2008年07月02日
ブログがドラマに
以前ブログ記事として掲載した遺品整理専門会社キーパーズの吉田社長の
著書である「遺品整理屋は見た!」に続編が誕生しました。
現実にあった孤独死の現状を生々しく綴った書籍です。
以前にご紹介した通り、この書籍は吉田社長のブログが出版社の目に止まり、
出版となった本です。
ブロガーとしては大変名誉なことだと思います。
そしてこの度、この本を原作としてなんとテレビドラマになるそうです。
現在、ドラマ収録中で放送日はまだ未定ですが、フジテレビ系「金曜プレステージ」にて
ドラマ「遺品整理屋は見た!」というタイトルで放送される予定です。
主演は地井武男さん・酒井美紀さんが演じられるそうです。
ブログが遂にドラマになったのです。
とってもすごいことだと思います。


先日、横浜でのフューネラルビジネスフェアにて
吉田社長にお会いした時、
「これで仕事も増えれば万々歳なんだけど・・・」
と確かにその通りです。
フューネは吉田社長のキーパーズと業務提携しています。
今は必要なくても、もしこの先遺品整理に困ることがありましたら、
是非、ご一報ください。
著書である「遺品整理屋は見た!」に続編が誕生しました。
現実にあった孤独死の現状を生々しく綴った書籍です。
以前にご紹介した通り、この書籍は吉田社長のブログが出版社の目に止まり、
出版となった本です。
ブロガーとしては大変名誉なことだと思います。
そしてこの度、この本を原作としてなんとテレビドラマになるそうです。
現在、ドラマ収録中で放送日はまだ未定ですが、フジテレビ系「金曜プレステージ」にて
ドラマ「遺品整理屋は見た!」というタイトルで放送される予定です。
主演は地井武男さん・酒井美紀さんが演じられるそうです。
ブログが遂にドラマになったのです。
とってもすごいことだと思います。


先日、横浜でのフューネラルビジネスフェアにて
吉田社長にお会いした時、
「これで仕事も増えれば万々歳なんだけど・・・」
と確かにその通りです。
フューネは吉田社長のキーパーズと業務提携しています。
今は必要なくても、もしこの先遺品整理に困ることがありましたら、
是非、ご一報ください。
2008年06月22日
20年に一度
一家庭単位で見ると、その家からお葬式が発生するのは
「20年に一度」といわれています。
結婚式とお葬式の場合で10年に一度の計算です。
しかしながら、冠婚葬祭ごとは重なるもの。
よく、孫の結婚式とおじいちゃん・おばあちゃんのお葬式が重なることがありますね。
半年以上前から決まっている結婚式の日取りを動かすわけにはいけない為、
結婚式が終わるまでお葬式を延ばすことがあります。
20年に一度といわれているお葬式もどうしても不幸が重なることもあります。
フューネでは3年以内にもう一度お葬式のご依頼を頂くケースが結構多くあります。
不幸が続くと「なんでウチばっかりこんな目に」
という気持ちになりますが、
そんな時は私はこの「20年に一度」のお話をします。
つまり、お葬式が重なればその家にとっては今後は当分不幸はない訳ですから、
確かに今辛いかもしれませんが、
悲しみを乗り越えてほしい。早く立ち直ってほしい
そんな気持ちでいっぱいです。
今から7年前の私が担当したあるお客様のお話です。
あるお宅のおばあちゃんが亡くなったということで自宅に打ち合わせにいきました。
おばあちゃんは遠方の病院で亡くなられて他の家族とともに
霊柩車で自宅に向かっているところでした。
自宅には留守番のつれあいのおじいちゃんが居て、私がおばあちゃんが亡くなった
ことを告げるとたいそうお悲しみになられました。
しかし、すぐに
「ばあさんのために葬式の準備をしなければ」
と仏壇の仏具を磨きはじめました。
私もおばあちゃんの到着を何もしないで待っている訳にもいかず、
おじいちゃんと一緒に仏具を磨きました。
おじいちゃんからおばあちゃんとの思い出ばなしを聞きながら。
はなしを聞いてこの夫婦の愛情と絆を実感しました。
翌日の朝、おじいちゃんは急に自宅のトイレで倒れられ、
そのまま救急車で運ばれ、その夜亡くなってしまいました。
本当にびっくりでした。
お通夜はおじいちゃんとおばあちゃんの柩を仲良く並べての合同葬。
お葬式も同様でした。
夫婦揃って死ぬ時も一緒。残されたご遺族の方も
「仲がよかったけど、まさかお葬式まで一緒とは。きっと幸せなことなんだよね。」
といわれた言葉が今でも忘れられません。
そしてこのおじいちゃん、私が知っている中で、
自分のお葬式の準備をしてしまった唯一の人。
すごいことですよ、これは。ふつうありえません。
不幸が重なることは本当に悲しいことですが、ちょっぴりほほえましい
私が体験したお葬式でした。
「20年に一度」といわれています。
結婚式とお葬式の場合で10年に一度の計算です。
しかしながら、冠婚葬祭ごとは重なるもの。
よく、孫の結婚式とおじいちゃん・おばあちゃんのお葬式が重なることがありますね。
半年以上前から決まっている結婚式の日取りを動かすわけにはいけない為、
結婚式が終わるまでお葬式を延ばすことがあります。
20年に一度といわれているお葬式もどうしても不幸が重なることもあります。
フューネでは3年以内にもう一度お葬式のご依頼を頂くケースが結構多くあります。
不幸が続くと「なんでウチばっかりこんな目に」

