」という行動をすることがあるのです。

お客様に説明し、お供えすること大抵の場合は喜んでいただけます。

しかし、お客様の承諾も得ずに勝手にやっていることも事実です。

そして、勤務時間・勤務時間外に限らず担当者が「良い」と思って行動

しています。

水に限らず、お亡くなりになられた方がお好きであった食べ物などが

わかると、わざわざそのお店まで行って買ってくることもあります。

それが、市外のお店であっても可能な限り行ってしまうのです。




「感動葬儀。」の原点は「行動」だと社員に教えています。

「行動」すること、お客様のことを思ってまずは動いてみることが、

その心意気にお客様は感動をして頂けるのです。

心の無い上っ面だけのナレーションやお悔みの言葉よりも

「行動」すること。

人は動いて初めて誰かの心を震わせることができるのです。










  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │お葬式の知識

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2018年09月23日

煙と匂い

加熱式のタバコが世の中に登場してから、タバコの煙はますます肩身の

狭いものになりつつあります。

煙というものは匂いが付きやすく、大抵の煙は臭い匂いを

発するものです。

これに対してお線香というものは基本的に良い匂いを発するもの

であり、香りを楽しめます。日本には古来から「香道」という

香の芸術を嗜む文化があります。



以前のブログ記事で何度も書いてきましたが、葬儀の時にお線香を

使用する目的の一つに、死臭を消す為という目的があります。

また、葬儀以外の仏事にも線香を使用するのは、僧侶が何日もお風呂に

入らない時に臭い匂いを中和させるという目的もあるのだとか。

いずれにしても、の人は生きていく上で「匂い」は昔も今もとても

敏感に反応してきたものです。



仏事においては煙の役割として臨終の時に煙が上に登っていく様を

表現しており、線香から生まれる煙はあの世までの橋渡しであり、

とてもありがたいものとなっています。

煙から発するもやもやは「雲」でであり、仏事では仏が乗って

来る雲で縁起が良いとされている「紫雲」を表現しているのです。

お線香には煙と匂いの両方に意味合いがあり、またそれを昔から

重宝してきましたけれど、近年では煙は文字通り煙たがれるものに

なってきましたし、匂いにおいては好き嫌いがはっきりと分かれるもの

になってきました。




クリーンな空気がもてはやされる今日ですから、これからはもっと

厳しい匂いのエチケットが求められる世の中になりそうです。

自分自身の体臭も気を付けていかなければなりませんし、

お葬式で使用するお線香の匂いも上手に選んでいかなければ

なりません。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:16 │お葬式の知識

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2018年07月27日

子どものお葬式

超高齢化社会の現代において、80歳くらいの方がお亡くなりに

なられても、誰もが驚かなくなりました。

平均寿命というものは実際には数字のマジックであり、多くの方が

平均寿命までは生きられると錯覚していますが、あくまでも「平均」

であり、大雑把に表現するならば、平均寿命まで生きられる人は

国民の半分の方なのです。

もっとも、現実には平均寿命まで生きられるのは半分以下でしょう。

何故ならば、子供の死があるのです。




20歳以下の未成人が亡くなる理由も様々です。

病気・事故に始まり自殺・殺人・・・

いずれにしても、若い方が亡くなるのは何ともいたたまれない感情に

支配されるのです。当事者である両親の悲しみは経験した人にしか

わからないものでしょう。

子どものお葬式には多くの人に悲しみがありますが、親は悲しみ以上に

深い感情は「懺悔」なのです。

「もっと丈夫な身体で産まれさせたった。」

「あの時目を離さなければ・・・」

「もっと強く止めればよかった。」

「どうして気づいてやれなかったんだろう」

親の子に対する多くの懺悔に参列した周りの人々の悲しみを

誘うのです。



懺悔の気持ちを少しでも軽くする為に葬儀社である我々の力が

必要です。

お葬式の会場で少しでも明るい空気を作っていくこと。

演出も大人のお葬式とは違ってくるのです。



上の写真は今年、フューネにご依頼のあった幼児のお葬式。

花の代わりにバルーンを多用して、会場を装飾しました。

不幸にして、子を送る側になった両親の想いをカタチにしました。



高齢化社会の弊害で、70代のおじいさん・おばあさんの年代の方が

亡くなっても、100歳近い親がまだ生きていることが多々あります。

超高齢になっても、子より長生きしてしまった親もまた、子を送る

お葬式には言葉では言い表せない悲痛な悲しみがそこにあるのです。

いわゆる「逆縁」といわれていることは辛く悲しいことです。

死は避けては通れない以上、せめて、順番だけは守って欲しいと

神様に願わずにはいられない、葬儀が現実は数多くあるのです。


  