という気持ちになりますが、
そんな時は私はこの「20年に一度」のお話をします。
つまり、お葬式が重なればその家にとっては今後は当分不幸はない訳ですから、
確かに今辛いかもしれませんが、
悲しみを乗り越えてほしい。早く立ち直ってほしい
そんな気持ちでいっぱいです。
今から7年前の私が担当したあるお客様のお話です。
あるお宅のおばあちゃんが亡くなったということで自宅に打ち合わせにいきました。
おばあちゃんは遠方の病院で亡くなられて他の家族とともに
霊柩車で自宅に向かっているところでした。
自宅には留守番のつれあいのおじいちゃんが居て、私がおばあちゃんが亡くなった
ことを告げるとたいそうお悲しみになられました。
しかし、すぐに
「ばあさんのために葬式の準備をしなければ」
と仏壇の仏具を磨きはじめました。
私もおばあちゃんの到着を何もしないで待っている訳にもいかず、
おじいちゃんと一緒に仏具を磨きました。
おじいちゃんからおばあちゃんとの思い出ばなしを聞きながら。
はなしを聞いてこの夫婦の愛情と絆を実感しました。
翌日の朝、おじいちゃんは急に自宅のトイレで倒れられ、
そのまま救急車で運ばれ、その夜亡くなってしまいました。
本当にびっくりでした。
お通夜はおじいちゃんとおばあちゃんの柩を仲良く並べての合同葬。
お葬式も同様でした。
夫婦揃って死ぬ時も一緒。残されたご遺族の方も
「仲がよかったけど、まさかお葬式まで一緒とは。きっと幸せなことなんだよね。」
といわれた言葉が今でも忘れられません。
そしてこのおじいちゃん、私が知っている中で、
自分のお葬式の準備をしてしまった唯一の人。
すごいことですよ、これは。ふつうありえません。
不幸が重なることは本当に悲しいことですが、ちょっぴりほほえましい
私が体験したお葬式でした。
2008年06月08日
ハーモニカ
先日、フューネの社員から報告があった「感動」したはなしです。
それは豊田市内のとある大病院の霊安室でのヒトコマ。
お客様よりお亡くなりの一報を頂き、病院まで霊柩車とともにお迎えに行きました。
通常、病院の霊安室ではお亡くなりになったばかりでご遺族の皆様にとっては
まだ、「死」という現実が容易に受け付けられない場所。
その中で、治療にあたっていた主治医の先生や看護士の方が
お悔やみを伝え、静かに送り出す特別な場所です。
残念ながら霊安室は病院にとっては裏口で通常は目立たない場所に
あります。病院の性質上、裏口は仕方がないとしても業者さんの
物流の搬入口と一緒になっていたり、
ひどいところだと霊安室がゴミ置場の隣なんてところもあり
葬儀社の立場から言わせれもらえば
「もうすこしなんとかしてほしい」というのが本音です。
さて、お話を戻させて頂くと、霊安室でのお別れの時、
突然、主治医の先生がポケットからハーモニカを取り出し
亡くなった方の為に、「ふるさと」を演奏されました。
私はこのお話を聞いて感動しました。
「こんなすばらしいお悔やみをしてくれる先生が豊田にいたのか」と。
なかには形式ばかりのお悔やみで中には全く心がこもってないだろうと思う
先生がいる中で、自分の患者の最期を心をこめてお送りする姿が
とても美しいことだと思いました。
以下は先輩社員に同行して同じく「感動」した
新人研修生の報告書からそのまま引用します。
お客様方はその時泣いておられました。
私たちはこの時初めてお客様にお会いするわけで、
病院での生活を全く知りません。
しかし、主治医の先生や看護士の方は、
病院生活をずっとお世話してきているので、色々な思いが有るでのしょう。
亡くなったから、それで終わりでなく、
しっかりと最期まで見送るという光景を見て、非常に感動しました。
こういう突然の出来事から、「感動」は生まれるのだと、感じました。
「感動葬儀。」を目標にしているフューネの社員の見本となる行いをされた
主治医の先生に敬意を表します。
それは豊田市内のとある大病院の霊安室でのヒトコマ。
お客様よりお亡くなりの一報を頂き、病院まで霊柩車とともにお迎えに行きました。
通常、病院の霊安室ではお亡くなりになったばかりでご遺族の皆様にとっては
まだ、「死」という現実が容易に受け付けられない場所。
その中で、治療にあたっていた主治医の先生や看護士の方が
お悔やみを伝え、静かに送り出す特別な場所です。
残念ながら霊安室は病院にとっては裏口で通常は目立たない場所に
あります。病院の性質上、裏口は仕方がないとしても業者さんの
物流の搬入口と一緒になっていたり、
ひどいところだと霊安室がゴミ置場の隣なんてところもあり
葬儀社の立場から言わせれもらえば
「もうすこしなんとかしてほしい」というのが本音です。
さて、お話を戻させて頂くと、霊安室でのお別れの時、
突然、主治医の先生がポケットからハーモニカを取り出し
亡くなった方の為に、「ふるさと」を演奏されました。
私はこのお話を聞いて感動しました。
「こんなすばらしいお悔やみをしてくれる先生が豊田にいたのか」と。
なかには形式ばかりのお悔やみで中には全く心がこもってないだろうと思う
先生がいる中で、自分の患者の最期を心をこめてお送りする姿が
とても美しいことだと思いました。
以下は先輩社員に同行して同じく「感動」した
新人研修生の報告書からそのまま引用します。
お客様方はその時泣いておられました。
私たちはこの時初めてお客様にお会いするわけで、
病院での生活を全く知りません。
しかし、主治医の先生や看護士の方は、
病院生活をずっとお世話してきているので、色々な思いが有るでのしょう。
亡くなったから、それで終わりでなく、
しっかりと最期まで見送るという光景を見て、非常に感動しました。
こういう突然の出来事から、「感動」は生まれるのだと、感じました。
「感動葬儀。」を目標にしているフューネの社員の見本となる行いをされた
主治医の先生に敬意を表します。
2008年06月04日
ハプニング
先日、私が立ち合ったお葬式で式中に会葬のお客様が意識をなくされ
急に倒れられました。
幸いすぐ意識が戻り大事にならずに済みましたが、救急車を呼ぶ騒ぎに。
お葬式の現場では、もともとご高齢のお客様が多いことに加えて
お葬式という非日常の空間で通常とは違う緊張感の中で体に負担が
かかることも事実。
よくあるとは申しませんが、たまに救急車を呼ぶことがあります。
しかしながら、よほどのことがない限り、お葬式を中断するということ
はありません。
喪主さまはじめご遺族の方にとっては大事な方とのお別れの場です。
救急車を呼ぶときも式場の手前からサイレンの音を消してもらう
配慮も必要です。
お葬式の会場で倒れられる方は決してご高齢の方ばかりではなく
最近の若い方はよく貧血で倒れられます。
そして、息子さんや娘さんが亡くなりあまりの悲しみの深さから
倒れられるおかあさんの姿をよく目にします。
なかなか辛い光景です。
ときには、お経を読んでいるお坊さまが倒れられることも。
あるお坊さまが倒れられた時、意識が朦朧とするなか
倒れてもお経を読み続けられ、
そのお坊さまのプロ根性に脱帽したことがあります。
スゴイの一言でした。
葬儀会館に救急車を呼ぶことが少なくなるように祈っています。
とにかくお葬式にはいろんなパプニングが良く起きますよ。
続きはまた今度。
急に倒れられました。
幸いすぐ意識が戻り大事にならずに済みましたが、救急車を呼ぶ騒ぎに。
お葬式の現場では、もともとご高齢のお客様が多いことに加えて
お葬式という非日常の空間で通常とは違う緊張感の中で体に負担が
かかることも事実。
よくあるとは申しませんが、たまに救急車を呼ぶことがあります。
しかしながら、よほどのことがない限り、お葬式を中断するということ
はありません。
喪主さまはじめご遺族の方にとっては大事な方とのお別れの場です。
救急車を呼ぶときも式場の手前からサイレンの音を消してもらう
配慮も必要です。
お葬式の会場で倒れられる方は決してご高齢の方ばかりではなく
最近の若い方はよく貧血で倒れられます。
そして、息子さんや娘さんが亡くなりあまりの悲しみの深さから
倒れられるおかあさんの姿をよく目にします。
なかなか辛い光景です。

ときには、お経を読んでいるお坊さまが倒れられることも。
あるお坊さまが倒れられた時、意識が朦朧とするなか
倒れてもお経を読み続けられ、
そのお坊さまのプロ根性に脱帽したことがあります。
スゴイの一言でした。
葬儀会館に救急車を呼ぶことが少なくなるように祈っています。
とにかくお葬式にはいろんなパプニングが良く起きますよ。
続きはまた今度。
2008年05月21日
お通夜
お葬式の前夜はお通夜ですよね。
最近は弔問のお客様も会社勤めの方が多いために、
お葬式よりお通夜のほうがお参りの人数が増えています。
お葬式とお通夜の両方に参列するのではなく、お通夜だけにお参りに来て終わり
という方が増えています。
それに伴いお通夜の本来の意味も薄れつつあり、
そもそもお通夜は遺族や近親者のみで行ない
ロウソクと線香を絶やさないようにして
一夜を明かすこと
でした。
昔は死臭を頼りに野生動物が集まり、
野生動物から遺体を襲われることを防ぐために交代でご遺体を守っていたのです。
今はそんなことはよほどの山奥にでも行かなければあり得ませんが、
今でも喪主様はじめご遺族の皆様がお通夜の夜に交代でロウソクと線香のお守りを
する習慣は残っています。
もっとも、葬儀会館でのお葬式が主流の現在、フューネの葬儀会館では
ロウソクと線香のお守りもご遺族に変わって私たちフューネのスタッフが夜通し
代行することもあります。
もっといえば、ロウソクと線香のお守り自体をしないことのほうが
年々多くなってきています。
喪主をする世代の方が本来の通夜の風習を知らない場合は
特にしませんね。
つい3年くらい前までは
通夜は自宅で、葬儀はフューネの葬儀会館で
という希望のお客様が多かったのですが、
今はほとんど通夜・葬儀とも葬儀会館ですね。
通夜の風習や仕方も時代の流れとともに変化しているのです。
最近は弔問のお客様も会社勤めの方が多いために、
お葬式よりお通夜のほうがお参りの人数が増えています。
お葬式とお通夜の両方に参列するのではなく、お通夜だけにお参りに来て終わり
という方が増えています。
それに伴いお通夜の本来の意味も薄れつつあり、
そもそもお通夜は遺族や近親者のみで行ない
ロウソクと線香を絶やさないようにして
一夜を明かすこと
でした。
昔は死臭を頼りに野生動物が集まり、
野生動物から遺体を襲われることを防ぐために交代でご遺体を守っていたのです。
今はそんなことはよほどの山奥にでも行かなければあり得ませんが、
今でも喪主様はじめご遺族の皆様がお通夜の夜に交代でロウソクと線香のお守りを
する習慣は残っています。
もっとも、葬儀会館でのお葬式が主流の現在、フューネの葬儀会館では
ロウソクと線香のお守りもご遺族に変わって私たちフューネのスタッフが夜通し
代行することもあります。
もっといえば、ロウソクと線香のお守り自体をしないことのほうが
年々多くなってきています。
喪主をする世代の方が本来の通夜の風習を知らない場合は
特にしませんね。
つい3年くらい前までは
通夜は自宅で、葬儀はフューネの葬儀会館で
という希望のお客様が多かったのですが、
今はほとんど通夜・葬儀とも葬儀会館ですね。
通夜の風習や仕方も時代の流れとともに変化しているのです。
2008年05月13日
散骨

「死んだら海に還りたい」という希望の方にフューネでは
2002年より三河湾上にて散骨のサービスを実施しています。
ラグーナ蒲郡から専用クルーザーを貸しきって
三河湾内のご希望の場所までお連れし、散骨をしていただくものです。
時には僧侶も一緒に乗船され、
散骨する前にお経をあげてもらう方もいらっしゃいます。
海が荒れやすい冬場は実施していませんが、これからの季節はベストシーズン。
年間10組弱のご要望があります。
海に還りたいという要望も人によってさまざま。
亡くなられた方が釣りが大好きだった方や船乗りや漁師だった人。
ふるさとが海の町の方でそのふるさとの沖合いにという人。
いろんな方からの要望があります。
散骨はフューネでお葬式をしていないお客さまがほとんどです。
散骨のサービスをやっている企業はまだまだ少数で
愛知県で自社の企画でやっているのはまだフューネくらいもの。
多様化する人生の最期をどう企画演出するかが
「感動葬儀。」のスパイスです。
散骨についてくわしい説明ならびにプロモーションビデオは
フューネのホームページでご覧になれます。
詳しくはコチラ↓
http://www.fune.ne.jp/html/sankotu.html
2008年05月03日
順位
お葬式には大抵、参加者に何らかの方法で弔意を表わすことをします。
仏式の場合は焼香。神葬祭の場合玉串奉奠(たまぐしほうてん)。
キリスト教式の場合は献花が一般的。
通常は喪主を務める方よりご案内する訳ですが、
このあとの順番でもめることもがしばしば。
特に親族間の順位については
「故人からみて血縁の濃い順番で」とご案内していますが、
そもそも、
「人に順位という優劣をつけるのはけしからん。」
という考え方が年々増えてきており、
順位を考える人にとっては頭の痛い問題になっています。
昔はご近所の長老格の方が順位帳を作成し、
葬儀社である私たちとうちあわせをしていましたが今ではお悲しみの深い中
喪主さまの仕事というパターンがほとんど。
順位がなかなか決められず頭を抱えている喪主さまに
「いっそこと順位をつけるのをやめてしまえば」
と助言すると
「そんなことしていいんですか」
というお顔をされます。
そもそもお葬式で司会の者がお名前を読み上げていくサービスは
葬儀屋さんがはじめたもの。昔のお葬式には順位の読みあげなんて
なかった訳で、要は原点に戻るだけのことです。
ですから、
「無理に順位なんて作成しなくていいですよ」
という助言が出来るのです。
現在フューネのお葬式では順位を読み上げるお葬式と読み上げないお葬式は
丁度半々の割合です。家族葬が増えていく中今後もっと
順位を読み上げないお葬式が増えていくでしょう。
時にはご参列のお客様に
「今日はなんで順位の読み上げをしないんだ。」
とお叱りを受けることもありますが、どうかご容赦を。
最愛の方が亡くなられた悲しみの中、喪主さまが決断された葬儀の仕方ですから。
仏式の場合は焼香。神葬祭の場合玉串奉奠(たまぐしほうてん)。
キリスト教式の場合は献花が一般的。
通常は喪主を務める方よりご案内する訳ですが、
このあとの順番でもめることもがしばしば。
特に親族間の順位については
「故人からみて血縁の濃い順番で」とご案内していますが、
そもそも、
「人に順位という優劣をつけるのはけしからん。」
という考え方が年々増えてきており、
順位を考える人にとっては頭の痛い問題になっています。
昔はご近所の長老格の方が順位帳を作成し、
葬儀社である私たちとうちあわせをしていましたが今ではお悲しみの深い中
喪主さまの仕事というパターンがほとんど。
順位がなかなか決められず頭を抱えている喪主さまに
「いっそこと順位をつけるのをやめてしまえば」
と助言すると
「そんなことしていいんですか」
というお顔をされます。
そもそもお葬式で司会の者がお名前を読み上げていくサービスは
葬儀屋さんがはじめたもの。昔のお葬式には順位の読みあげなんて
なかった訳で、要は原点に戻るだけのことです。
ですから、
「無理に順位なんて作成しなくていいですよ」
という助言が出来るのです。
現在フューネのお葬式では順位を読み上げるお葬式と読み上げないお葬式は
丁度半々の割合です。家族葬が増えていく中今後もっと
順位を読み上げないお葬式が増えていくでしょう。
時にはご参列のお客様に
「今日はなんで順位の読み上げをしないんだ。」
とお叱りを受けることもありますが、どうかご容赦を。
最愛の方が亡くなられた悲しみの中、喪主さまが決断された葬儀の仕方ですから。
2008年04月27日
巻き込み禁止
硫化水素を発生させて自殺することが大事件になっています。
先日は昨年オープンしたばかりのザ・ペニンシュラ東京でも宿泊客が硫化水素を使い
自殺し、多くの宿泊客が避難する騒ぎに。
周りをも巻き込む有毒ガスを使った今回の自殺騒動は
ネットから情報を得て実行されたとか。
この手のネット管理者には自殺幇助の罪で厳しく取り締まってほしいです。
洗剤と入浴剤を混合させて出来てしまうこの有毒ガスを
排除するのはなかなか難しいということですが、
巻き添えになった方まで死に至るケースもあり、
運よく命拾いしても後遺症が残ることもあるそうです。
お願いですからこうした回りを巻き込む可能性が高い自殺はやめてほしい。
さて、葬儀社の立場から発言させて頂くと、練炭自殺や車の排気ガスを使って
亡くなった方のお顔はいつも見てもとっても苦しそうで見るに耐えません。
変わり果てた姿での対面は残されたお身内の方にとって辛いでしょう。
仮に飛び降り自殺でも、列車飛び込み自殺でも多く人を巻き込んでしまうと
いうことに変わりはありません。
私は出来れば自殺でお亡くなりの方のお葬式はやりたくない。
実際には自殺したことを隠して行なうお葬式の多いこと。
本当にご遺族のみなさんは辛いですよ。
とはいえ、なにかとストレスの多い現代社会では
自殺が男性では20歳代後半から40歳代前半まで、
女性では20歳代前半から30歳代前半まで死因の第1位
となっている現実があります。
ひとりでも 親から貰った命を粗末にしないようにして頂くことを願うばかりです。
誰しも命は次の世代に繋いで行く責任があるのですから。
先日は昨年オープンしたばかりのザ・ペニンシュラ東京でも宿泊客が硫化水素を使い
自殺し、多くの宿泊客が避難する騒ぎに。
周りをも巻き込む有毒ガスを使った今回の自殺騒動は
ネットから情報を得て実行されたとか。
この手のネット管理者には自殺幇助の罪で厳しく取り締まってほしいです。
洗剤と入浴剤を混合させて出来てしまうこの有毒ガスを
排除するのはなかなか難しいということですが、
巻き添えになった方まで死に至るケースもあり、
運よく命拾いしても後遺症が残ることもあるそうです。
お願いですからこうした回りを巻き込む可能性が高い自殺はやめてほしい。
さて、葬儀社の立場から発言させて頂くと、練炭自殺や車の排気ガスを使って
亡くなった方のお顔はいつも見てもとっても苦しそうで見るに耐えません。
変わり果てた姿での対面は残されたお身内の方にとって辛いでしょう。
仮に飛び降り自殺でも、列車飛び込み自殺でも多く人を巻き込んでしまうと
いうことに変わりはありません。
私は出来れば自殺でお亡くなりの方のお葬式はやりたくない。
実際には自殺したことを隠して行なうお葬式の多いこと。
本当にご遺族のみなさんは辛いですよ。
とはいえ、なにかとストレスの多い現代社会では
自殺が男性では20歳代後半から40歳代前半まで、
女性では20歳代前半から30歳代前半まで死因の第1位
となっている現実があります。
ひとりでも 親から貰った命を粗末にしないようにして頂くことを願うばかりです。
誰しも命は次の世代に繋いで行く責任があるのですから。
2008年04月25日
ゴミ屋敷の思い出
先日、ブログにてご紹介した「キーパーズ」社長の
「遺品整理屋が見た!」を
改めて読んでみたら、自分の体験したゴミ屋敷のことを思い出してしまいました。
私が23歳の時の出来事でした。
その日は御通夜の担当から事務所に帰って来て、事務所で休憩していたら、
先輩社員から
「今、ご遺体の納棺を依頼されて2人で来ているのだけど
とにかくすごいところでどうしようもないからすぐ応援にきてくれ!」
といつも冷静な先輩が興奮して電話がかかってきました。
通常はちょっと訳ありの仏さまでもプロなら2人で対応できてしまうものなんですが、
たまに、自分が泣きそうになるくらいの現場に遭遇することもあり、
そんな時は先輩、後輩関係なく助けあいなんですね。
今でもその伝統はありますよ。
急いで応援に駆けつけたところ、亡くなった方の自宅の50メートル前から
死臭の匂いが・・・
近所の方も20人くらいハンカチで鼻と口を押さえながら
どうなることやらと私たちを見守っていました。
自宅の玄関まで行くともう想像を絶する匂いでした。
目の前はゴミ・ゴミ・ゴミの山。
家の中もギッシリ。それもゴミが1メートルくらい積もっているところもありました。
よくまあこんなにたくさんって量でした。
おそらく4LDKの間取りでしたが、すべての部屋がゴミに埋もれてました。
おそらくこの下は畳があるのだろうなと思いながら
ゴミを掻き分けながらの進んでいきました。
犬猫のフンの匂い・ゴミの腐った匂い。
それに加えて強烈な死臭。
匂いだけなら今でもあの時ほど、ひどい匂いにぶち当たったことはありません。
ご遺体は推定死後3週間~4週間くらい。
ご近所の方のお話では、このあたりでは有名なゴミ屋敷。
日頃から悪臭が漂っていた地域ですから、死後の発見が遅れたとのことでした。
亡くなられた方は急な階段の2階にあるお部屋にいました。
お遺体は腐敗がかなり進んでとてつもない状態。
しかも2階もゴミの山。 亡くなられた方が寝ていたところだけゴミのない状態でした。
さて、通常だと急な階段の2階ではお棺の中に入れることもできず、
時には亡くなられた方を背負って一階まで降ろしてから納棺するのが常道ですが、
今回はご遺体の状態が悪すぎてできない。
困りに困って考えた方法は
屋根の上で納棺する でした。
さらに8人に応援を呼び、屋根の上での納棺。
あまりの大事に見物人も50人近くになってました。
お棺をロープでしっかり結び、計12人で慎重にお棺を水平に保ちながら地上に
降ろしました。
もし、途中でバランスを崩して落としたら大変なことになります。
私が屋根の上で納棺したのはあとにも先のにもこの一回だけ。
ゴミ屋敷の壮絶な体験でした。
「遺品整理屋が見た!」を
改めて読んでみたら、自分の体験したゴミ屋敷のことを思い出してしまいました。
私が23歳の時の出来事でした。
その日は御通夜の担当から事務所に帰って来て、事務所で休憩していたら、
先輩社員から
「今、ご遺体の納棺を依頼されて2人で来ているのだけど
とにかくすごいところでどうしようもないからすぐ応援にきてくれ!」
といつも冷静な先輩が興奮して電話がかかってきました。
通常はちょっと訳ありの仏さまでもプロなら2人で対応できてしまうものなんですが、
たまに、自分が泣きそうになるくらいの現場に遭遇することもあり、
そんな時は先輩、後輩関係なく助けあいなんですね。
今でもその伝統はありますよ。
急いで応援に駆けつけたところ、亡くなった方の自宅の50メートル前から
死臭の匂いが・・・
近所の方も20人くらいハンカチで鼻と口を押さえながら
どうなることやらと私たちを見守っていました。
自宅の玄関まで行くともう想像を絶する匂いでした。
目の前はゴミ・ゴミ・ゴミの山。
家の中もギッシリ。それもゴミが1メートルくらい積もっているところもありました。
よくまあこんなにたくさんって量でした。
おそらく4LDKの間取りでしたが、すべての部屋がゴミに埋もれてました。
おそらくこの下は畳があるのだろうなと思いながら
ゴミを掻き分けながらの進んでいきました。
犬猫のフンの匂い・ゴミの腐った匂い。
それに加えて強烈な死臭。
匂いだけなら今でもあの時ほど、ひどい匂いにぶち当たったことはありません。
ご遺体は推定死後3週間~4週間くらい。
ご近所の方のお話では、このあたりでは有名なゴミ屋敷。
日頃から悪臭が漂っていた地域ですから、死後の発見が遅れたとのことでした。
亡くなられた方は急な階段の2階にあるお部屋にいました。
お遺体は腐敗がかなり進んでとてつもない状態。
しかも2階もゴミの山。 亡くなられた方が寝ていたところだけゴミのない状態でした。
さて、通常だと急な階段の2階ではお棺の中に入れることもできず、
時には亡くなられた方を背負って一階まで降ろしてから納棺するのが常道ですが、
今回はご遺体の状態が悪すぎてできない。
困りに困って考えた方法は
屋根の上で納棺する でした。
さらに8人に応援を呼び、屋根の上での納棺。
あまりの大事に見物人も50人近くになってました。
お棺をロープでしっかり結び、計12人で慎重にお棺を水平に保ちながら地上に
降ろしました。
もし、途中でバランスを崩して落としたら大変なことになります。
私が屋根の上で納棺したのはあとにも先のにもこの一回だけ。
ゴミ屋敷の壮絶な体験でした。
2008年04月19日
ビックリ!!火葬船構想