Posted by フューネ三浦 at 08:11 │お葬式の知識

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2018年05月26日

おなかいっぱい。

日本人の多くの人が忘れかけていますが、地球上において、

食べ物が満足に食べられない人の多いという現実があります。

実は近年日本の国においても、貧富の差が拡大しており、

7人に一人は貧困という数値が出ています。

家庭が貧しく充分にゴハンが食べられない子供たちへ無料または

安価でゴハンを食べさせる「こども食堂」の活動も全国的に広がって

きています。「おなかをいっぱい」食べれることは幸せなことであり、

愛する人たちに「おなかいっぱいご飯を食べさせてあげたい」という

欲望は働くことの原動力にも繋がる世界共通の観念です。




この世に生きている人のおなかを満たすことはもちろんですが、

神様、仏様、ご先祖様のおなかを満たすことも重要です。

「供養」の原点は亡き人の魂を鎮めることですが、鎮める為に

必要なことは「おなかをいっぱい」にさせてあげることです。

神棚に仏壇に食べ物をお供えすることはとても大切な祈りの行為

ですし、お葬式においてもお亡くなりになられた人を

「おなかいっぱい」にする為にご飯はてんこ盛りにお供えしますし、

籠盛のフルーツは食べきれないほどたくさんお供えをします。




「おなかをいっぱい」にご飯を食べられる環境を「当たり前」と

思わず、また、他人に対し「おなかいっぱい」にしてあげることが

おもてなしの心です。

「おなかいっぱい」にゴハンを食べられることを感謝するとともに

幸せを感じなければ、人は幸せにはなれないのです。



  

Posted by フューネ三浦 at 17:30 │お葬式の知識日々いろいろ

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2018年05月17日

ライフイベント

冠婚葬祭というものは人が人である限り必要不可欠な行事です。

冠婚葬祭業を営む企業のサービスの範囲は必然的に

「ゆりかごから墓場まで」

となっていきます。

フューネにおいても、お葬式だけを販売している企業では最早なく、

出産に関する各種お祝いから結婚・還暦などのお祝いまでお客様の

ご要望に応じてサービスを提供しています。



近年、冠婚葬祭のことを各種メディアが「ライフイベント」と表現する

ことが多くなってきました。単純に英訳をすれば、「ライフイベント」

となるのですが、結婚式にしてもお葬式にしても「ライフイベント」

と呼ばれるようになってから衰退をしているのです。

私からみれば「ライフイベント」と葬儀を表現されることはとても

違和感を感じるのです。

なぜならば、この呼び方をすることによって多くの方から意識を

われるのが「宗教観」なのです。元来、洋の東西を問わず、

結婚式もお葬式も各種宗教の考え方に基づいて厳かに

執り行われてきました。

結婚式にしても、お葬式にしても「宗教」というものを軽視するように

なってからは自由度は高くなってきましたが、厳粛さは無くなって

きてしまっているのです。



突然ですが、「儀礼」と「式典」の違いはご存知ですか。

式典は宗教に基づかない式のことで、反対に儀礼は宗教に

基づく式のことです。

「葬儀」は「葬送儀礼」の略語であり、宗教に基づく式であることは

言葉の語源からも明白な事実なのですが、多くの方がが宗教を

軽視しているのが現状でしょうか。

宗教そのものを否定される方はまだまだごくごく少数ですが、

「ライフイベント」という言葉が普及してくると葬儀が宗教観に

基づかない単なるイベントになってしまう恐れがあるのです。



つまり、葬儀はイベントではないし、イベントにしてしまうことで、

悠久の時を経て受け継いできた葬送文化の伝えが

途切れてしまうのです。

「感動葬儀。」という商品には「儀礼」の要素がしっかりと

含まれています。

これからも日本の葬送文化を守りつつ時代にあった新しい葬儀の

あり方を追求していくことがフューネの使命なのです。



  