【葬斎・火葬船「そうまる」のイメージ】
先日のニュースより、日本財団から大型のフェリーを改造して、
海の上で葬儀・火葬をしてしまうという
「火葬船そうまる」の構想が発表されました。
どうも、本気モードです。
久々にビックリニュース
でした。詳しくはコチラ↓
http://www.nippon-foundation.or.jp/ships/2008/sousaisen.html
確かに東京などの大都市では現在でも火葬場が足らない状況で、
火葬場の予約待ちの為に、一週間位お葬式を延ばすことはよくあることです。
豊田では待っても2日位なものなんですが。
将来、団塊世代の多くが亡くなると日本中の大都市で
現状の火葬場が足らなくなるのは既に、予測されており、
新たな火葬施設の建設をすればいいのですが、
そう簡単には都市部では作れない。
どこでも反対運動が起きるのです。
誰しも必要なものだと解っているけれど、
自分の住んでいる地域にできるのは反対
という気持ちになる施設なのですね。
「総論賛成、各論反対」とはこういうことをいうのでしょうか。
ともかく、海の上で葬儀と火葬をしてしまえば、近隣住民の迷惑にならないという
発想で生まれた「火葬船」構想。技術的には十分可能だそうです。
もっとも、自治体の協力と税金投入がなければ、一回の利用料はとんでもない金額
になってしまうでしょう。
現況の火葬場でご遺体を火葬するには約6万円位のコストがかかっています。
豊田市・三好町にお住いの方の場合、
豊田の火葬場が4000円で利用できますが、
これは残りが税金投入だからできるのですね。
だから大抵の公共の火葬場は原則、住民だけの利用に限られているし、
仮に地域外の方が利用すると利用料金は5倍~10倍くらい高いというのが相場です。
実際に火葬するのに必要なエネルギーを灯油で換算すると
70リットルのエネルギーを必要とするのですね。
つまり、利用料4000円では燃料代にもならない。
意外に知られていない事実です。
火葬船は民間ベースの営業だとするとおそらく安くて30万円くらいの
価格設定しないと利益がでてこないのでは。
興味がある方は日本財団のホームページより報告書がダウンロード
できますので、ダウンロードして読んでみてください。
但し、161ページもありますけど。

2008年04月11日
遺品整理屋は見た!!
「孤独死」という言葉はご存知でしょうか?
一人暮らしの方が圧倒的に多いのですが、自宅で突然亡くなられて
発見が遅れることが年々増えてきています。
孤独死で亡くなられた方は決して身よりが無い訳でなくほとんどの方は
別の所に住んでいるご親族がいらっしゃいます。
天涯孤独という言葉がありますが、
本当に天涯孤独の人は実際にほとんどいないとこれまで経験から思います。
発見が遅れ、変わり果てた姿での肉親とのご対面、さぞ無念のことと思います。
ご親族にとっても私たち葬儀社にとっても孤独死は決していいものではありません。
そして、死後のお部屋の整理が大変です。
孤独死の後に残る大量の遺品。これを整理してくれる遺品整理屋さんが
あるのをご存知ですか?
フューネでは「キーパーズ」という会社と業務提携しています。
この会社の吉田社長はこの業界の第一人者。
たまたまご縁があって私は創業時の頃からおつきあいしていますが、
遺品整理を専門とした会社は吉田社長が日本で最初です。
実は吉田社長のブログは
遺品整理屋さんが見た現実の死を語っており大変興味深い内容となっています。
このブログはなんと本になって扶桑社から「遺品整理屋は見た!」
というタイトルで発売されています。
発売されて一時ベストセラーになるほどの売れ行きでした。
興味のある方は是非読んでみてください。
私も吉田社長と同じような経験がありますが、
吉田社長の経験と比べると負けますので・・・
出版社の目に止まってブログが本になってしまうことは多くのブロガーにっても
見習わなければならないことです。

一人暮らしの方が圧倒的に多いのですが、自宅で突然亡くなられて
発見が遅れることが年々増えてきています。
孤独死で亡くなられた方は決して身よりが無い訳でなくほとんどの方は
別の所に住んでいるご親族がいらっしゃいます。
天涯孤独という言葉がありますが、
本当に天涯孤独の人は実際にほとんどいないとこれまで経験から思います。
発見が遅れ、変わり果てた姿での肉親とのご対面、さぞ無念のことと思います。
ご親族にとっても私たち葬儀社にとっても孤独死は決していいものではありません。
そして、死後のお部屋の整理が大変です。
孤独死の後に残る大量の遺品。これを整理してくれる遺品整理屋さんが
あるのをご存知ですか?
フューネでは「キーパーズ」という会社と業務提携しています。
この会社の吉田社長はこの業界の第一人者。
たまたまご縁があって私は創業時の頃からおつきあいしていますが、
遺品整理を専門とした会社は吉田社長が日本で最初です。
実は吉田社長のブログは
遺品整理屋さんが見た現実の死を語っており大変興味深い内容となっています。
このブログはなんと本になって扶桑社から「遺品整理屋は見た!」
というタイトルで発売されています。
発売されて一時ベストセラーになるほどの売れ行きでした。
興味のある方は是非読んでみてください。
私も吉田社長と同じような経験がありますが、
吉田社長の経験と比べると負けますので・・・
出版社の目に止まってブログが本になってしまうことは多くのブロガーにっても
見習わなければならないことです。

2008年03月25日
遺影写真
お葬式の打ち合わせの際必ずお伺いすることがあります。
「遺影に使う写真をご用意ください。」
遺影写真を前もってご用意してくださっている方もいらっしゃいますが、
実際はほとんどのお客様があわてて探すことが実態です。
アルバムをめくり、どれにしようか迷っていらっしゃいます。
もっとも最近ではデジカメが当り前になってパソコンの中にデーターで保存している
ことが多くなりました。
携帯電話に撮った写真を遺影写真にとご希望されるお客様もいらっしゃいますが、
基本的にほとんどNGです。ほとんどの写真が手ブレが起きていて、
携帯の画面ではあまり解らなくても、拡大するとほとんどダメですね。
なんだかんだといっても
やはりプロが撮った写真から引き伸ばした写真が一番きれいです。
遺影写真といえば昔は白黒。その上、男性は黒いスーツに、女性は黒い和服に
合成で着せ替えることが定番でしたが、最近はカラーで普段着のままですね。
難しい顔
をしている写真ではなく笑っているお写真
を選ばれる方が
今はほとんどですね。
中には横顔の写真や趣味のゴルフや釣りをしている遺影写真もあります。
枚数も決して一枚ではなく2枚、3枚と作られる方も増えてきています。
本当に最近の遺影に使う写真はすごく個性的になりました。
「お亡くなりになった人が一番輝いていた時の写真」
をフューネでは選んで頂くようお勧めしています。
たまに亡くなった方の温顔(おんがお)と遺影写真のお顔と見比べて
「別人だ」なんて声も・・・
けれども、遺影写真は亡くなってからもずっと残るもの。
年老いてからの写真より、若々しく元気な写真で残してあげて欲しいのです。
千円札の野口英世も五千円札の樋口一葉も一万円札の福沢論吉もみんな
もっとも輝いていた時の写真ですから。
わたしの場合、今ならこのブログの写真そのまま遺影写真に使えますね。(笑)
もしもも時に慌てず済むように、たまには写真の整理でもいかがでしょうか。
「遺影に使う写真をご用意ください。」
遺影写真を前もってご用意してくださっている方もいらっしゃいますが、
実際はほとんどのお客様があわてて探すことが実態です。
アルバムをめくり、どれにしようか迷っていらっしゃいます。
もっとも最近ではデジカメが当り前になってパソコンの中にデーターで保存している
ことが多くなりました。
携帯電話に撮った写真を遺影写真にとご希望されるお客様もいらっしゃいますが、
基本的にほとんどNGです。ほとんどの写真が手ブレが起きていて、
携帯の画面ではあまり解らなくても、拡大するとほとんどダメですね。
なんだかんだといっても
やはりプロが撮った写真から引き伸ばした写真が一番きれいです。
遺影写真といえば昔は白黒。その上、男性は黒いスーツに、女性は黒い和服に
合成で着せ替えることが定番でしたが、最近はカラーで普段着のままですね。
難しい顔
をしている写真ではなく笑っているお写真
を選ばれる方が今はほとんどですね。
中には横顔の写真や趣味のゴルフや釣りをしている遺影写真もあります。
枚数も決して一枚ではなく2枚、3枚と作られる方も増えてきています。
本当に最近の遺影に使う写真はすごく個性的になりました。
「お亡くなりになった人が一番輝いていた時の写真」
をフューネでは選んで頂くようお勧めしています。
たまに亡くなった方の温顔(おんがお)と遺影写真のお顔と見比べて
「別人だ」なんて声も・・・
けれども、遺影写真は亡くなってからもずっと残るもの。
年老いてからの写真より、若々しく元気な写真で残してあげて欲しいのです。
千円札の野口英世も五千円札の樋口一葉も一万円札の福沢論吉もみんな
もっとも輝いていた時の写真ですから。
わたしの場合、今ならこのブログの写真そのまま遺影写真に使えますね。(笑)
もしもも時に慌てず済むように、たまには写真の整理でもいかがでしょうか。
2008年03月19日
お葬式の幕
お葬式の時に使うイメージになっている白黒の幕。
通称 鯨幕(クジラまく)といいます。
名前の由来は鯨の体が黒と白の2色であることから来ています。
鯨は背の部分が黒く、お腹の部分は白です。
そこからの連想なんですね。
日本では古来より弔事には白を基調として、江戸時代まではお葬式には
必ず白の幕しか使いませんでした。
ところが、江戸時代末期から明治の初めに文明開化に伴い、
西洋の文化は日本に入ってきました。
欧米では「弔い」の色は黒。
現代でもキリスト教でのお葬式では黒い幕のみを使います。
逆に日本古来の神葬祭では白い幕を使います。
お葬式の時に着る服も洋服は黒色ですが、近年ではほとんど着なくなりましたが、
裃(かみしも)は白いものを着ます。
「弔い」の色として日本古来の白と欧米の黒を一つにした幕が
あの白黒の鯨幕が出来たのです。
本来は、弔事・慶事に関係なく使用され、皇室では慶事にも使用します。
最近では紀宮さまと黒田さんの納采の儀のときにこの鯨幕を使いました。
鯨幕=葬儀というイメージですが、大正末期から昭和初期にかけて葬儀屋さんが
使い出したから。結婚式場やさんが使っていれば今頃白黒の幕は結婚式のイメージ
になっていたかも。(笑)
もともと、黒は高貴な色なのです。
格式の高い神社での神事でも鯨幕は使います。