2018年04月26日

無感動と無反応

人間には喜怒哀楽という感情がありますが、葬儀には

「哀しい」という感情が多くの場合に支配します。

悲しみを和らげることも葬儀社の仕事であり、役割であり、

もっと言えば、葬儀社が葬儀社である為のノウハウであると言える

のです。

悲しいと人は多く場合、泣くなどの行為をするのですが、以前の

ブログ記事でも指摘したように「笑いだす人」「怒りだす人」もおり、

根底に哀しみのプロセスの中で「怒っている」、「笑っている」と

解釈をしなければお客様の心に近づくことは絶対に出来ないのです。



最近は若い人達に見受けられる悲しみの表現として

「無感動」「無反応」という表現をされる方が増えています。

表現をされると書きましたが、これらの場合、実際は表現が無い

状態ですから、「悲しみの表現」だと判別するのがとても難易度が

高いのです。



ほとんど方の知識は悲しみの表現は泣くという行為だと思っている

方が多いですから、無反応、無感動の方を葬儀の現場で見ると

心が無いと勘違いをされる原因の一つであり、この誤解は時として

取り返しのつかない暴言などを引き起こす恐れがあるのです。



フューネの「感動葬儀。」はお客様の悲しみの表現をストレートに

表面化して頂く為の悲しみを和らげる為の究極のノウハウだと

思っています。

悲しみを表面化させることが出来たほうが悲しみからの脱却は

早いからです。



「悲しい」という状態が悪化すると寝れない・食べれないという状態

やめまいや吐き気の症状を引き起こすことにも繋がります。

無感動や無反応という悲しみの表現をされる方の支えになること

はこうした体調不良の原因からお客様を救いだすことのできる

葬儀社としての役目なのです。

  

Posted by フューネ三浦 at 09:42 │お葬式の知識

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2018年04月02日

祖父のお葬式

先月23日に私の祖父が他界し、26日に通夜、翌27日に葬儀を

執り行いました。

祖父は花屋として2代目であり、亡くなったその日までフューネの

取締役でありましたので、あくまで葬儀の形態は三浦家との個人葬

ですが、葬儀社であるフューネのお葬式であるという側面が強い

お葬式になりました。







葬儀社のお葬式は葬儀のプロである人間が喪主であり、遺族である為に

周りの皆さまもどんな葬儀を行うのかということにとても興味を

抱かれるのです。

今回の喪主である3代目の父(現名誉会長)の下した決断は

葬儀の原点というべき、クラシカルの設(しつら)えのお葬式です。

昔は当たり前にように行っていた葬送文化も現代は家族葬などで

省略のカタチに何も違和感を持たなくなっている方々が多くなっている

昨今の実情に「原点」と葬儀社の持つアイデンティティーを再確認

できるお葬式でした。



「故きを温ねて新しきを知る」

「温故知新」という言葉がぴったりのお葬式のカタチ。

古いものも知らない方々からすれば新しく見えるものです。

フューネの「感動葬儀。」の原点は基本に忠実であること。

古くから伝わる伝統的なルールを理解し現代風のアレンジすること。

そのようなことを大切にしているのです。




今回のお葬式の祭壇の花の色は「白」

皆さまから頂いた外まで並んでいる供花のお花の色もすべて

白い花で統一をさせて頂きました。

日本人の本来の「弔い」を表す色は「白色」です。

葬儀の原点を守りつつ、どこか懐かしくも新しい葬儀の演出が

出来て、孫としては良き孝行ができたように思っているのです。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:24 │お葬式の知識日々いろいろ