上の写真は伊勢神宮内宮での神事の写真。出雲大社の大祭でも使います。
フューネでは最近、鯨幕を使用して葬儀をすることがほとんどなくなりました。
最大の理由は葬儀会館でのお葬式が増えて幕を貼る必要が無くなったことです。
それと、白黒はフューネのコンセプトに合わない色だから。
フューネの葬儀会館「葬場殿」のバック幕はコレ↓

赤です。
赤い幕で素敵でしょ。
通称 鯨幕(クジラまく)といいます。
名前の由来は鯨の体が黒と白の2色であることから来ています。
鯨は背の部分が黒く、お腹の部分は白です。
そこからの連想なんですね。
日本では古来より弔事には白を基調として、江戸時代まではお葬式には
必ず白の幕しか使いませんでした。
ところが、江戸時代末期から明治の初めに文明開化に伴い、
西洋の文化は日本に入ってきました。
欧米では「弔い」の色は黒。
現代でもキリスト教でのお葬式では黒い幕のみを使います。
逆に日本古来の神葬祭では白い幕を使います。
お葬式の時に着る服も洋服は黒色ですが、近年ではほとんど着なくなりましたが、
裃(かみしも)は白いものを着ます。
「弔い」の色として日本古来の白と欧米の黒を一つにした幕が
あの白黒の鯨幕が出来たのです。
本来は、弔事・慶事に関係なく使用され、皇室では慶事にも使用します。
最近では紀宮さまと黒田さんの納采の儀のときにこの鯨幕を使いました。
鯨幕=葬儀というイメージですが、大正末期から昭和初期にかけて葬儀屋さんが
使い出したから。結婚式場やさんが使っていれば今頃白黒の幕は結婚式のイメージ
になっていたかも。(笑)
もともと、黒は高貴な色なのです。
格式の高い神社での神事でも鯨幕は使います。

上の写真は伊勢神宮内宮での神事の写真。出雲大社の大祭でも使います。
フューネでは最近、鯨幕を使用して葬儀をすることがほとんどなくなりました。
最大の理由は葬儀会館でのお葬式が増えて幕を貼る必要が無くなったことです。
それと、白黒はフューネのコンセプトに合わない色だから。
フューネの葬儀会館「葬場殿」のバック幕はコレ↓

赤です。
赤い幕で素敵でしょ。
2008年02月24日
生前見積り
「まだ、生きているのに葬儀の打ち合わせなんて」
とおしゃられるお客様が年々少なくなっています。
私がお葬式の業界に入った11年前と比べて葬儀事前相談件数は2倍
以上に増えています。
よく考えてみれば一般家庭にとってクルマ1台購入するくらいの費用がかかる
お葬式をよく検討しないで依頼するお客様の多いことは
葬儀社側から見ていると不思議な光景でした。
近年の情報化社会の中でお葬儀の情報もネットですぐに検索できる現在では
葬儀の事前相談が増えるのはやっとあたりまえの消費者意識
が根付き始めたのでしょうか?
フューネで事前相談をして頂けるお客様には
さらに一歩踏み込んでほとんどのお客さまが
「生前見積り」まで依頼されます。
1円単位
まで見積りをしています。
名古屋の大手の葬祭業者が「生前見積りしませんか」というテレビコマーシャルを
しているおかげで「生前見積り」がこの豊田市近辺でも増えてきました。
実際に生前見積りまでされてお葬式を執り行われた喪主さまに
「生前見積りをして良かったですか?」とお尋ねすると
一様に「安心できたことが一番よかった」と言われます。
葬儀社が生前見積りを進めるのはまさにイザという時にあわてないで済むという
「安心」が提供できることが最大の喜びです。
ちなみにフューネは「生前見積り」で検索すると
ヤフーでは日本で2590件中2位(2月24日現在)
グーグルでは日本で47700件中3位(2月24日現在)
でトップページに出てきます。すごいことです。
コチラからご覧下さい↓
http://www2.c16.jp/19-0261/

フューネで生前見積りをして頂いたお客様全員に上記ブックレット
「後悔の無いお葬式をするために」をプレゼントしています。
恥ずかしくて聞きにくいことまですごくわかりやく書いてありますよ。
とおしゃられるお客様が年々少なくなっています。
私がお葬式の業界に入った11年前と比べて葬儀事前相談件数は2倍

以上に増えています。
よく考えてみれば一般家庭にとってクルマ1台購入するくらいの費用がかかる
お葬式をよく検討しないで依頼するお客様の多いことは
葬儀社側から見ていると不思議な光景でした。
近年の情報化社会の中でお葬儀の情報もネットですぐに検索できる現在では
葬儀の事前相談が増えるのはやっとあたりまえの消費者意識
が根付き始めたのでしょうか?
フューネで事前相談をして頂けるお客様には
さらに一歩踏み込んでほとんどのお客さまが
「生前見積り」まで依頼されます。
1円単位
まで見積りをしています。名古屋の大手の葬祭業者が「生前見積りしませんか」というテレビコマーシャルを
しているおかげで「生前見積り」がこの豊田市近辺でも増えてきました。
実際に生前見積りまでされてお葬式を執り行われた喪主さまに
「生前見積りをして良かったですか?」とお尋ねすると
一様に「安心できたことが一番よかった」と言われます。
葬儀社が生前見積りを進めるのはまさにイザという時にあわてないで済むという
「安心」が提供できることが最大の喜びです。
ちなみにフューネは「生前見積り」で検索すると
ヤフーでは日本で2590件中2位(2月24日現在)
グーグルでは日本で47700件中3位(2月24日現在)
でトップページに出てきます。すごいことです。
コチラからご覧下さい↓
http://www2.c16.jp/19-0261/