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2018年03月08日

火を使わない生活

ライターの製造メーカーの経営が苦境に陥っています。

タバコを吸う人の数が年々減っていくのに加えて、加熱式のタバコ

のヒットにより、火を使わないタバコの消費が増え続けており、

ライターの出番が大幅に減っています。

私たちの日常の生活は「火」を直接使うことがほとんど無くなって

しまいました。

自宅はIHの調理器で賄い、ガスの炎も見ることが無く、マッチや

ライターの点ける方法も知らない子供が多くなっています。

お葬式の打ち合わせでご自宅に訪問し、ご遺体の周りの飾りを行い

ロウソクと線香に火を灯そうと思いライターやマッチをお借りしようと

しても、ご自宅に全くないといったご家庭が増えています。

無ければ、キッチンでガスの火をお借りするのですが、それもIHの

調理器であれば、お借りすることができません。




人間が他の動物と決定的に違うのは「火」を使いこなせることでした。

火を使うことによって寒さをしのいだり、生で食べれない食材を食べる

ことが出来るようになったり、他の動物から襲われないように身を守る

ことができてきたのです。

現在も生活も「火」の重要性は変わらないのですが、直接火を使う

必要性は無くなってきています。



葬儀の現場でも、LEDのロウソクや線香、火を使わないお香などを

使うことが多くなりました。

火を使うことでの副作用として煙の被害、火事の危険性のリスクの

回避です。



火を直接使わない生活はクリーンで安全ですが、火を使うこなすこと

が出来なくなることは人間としての退化に繋がってしまうのです。
  

Posted by フューネ三浦 at 09:17 │お葬式の知識日々いろいろ

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2018年02月11日

事後報告

本来、報告や案内というものは事前にしなければならないものですが、

やむを得ない事情などで事後になってしまうケースがあり、一般的に

事後報告と言われています。

近年、葬儀においては事後報告が本当に増えてきているのです。

有名人著名人が亡くなった時にも死後にすぐに告知をせずに近親者で

葬儀をしてからマスコミを通じて発表するといったケースは本当に多く

なりました。葬儀の場面を中継することのほうが少なくなったように

思います。

そして、家族葬で行うから会社や友人・知人に事後報告するという

ケースがとても多くなっているのです。

事後報告は本来はするものではありません。

例え家族葬であってもそれは同じです。

「家族葬で行うので、弔問はお控えください。」

というアナウンスをするべきです。

そうはいっても内緒にしておかないと葬儀で来てしまうとお考えの

方が多く結果的に訃報を事後に送るケースは後を絶ちません。



原理原則でいけば、重要な事項においてはやはり事後報告は

望ましくありません。受け手である相手方が重要だと思えば

思うほど、事後報告は時として人間関係もこじらせてしまうのです。

人が一人亡くなっているという事実において重要と捉える人が多い

ことは理解をして頂きたいのです。

その上で事後報告にするならば、それはご葬家の都合で良いと

思うのですが、安易に家族葬だから事後報告で良いのだとという

考えは葬儀後に大きな混乱を生み出すのです。






  

Posted by フューネ三浦 at 14:07 │お葬式の知識日々いろいろ

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2017年12月22日

生前葬を執り行う

先日、生前葬を開催したコマツ元社長の安崎暁さんに多くの反響が

起こってます。

下の記事は日経電子版より引用です。

末期がんで余命を宣告されたら、仕事でお世話になった人たちとどうお別れしたらいいのか――。コマツ元社長の安崎暁さん(80)が悩んだ末に決めたのは、元気なうちに感謝の気持ちを伝える、一種の「生前葬」を開くことだった。前代未聞の試みに、駆けつけた関係者は約1000人。かつて大企業を率いたリーダーの選択は、自分らしい人生の最期を探る「終活」のあり方に一石を投じている。

■無駄な延命治療はやらない

 安崎さんが社長を務めていたときにコマツを担当していた筆者に、本人から相談があったのは11月上旬のこと。「がんがあちこちに転移してしまったが、無駄な延命治療はやらないと決め、余命が意外に短い可能性があるので、自分主催で感謝の会を生前告別式風にやることにした。記者としてどう思うか」などとあった。何度かメールでやりとりをした末、12月11日午前11時半、コマツ本社からほど近いANAインターコンチネンタルホテル東京(東京・港)で開かれた「感謝の会」に招かれた。

 会場に一歩足を踏み入れるやいなや、目を疑った。しめやかな雰囲気かと思いきや、会に駆けつけた会社や母校の一橋大学の関係者らが皆、あちこちで談笑していたからだ。正面のステージの大型スクリーンには海外メディアのインタビューを受ける安崎さんの動画が流れ、壁や柱にはこれまで親交があった人たちとの思い出の写真が多数展示されていた。

笑顔の安崎暁さん
 安崎さんは車いすを押されながら、訪れた一人ひとりと握手を交わし、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えながら会場内をゆっくりまわっていた。ステージでは安崎さんの出身地、徳島県の阿波踊りも披露された。会場を一巡して一息ついた安崎さんは周囲の友人らに「(米ハーバード大学名誉教授の)エズラ・ボーゲルさんが書いた鄧小平の本はお薦めだ」などと楽しそうに話していた。

 「自分が余命を宣告されたら、仕事でお世話になった人たちとどんな風にお別れするか、考えさせられる会だった」。会に参加したゴルフ仲間の男性(69)はこう言って会場を後にした。一橋大学の後輩の女性(69)は「かっこよくて潔い安崎さんらしい終活だと思った」と話す。また、仕事で親交のあった女性(58)は「大企業の元トップの生前葬に出席したのは初めて。元気なうちに言葉を交わせてよかった」と満足そうだった。

 住友商事時代は中国や旧ソ連を中心とした海外事業に一緒に取り組み、安崎さんらとの共著「日本型ハイブリッド経営」もある西藤輝さん(79)は、「人とのつながりを大切にしている安崎さんらしい会だった」と感慨深げに話していた。

■日中の草の根交流に力

 安崎さんは1995年から2001年までコマツ社長を務めた。その後、会長、相談役などを歴任し、引退後は日中草の根交流として中国で講演活動などを行っていたが、17年10月上旬に胆のうがんが見つかり、肝臓や肺などに転移していて手術はできないと診断された。

 日本経済新聞朝刊などに「感謝の会開催のご案内」と題した広告が掲載されたのは11月20日。安崎さんはそのなかで、「残された時間をQuality of Life(生活の質)優先にしたく、副作用にみまわれる可能性のある治療は受けないことにした」と明かした。

 感謝の会はこれまで交流のあった人たちに文字通りの「感謝の気持ち」を伝える場にしたいといい、「ご都合のつく方々にご参加いただき、お会いできましたら私の最大の喜び」と呼びかけた。安崎さんによると、今回の広告掲載と感謝の会はいずれも安崎さん自身が決め、主催した。

 末期がんで延命治療を行わないことや感謝の会を開催することを公表して以来、インターネットなどでは「理想的な終活」「まねできない」「潔い生き方」といった書き込みが相次ぎ、話題となっていた。

■人生楽しかった

 感謝の会を終え、記者会見した安崎さんは「残された時間を充実させ、『人生楽しかった』と思いながら棺おけに入りたい」と話した。個人で会を企画した理由については「会社に頼んだら私の希望とは関係なく儀礼風になる。せっかく来てもらうなら、楽しく帰ってもらおうと考えた」と明かした。

ステージの大きなスクリーンには映像が流れていた
 コマツ時代の安崎さんは冷静に決断するが、温かいタイプのリーダーとして部下からも慕われた。「ひるまず臆せず」の信念。信条は「忘己利他」。我を忘れて他を利するは慈悲の極みなりという意味だ。

 人生の幕の引き方については「個人個人それぞれの考え方がある。私は自分の健康状態とちょうど80歳という年齢を考慮して、私個人の好みでやらせていただいた。終活は人それぞれ」。記者会見でこんな言葉を残し、安崎さんは明るい表情で会場のホテルを後にした。

(阿部奈美)


「理想的な終活」「真似できない」とインタネット上で高い評価を

得ていますが、本当に生前葬は言葉で語るのは簡単ですが、

実際に実行をすることはとてもとても難しいものです。



フューネでも多くのお客様から「生前葬」についてお問合せを

頂きます。しかしながら、ほとんどの場合は興味本位なもので

真剣に自身の生前葬を企画したいという方はほとんどいません。

生前葬を行うにあたって本人の勇気や「まだ生きている」という

葬儀にたいする世間に皆さまが抱く「常識」を覆すことが成功する

為にとても重要です。



医師から余命宣告を受けた時に残された時間をどう生きるのか

ということは人生において、とても重要な決断です。

これまでの人生でお世話になった方に感謝の気持ちを伝えることに

時間をかけることができるのは、終活の中でも「理想的」と言える行為

なのです。

命の定義は様々ありますが、「自由に使える時間」という定義が私は

一番好きです。

限りある自由に使える時間を自分の意思で決めていることが「生きる」

ということであり、自由に使える時間の最後を自分自身で演出できる

ということはとても贅沢な時間の使い方であると思うのです。



  

Posted by フューネ三浦 at 10:57 │お葬式の知識

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2017年12月12日

悲しみをリセット

これまでに何度もブログに書いてきましたが、葬儀の持つ役割の中に

「悲しみを断ち切る」

という重要な役割があります。

「なぜ葬儀をするの?」

というそもそもの質問をお客様から受けた時にこのことを答えられたら

模範解答と私自身は思っています。

しかしながら葬儀の経験が少ないお客様ほど、この答えでは納得を

されないのです。

他に葬儀の持つ役割は

「社会的処置」「遺体の処置」「霊魂の処理」

の3つがあり、

「社会的なお別れをする場ですよ。」

「ご遺体を衛生上の問題をクリアして適切に処置をすることですよ」

「亡くなれた方があの世に行く為にお参りをすることですよ」

と説明をすれば多くの方は理解をしてくれます。




繰り返しますが、私は葬儀は「悲しみを断ち切る」ことが葬儀の一番の

醍醐味だと思います。

実際に「悲しみ」から立ち直った経験のある方でないとこのことを

本当に理解して頂けないと思いますが、悲しみを引きずらない為には

葬儀は絶対に必要なのです。




葬儀は不要という考え方のお客様もいらっしゃいます。

予算上の都合で仕方の無い方も中にはいらっしゃいますが、

「葬儀は不要」

だと言われる方は比較的所得層が高い方が多いのです。

もっとも形式上での葬儀は不要だと言われる方はよろしいのですが、

悲しみを断ち切るという効果を知らないで葬儀は不要と言われる

お客様は「失敗」をしてしまうことが多いのです。




葬儀は悲しみを断ち切るもの。

それを多くの方が理解をして頂けること。実感をして頂けることで

この国の葬送文化は守られていくはずです。



  