フューネで生前見積りをして頂いたお客様全員に上記ブックレット
「後悔の無いお葬式をするために」をプレゼントしています。
恥ずかしくて聞きにくいことまですごくわかりやく書いてありますよ。
2008年02月19日
早いもので
ブログを開設してから気が付いたら3ヶ月が経過していました。
アクセス数も3ヶ月で11,000件を超えて正直びっくりする位、
多くの方に見ていただいていることに驚きと喜びを感じます。
最近、 「葬儀ブログ」というカテゴリーでこのブログに入ってくる方が多いので
ヤフーで調べてみると、
なんと12,900,000件中第2位
で登場するではありませんか。
本当にびっくりです。
きっと日本中の葬儀関係者の方も見ていただいていると思うと
改めて身が引き締まる思いです。
こうなったら「葬儀ブログ」で日本一
をめざしましょうか。
とにかく、ここまで順位を押し上げて頂いたのも 「BooーLogの輪」
のおかげ
本当に感謝、感謝です。
これからもかんばります。
アクセス数も3ヶ月で11,000件を超えて正直びっくりする位、
多くの方に見ていただいていることに驚きと喜びを感じます。
最近、 「葬儀ブログ」というカテゴリーでこのブログに入ってくる方が多いので
ヤフーで調べてみると、
なんと12,900,000件中第2位
で登場するではありませんか。本当にびっくりです。

きっと日本中の葬儀関係者の方も見ていただいていると思うと
改めて身が引き締まる思いです。
こうなったら「葬儀ブログ」で日本一
をめざしましょうか。とにかく、ここまで順位を押し上げて頂いたのも 「BooーLogの輪」
のおかげ

本当に感謝、感謝です。
これからもかんばります。
2008年02月16日
フューネは葬儀会館業です。
最近のお葬式は全国的に見てもほとんどのお客さまが葬儀会館でお葬式をされます。
昨年、フューネにご依頼を頂いたお葬式の内
「葬儀会館」で施行をした割合はなんと97%
豊田市では葬儀会館で葬儀をするということがもはやあたりまえの時代です。
ではそんなに昔から葬儀会館でお葬式をしていたのかというと
決してそうではではありません。
豊田市で民間初の本格的葬儀会館ができたのは
1993年のフューネの「葬場殿」 。豊田市の南部、若林にあります。
いまからたった15年前のことです。
初年度のフューネの会館施行率はわずか3%
今では考えられないくらい閑古鳥が泣いていました。
当時、自宅や寺院でお葬式をするのがあたりまえの時代でしたので、
「ミウラさんがあんなものを作って今につぶれるぞ」
といわれたこともあったそうです。
葬儀会館でのお葬式がわずか10年ほどで急速に増えたのは、
まず、暑さ寒さは関係ないこと。
日本式の住宅が減って自宅で葬儀ができるお宅が減ったこと。
そして、一番の理由は「わずらわしさ」がないこと。
「わずらわしさ」は掃除の手間や隣近所に対する配慮の軽減などです。
葬儀会館でのお葬式が増えるにつれてお客様より葬儀社に対する
「おもてなし」の要求がどんどん増えてきました。
今、葬儀業界の会合に出席すると
「葬祭業から葬儀会館業へ移行できていない葬儀社は
間違いなく生き残っていけない」
というのが常識です。
葬儀会館業に移行に伴い葬儀社の仕事の内容もこの十年で大きく変化しました。
自宅葬・寺院葬が主流の頃は例えるならば毎日が「引越し屋」さん。
毎日たくさんの葬儀の備品を毎日違う場所に設営・撤去の繰り返しです。
葬儀会館葬が主流の現在は「ホテルマン」ですね。
お客様からホテルマン並のサービスや
ホテルマン以上のホスピタリィやおもてなしを求められる時代です。
気がつけばフューネの社員構成も
力持ちの男性社員からソフトなサービスができる女性社員の比率が増えました。
これからもフューネの葬儀会館ではどこにも負けない
「感動葬儀。」と「おもてなし」を提供して参ります。
フューネは葬祭業から葬儀会館業へ業種を変更しています。
昨年、フューネにご依頼を頂いたお葬式の内
「葬儀会館」で施行をした割合はなんと97%

豊田市では葬儀会館で葬儀をするということがもはやあたりまえの時代です。
ではそんなに昔から葬儀会館でお葬式をしていたのかというと
決してそうではではありません。
豊田市で民間初の本格的葬儀会館ができたのは
1993年のフューネの「葬場殿」 。豊田市の南部、若林にあります。
いまからたった15年前のことです。
初年度のフューネの会館施行率はわずか3%

今では考えられないくらい閑古鳥が泣いていました。
当時、自宅や寺院でお葬式をするのがあたりまえの時代でしたので、
「ミウラさんがあんなものを作って今につぶれるぞ」
といわれたこともあったそうです。
葬儀会館でのお葬式がわずか10年ほどで急速に増えたのは、
まず、暑さ寒さは関係ないこと。
日本式の住宅が減って自宅で葬儀ができるお宅が減ったこと。
そして、一番の理由は「わずらわしさ」がないこと。
「わずらわしさ」は掃除の手間や隣近所に対する配慮の軽減などです。
葬儀会館でのお葬式が増えるにつれてお客様より葬儀社に対する
「おもてなし」の要求がどんどん増えてきました。
今、葬儀業界の会合に出席すると
「葬祭業から葬儀会館業へ移行できていない葬儀社は
間違いなく生き残っていけない」
というのが常識です。
葬儀会館業に移行に伴い葬儀社の仕事の内容もこの十年で大きく変化しました。
自宅葬・寺院葬が主流の頃は例えるならば毎日が「引越し屋」さん。
毎日たくさんの葬儀の備品を毎日違う場所に設営・撤去の繰り返しです。
葬儀会館葬が主流の現在は「ホテルマン」ですね。
お客様からホテルマン並のサービスや
ホテルマン以上のホスピタリィやおもてなしを求められる時代です。
気がつけばフューネの社員構成も
力持ちの男性社員からソフトなサービスができる女性社員の比率が増えました。
これからもフューネの葬儀会館ではどこにも負けない
「感動葬儀。」と「おもてなし」を提供して参ります。
フューネは葬祭業から葬儀会館業へ業種を変更しています。
2008年02月10日
雪の思い出

昨日は豊田でも大雪
でした。高速道路も通行止めになり、なかなか豊田に帰って来れなかった方も多いのでは。
私も楽しみにしていた焼肉「勢」での宴会が雪の為、急遽中止となりました。

中止になったのは残念でしたが、また近いうちにやればいいことです。
さて、飲み会や宴会なら雪が降っても簡単に中止にできますが、
雪が降ったからといってお葬式を中止にする訳にはいきません。
昨日のフューネの葬儀会館で行なわれたお葬式は
幸い雪が降る前に出棺したから大きな混乱はありませんでしたが、
大雪の日のお葬式にはどうしても忘れられない思い出が二つあります。
7年前の大雪の日。豊田市にある某有名企業の社葬が行なわれました。
雪の降る中でのお葬式でした。お葬式は大きな混乱なく無事に進行して
お客さまは霊柩車で火葬場へ行かれました。
霊柩車は雪の為、大渋滞に巻き込まれやっとの思いで火葬場に
着きました。通常30分の道中が1時間半でした。
収骨が終わり火葬場からの帰りはさらに大雪
が・・・豊田の街の交通状態はほとんどマヒ状態で
帰りは通常30分の道中が3時間半。
お客さまはクタクタ。道中のトイレにも困ったそうです。
私はフューネの葬儀会館でお客さまをお待ちしていましたが、
いつ帰ってくるのかわからずヒヤヒヤ状態でした。
社葬でしたので某有名企業のご重役のみなさんも私と一緒にお客さまのお帰りを
お待ちしていたのですが、さすがにお疲れのご様子でした。
結局4時間遅れでの初七日法要の開始でした。
そういえばお寺様もよく4時間も文句を言わず待っていてくれたものです。
初七日のあとに召し上がるせっかくの料理は4時間遅れですから
冷めてしまいほとんどのお客さまが手をつけずお帰りになられました。
よりによって大勢のお客さまがお越しになられる社葬を行なう日に雪が降らなくても・・・
私の担当したお葬式の中で一番雪の影響を受けたお客さまでした。
もうひとつ、名古屋の葬儀社にいた頃の大雪の思い出ですが、
お葬式の司会する私が
お葬式に間に合わなかったことがあります。
通常は名古屋高速を使い15分で行ける葬儀会場でしたが、
その日は名古屋高速が雪の為通行止めでなんと4時間かかりました。
雪が降ることは前日にわかっていたので通常より2時間早く出社して
葬儀会場へ向かったのですが・・・
着いた時にはお葬式は終わっていました。
プロとしては大失格でした。