Posted by フューネ三浦 at 09:34 │お葬式の知識日々いろいろ

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2017年11月27日

ポイントとスタンプカード

お客様を囲い込む為の古典的な手法として「スタンプカード」が

あります。

一回のご来店毎もしくはお買い上げ金額に応じてスタンプを

押していき規定のスタンプが溜まると何かしらの特典が頂ける

仕組みはおなじみだと思います。

実際にスタンプが溜まること意識して、「どうせ行くなら」と

自分自身の贔屓のお店に繰り返し足を運ぶことはよくあることだと

言えます。

クレジットカードや電子マネーが多く使われ出したのは「ポイント」が

大きな役割を果たしていると思います。実際に私たちの生活の中で

クレジットカードや電子マネーが急速に普及したのは、「ポイント」が

現金同様に使えることが大きな要因です。

貯めたカードのポイントを他のカードに移行できる仕組みはまさに

現金と同じ扱いが出来るはずです。このことはスタンプカードでは

なかなか実現出来なかったポイントの特長だと言えます。



葬儀の業界でもポイント還元というもが知らず知らずの間に

顧客サービスとして広まっています。

元来、短期間の間に葬儀のリピーターになることが少ない性質である


が故、スタンプカードというものは葬儀とは相性が悪いものでした。

葬儀一回につきスタンプ1個というものは不謹慎でありますし、

仮に葬儀会館にご来館でスタンプ一個というものも、葬儀の参列を

促進する点において不謹慎であるのです。

ところが、クレジットカードで葬儀代の支払いでポイントの付与が

お客様への実質上の値引きサービスになりますし、Tポイントカード

などでのポイント付与は値引きサービス並びにそのポイントを他店で

使用することにより、相互的な顧客の囲い込みに繋がるのです。



フューネではイオンモールの店内に現代の仏壇店を運営している

関係上WAONポイントをお客様に還元するサービスを実施しています。

イオンモール長久手店での葬儀代の支払いではWAONのポイントが

付くということでわざわざ、長久手店までお支払いにご来店頂ける

お客様がいらっしゃいます。

是非、お仏壇店にも足を運んで頂きたく、WAONポイントの

付与サービスは今後も続けて参ります。

お客様にとって葬儀代・法事代は一気にポイントを稼ぐチャンス

なのです。




  

2017年11月08日

「核家族」という言葉は死語?

少し前までは、テレビや新聞で「核家族化が進んでいる」ということを

取り上げることが多かったのですが、最近は「核家族」という言葉さえ

聞くことが少なくなりました。最早、死語になりつつあるのでは

ないでしょうか。

核家族の定義は

1.夫婦とその未婚の子供
2.夫婦のみ
3.父親または母親とその未婚の子供

とされており、この定義に当てはめると日本では7割近くの家族が

核家族になっており、ここまでの割合になると核家族があたりまえで

になってしまっていることは明らかな事実です。

核家族の反対は「大家族」であり、3世代以上の血族が集まっている

集合体です。



大家族と比べて核家族は一家庭当たりの収入は少なくなっており、

生活本体の支出以外のお金が出しにくいのです。

お祭りなどの祭礼費や寺院など寄進、お墓など祭祀に関わる費用、

そして冠婚葬祭費。

日本という国から大家族が減少したことが葬儀の規模を小さくさせて

いることが明白であり、家族葬の増加は核家族が増えれば増えることは

解り切っていることでした。




現在の日本では核家族どころか、家族を形成しないシングルさんが

増加しています。単身者の増加は家族葬さえも行わない葬儀の

形態の変化に、残念ながら繋がっていくのです。





  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │お葬式の知識日々いろいろ

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2017年10月29日

会葬・供花・供物辞退

最近のお葬式は「辞退」をすることを選択するお客様が増えています。

何を辞退をするのかというと一般のお客様のご弔問を辞退されたり、

お花やお供えの果物を頂くことです。

本来は悲しみに対して、何らかの弔意をカタチで示すことでうまれて

いる通夜・葬儀に弔問する行為やお花や供物を贈る行為は

大切な人の死に対して悲しみを共有することのできる大切なことです。

人の死に対して何かをしようという気持ちは自然に湧き出てくるもので

あるからこそ、お葬式には多くの皆さまの善意が集まってくるのです。

辞退をするということはそのような善意の持っていき場がなくなる

のですが、受け取る側もほとんどの場合は「よかれ」と思っての

辞退なのです。

弔意をカタチで示すにも究極的なことを言えば、お金がかかること

であり、お金がかかることを相手に申し訳ないと思うからこそ、

「辞退」をしてしまうものです。





葬儀に見栄を張らなくなった結果、お花や供物も必要以上に並べる

必要はないと思っている方も増えています。

個人的にはお花や供物があまりにも少ないのは淋しいと思いますが、

そうは思わない方も多くなっているのです。





「辞退」の理由は前述のようなケースがほとんどなのですが、

気をつけなければならないのはご遺族の方が

「そっとしておいて欲しい」

と思っていらっしゃる場合です。

このような時に無理に弔問に行くことやお花などを贈ることは本当に

ご遺族様の心情を逆なでしてしまうのです。

この見極めは葬儀社である以上、しっかりとお客様のご意向を

見極めなければならないのですが、本当に見極めるのは難しい

ものです。




お客様の「辞退」の理由をしっかりと把握して、お葬式を進行する

ことは葬儀社の技術力の差が一番出てしまうポイントなのです。

このことがしっかりと出来る葬儀社を選ぶことはとても重要なこと

なのです。






  

2017年10月07日

想い出のアルバム

最近は写真を撮るという行為は手軽であり、一日に何枚も写真を

撮られる方も多いのではないでしょうか。

撮り貯めた大量の画像のデータはパソコンなどに保存をされ、

ほとんどの写真はプリントアウトすることがないのでは

ないでしょうか。

子どもの時は現像してきた写真を一枚一枚、アルバムに貼って

いったことが懐かしいものです。




お葬式が発生した時に、まずは遺影の写真を探すのですが、

アルバムから探される方は本当に少なくなりました。

しかしながら、「想い出」を探すにはアルバムなのです。

基本的に写真を撮る時というのは「楽しい時」「嬉しい時」

そして「記念日」。

人生にとって華やかな日なのです。

逆に「さみしい時」「辛い時」の写真というものはほとんど

無いものです。

想い出のアルバムを観ることは自分自身の元気な姿が映って

いるものですから、元気の無い時にアルバムを観ることはとても

心の癒しに繋がります。




お葬式の時に想い出のアルバムを置いておくだけで楽しい話に

花が咲きます。

写真の中の笑顔や昔の自分は、お葬式の悲しみを確実に癒して

くれるはずです。

そして、膨大な写真を簡単に撮れる現代でも、大切な写真だけを

セレクトして「想い出のアルバム」つくりをお勧めします。



  

Posted by フューネ三浦 at 08:23 │お葬式の知識

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2017年10月05日

家族葬の告知

最近、お客様から家族葬で行うのに、町内や会社に知らせるべきか、

知らせないでおくべきかというご質問をよくお受けします。

答えは「知らせる」べきです。

そのようにお答えするとそれではご弔問のお客様が来てしまうと

言われますが、肝要ななのは

「家族葬で行うからご弔問をご遠慮ください」

ということを正しく伝えなければなりません。

以前、まだまだ家族葬が珍しい頃は確かに告知をしてしまうと

家族葬でもご弔問にお越しになってしまうということがありましたが、

今は訃報を受け取る側も慣れてきていますので、家族葬で行う旨と

会葬をご辞退する旨をしっかりと告知をすれば、無理やりの会葬は

しなくなってきているのです。




家族葬だから、告知をしないでよいという考え方はお葬式後に

家族葬のデメリットをまともに受けてしまう危険性があるのです。

「なんで知らせてくれなかったのよ」

という叱責や葬儀後に自宅に弔問客が次々に現れていつまでたっても

通常の生活に戻れないというデメリットです。

お伝えすることはしっかりとお伝えして、家族葬を行うことが一番の

筋道です。



家族葬を選択された方に

「どうして家族葬にされたのですか?」

とご質問をすると

「流行りだから」

というお答えがたまに返ってきます。

「流行り」という理由で選ばれるのだけは葬儀のプロとして

一番危険ですから止めて頂きたいと思うのです。

お客様が葬儀後に後悔をしている姿はやはり見たくないのです。







  

Posted by フューネ三浦 at 09:15 │お葬式の知識

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2017年09月29日

自宅に帰るときのハードル

余命宣告を受けた方の7割が「自宅に死にたい」と希望されます。

しかしながら、現実的に自宅に帰って最期を家族に看取られながら

というような亡くなり方ができるのは本当にごくわずかであり、

大抵の場合は病院であるというのが現実です。

それならばと遺されたご遺族の皆さまの希望は

「自宅に安置したい」

ということになるのですが、これもまた現代の事情において

なかなかハードルが高いと言わざるえません。




まずは集合住宅などの場合はエレベーターがストレッチャー対応

をしていないと階段で上層階まで運ばなければならず労力のかかる

結果になります。このハードルで断念をすることがあります。

そして、住宅地などの一戸建てに帰る時に最近はある問題が

発生しているのです。

それは駐車場問題です。

訃報に受けた親戚縁者が集まってくるのですが、近隣に駐車場が

ないとやむなく路上駐車をすることがあります。その結果、特に

住宅地の場合は普段見慣れない車が路上に停まっていると

近隣の住民が警察に通報をしてしまい、駐車違反のキップを

切られてしまうのです。

お葬式が隣近所を巻き込んで行うことが当たり前の時代には

そもそも路上駐車を警察に通報する住民はいなかったのですが、

家族葬を中心に、近所の人々を巻き込まないことが多くなると

葬儀が発生しても「わからない」ものです。

まして、玄関に目印である提灯や「忌中」と書かれた忌中紙を貼る

ことがほとんど無くなってしまえば、近隣の住民にとって日常であり、

その日常に違法に駐車してある見慣れない車は恐怖なのでしょう。




もちろん、違法な駐車はすることはいけませんが、葬儀は発生した

お宅にとっては緊急事態であり、ある程度は多めに見てくれることが

昔から暗黙の不文律でした。

しかしながら、「いけないものはいけない」ということになると

ご遺族の方が自宅にお亡くなりになられた方を連れて帰りたくても

断念をしなければならない事例が多々発生しています。




別の角度から考えてみますと、葬儀を行うには今も近隣皆さまの

協力無くしてはできないものです。

病院から直接葬儀会館に入館されることが年々増えているのには

自宅に帰ることのハードルが年々高くなっていることも理由の一つ

であることは間違いのない事実です。




闘病生活長かったり、老人ホームなどに入所されていた方が

長年住み慣れた家に帰りたいと思うのは当たり前のことです。

自宅に帰りたいと思っているのに帰れないのは本当に悲しいこと

です。出来る限り叶えてあげたいと思うのですが、叶えるには

様々な人々の協力が不可欠なのです。







  

Posted by フューネ三浦 at 08:23 │お葬式の知識

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2017年09月24日

マナーモード

厳粛なお葬式においての最大の天敵は「音」です。

特に悲しみの深いお葬式において、突然響く雑音は何ともいえない

違和感を感じます。

パトカーや救急車が通ることによって起きるサイレンの音も

お寺様の引導の時や弔辞など、特に会場内が静まりかえって

いる時にはせっかくの厳粛な空気をぶち壊してしまうのです。




大人のほぼ全員が持っているであろう、携帯電話の音は

特に注意が必要です。

開式前にはマナーモードに切り替えて頂くようにアナウンスを

させて頂いていますが、それでも着信の音が鳴り響いてしまう

時があります。鳴り響く携帯電話の音を止めようとして、焦ってしまい

さらにドタバタしてしまう姿は何とも見苦しいものであり、当事者は

赤っ恥をかいてしまいます。




最近はゲリラ豪雨と呼ばれる記録的な短時間情報や緊急地震速報

Jアラートなどの生命に関わる事柄の警報音が一斉に鳴り響くことが

増えてきました。100人以上の集まっている葬儀会場での警報音は

とても不安を煽る音であると同時に、葬儀そのものが中断をしてしまう

ものです。

警報音が収まり葬儀が再開したのも束の間に、突然鳴り響く携帯電話が

稀にあります。何かの加減で遅れて受信した携帯電話です。




いくらマナーモードに設定をしていても、迷惑をかけてしまうこれらの

警報音は鳴らないことがすべてではありますが、葬儀の悲しみの中で

何とも違和感の塊なのです。
  

Posted by フューネ三浦 at 07:56 │お葬式の知識

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2017年09月18日

待機

辞書によると「待機」とは準備をととのえて機会の来るのを待つこと。

と定義をされています。

どのような仕事においても「待機」があるのですが、特に葬儀社の

仕事には「待機」の仕事が多いのです。

葬儀そのものは基本的に「待ち」の仕事です。

葬儀の件数を増やす為にバーゲンセールをしても効果はありませんし、

一件一件訪問販売をしても葬儀の仕事が増えるということが

ないからです。

人が亡くなり、初めて葬儀社に対しての需要が生まれるという性質上

「待機」という仕事の役割は大きいのです。




夜間の仕事は基本的に「待機」であり、一晩中続くのです。

夜間の当番の社員は仮眠中でも、すぐに出動が出来る体制を

とっています。

準備を常にしておくことは最早当たり前なのですが、待機時間に

何をして過ごすかということがその人の成長にとっても大きな影響が

あります。基本的に「待機」の仕事中には人とのアポイントメントを

入れることができないのです。葬儀の依頼がきてしまったら約束を

反故にしてしまうからです。

それでもうまく行動をすれば、お客様とのお会いする時間は

作れますし、他の仕事をすることもできます。




葬儀の仕事は半分が「待っている」状態だと言っても過言ではないと

思います。待ち時間というものは退屈であるのですが、テーマパーク

での待ち時間が気にならないような工夫があるように、葬儀社も

待ち時間をいかに有意義に過ごすかで業績も大きく変わって

くるのです。