火葬場から帰ってきたお客さまに謝罪しましたところ
「こんな雪の日によくきてくれたね。」
とお叱りなしでした。
あのときほどお客さまの一言に救われたことはありません。
肝心のお葬式はお寺様が司会者なしでやってくれました。
焼香順位と弔電は町内会長さんがマイクで読まれたそうです。
本当にあの時に助けてくれたすべての人に今でも本当に感謝しています。
雪が降るとこの二つのお葬式をいつも思いだしてしまいます。
一生忘れられない思い出です。
2008年02月06日
グリーフケア
2月1日の永田や社長のブログ「長閑な散歩」 に
「グリーフケア」のことが掲載されていました。
永田や社長の「グリーフケア」の説明は初めて耳する人でも
大変分かり易くまとめてありますので、是非、一度ご覧下さい。
「グリーフケア」とは「悲嘆(グーリフ)を和らげる(ケア)」こと
つまり大切な人が亡くなってずっと悲しみを持ち続けるのではなく、
早く立ち直ってもらうようケアすることです。
「グリーフケア」は学問としてもはや確立されており、大学でも
医学部・社会学部・人間関係学部などでは必須単位になっている大学もあります。
フューネではお葬式をして頂いたお客様に「早く立ち直ってほしい」
という想いから、「グリーフケア」の実践を随分前から行っています。
フューネが運営する葬儀専門学校「フューネクリエイトアカデミー」では
「グリーフケア」は必須単位となっており、フューネの社員はもとより日本中から
「フューネクリエイトアカデミー」に勉強にきてくれる受講者も全員勉強する学問です。
「グリーフケア」の実例として
9.11アメリカの同時多発テロで命を落とした方の遺族が慰霊祭で朗読した一つの詩。
「千の風になって」は日本でも大ヒットしました。
この歌でどれだけの多くの人の
「悲しみ(グリーフ)」を取り除く(ケア)することが出来、救われたのでしょうか。
フューネが販売する「ご遺骨で作るダイヤモンド」
は「亡くなってからも最愛の人をと一緒に居られる」ものとして
「グリーフケア」から生まれたヒット商品です。
実際、フューネの担当員は「ダイヤモンドの打ち合わせ」に行くと打ち合わせ時間の
大多数は「話をきいてあげること」に時間を費やします。
お客様に早く立ち直って欲しい・・・そんな願いをこめて応対しています。
「グリーフケア」は決して最近出来た学問でもありません。
お釈迦さまも「グリーフケア」を実践しています。
ある女性が結婚して男子を産んだのですがその子に死なれて気が狂い、
死体を抱きしめて蘇生の薬を求めて歩き回ってました。
哀れに思ったお釈迦さまは彼女に
「まだ一度も死人を出したことのない家から芥子粒(けしつぶ)をもらってくるがよい」
と教えました。一軒ずつ訪ね歩いてるうちに芥子粒は得やすいが、
死人を出さなかった家は一軒もないことを悟った彼女は
正気に戻ることができたという話がお経にあります。
ではどなたでも簡単にできる「グリーフケア」をお教えしましょう。
それは「悲しんでいる人に決して頑張れと言わないこと」
実はフューネの葬儀会館でも喪主さまはじめご遺族の方に
「がんばって」
と会葬者のお客様が声をかけていることが非常に多いです。
もちろん本人に悪気はないのですが、実は大きな間違い
です。
「グリーフケア」のことが掲載されていました。
永田や社長の「グリーフケア」の説明は初めて耳する人でも
大変分かり易くまとめてありますので、是非、一度ご覧下さい。
「グリーフケア」とは「悲嘆(グーリフ)を和らげる(ケア)」こと
つまり大切な人が亡くなってずっと悲しみを持ち続けるのではなく、
早く立ち直ってもらうようケアすることです。
「グリーフケア」は学問としてもはや確立されており、大学でも
医学部・社会学部・人間関係学部などでは必須単位になっている大学もあります。
フューネではお葬式をして頂いたお客様に「早く立ち直ってほしい」
という想いから、「グリーフケア」の実践を随分前から行っています。
フューネが運営する葬儀専門学校「フューネクリエイトアカデミー」では
「グリーフケア」は必須単位となっており、フューネの社員はもとより日本中から
「フューネクリエイトアカデミー」に勉強にきてくれる受講者も全員勉強する学問です。
「グリーフケア」の実例として
9.11アメリカの同時多発テロで命を落とした方の遺族が慰霊祭で朗読した一つの詩。
「千の風になって」は日本でも大ヒットしました。
この歌でどれだけの多くの人の
「悲しみ(グリーフ)」を取り除く(ケア)することが出来、救われたのでしょうか。
フューネが販売する「ご遺骨で作るダイヤモンド」
は「亡くなってからも最愛の人をと一緒に居られる」ものとして
「グリーフケア」から生まれたヒット商品です。
実際、フューネの担当員は「ダイヤモンドの打ち合わせ」に行くと打ち合わせ時間の
大多数は「話をきいてあげること」に時間を費やします。
お客様に早く立ち直って欲しい・・・そんな願いをこめて応対しています。
「グリーフケア」は決して最近出来た学問でもありません。
お釈迦さまも「グリーフケア」を実践しています。
ある女性が結婚して男子を産んだのですがその子に死なれて気が狂い、
死体を抱きしめて蘇生の薬を求めて歩き回ってました。
哀れに思ったお釈迦さまは彼女に
「まだ一度も死人を出したことのない家から芥子粒(けしつぶ)をもらってくるがよい」
と教えました。一軒ずつ訪ね歩いてるうちに芥子粒は得やすいが、
死人を出さなかった家は一軒もないことを悟った彼女は
正気に戻ることができたという話がお経にあります。
ではどなたでも簡単にできる「グリーフケア」をお教えしましょう。
それは「悲しんでいる人に決して頑張れと言わないこと」
実はフューネの葬儀会館でも喪主さまはじめご遺族の方に
「がんばって」
と会葬者のお客様が声をかけていることが非常に多いです。
もちろん本人に悪気はないのですが、実は大きな間違い
です。 2008年01月12日
ご遺骨はダイヤに
ご存知でしょうか?
ご遺骨からダイヤモンドが作れることを。
フューネでは昨年12個のダイヤモンドを作らせていただきました。
なぜ、ご遺骨からダイヤモンドができるのか?
それは、ダイヤモンドも遺骨も成分が炭素からできているから。
国際特許を持つアメリカのライフジェム社が製造をしています。
フューネは3年前よりライフジェム社と代理店契約を結び、
「世界でたったひとつのダイヤモンド」
の提案を開始しました。
詳しくはコチラ↓
http://www.lifegem.co.jp/
この会社昨年10月にベートベンの遺髪からダイヤモンド
を作ることに成功し、只今、100万ドルからのオークションが開催されています。
下の写真は現在製造が可能な4色のダイヤモンドです。




最愛の人に先立たれても、 「いつも一緒にいたい」という願い
ご遺族さまにとっては叶わなくなったことだけど叶えさせてあげたい願いを
すこし、叶えさせてくれるダイヤモンドです。


上の写真のように指輪やネックレスに加工して身につけていられる。
ダイヤモンドをご提案したお客様より
「いつも(亡くなった)主人と一緒にいられる。主人が見守ってくれているようですごく安心です」
というお言葉を頂戴しました。
ダイヤモンド今や名曲といっても過言ではない
「千の風になって」の歌詞そのものです。
「私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 眠ってなんかいません」
「冬はダイヤ
のように きらめく雪になる」
いかがでしょうか?
実際にこの曲のおかげでご誓約につながったケースもありました。
ダイヤモンドができてお客様にお届けすると、
一様にみなさまお顔がパッと明るくなります。
ダイヤモンドをご提案出来て本当に良かったと思える瞬間です。
ご遺族様にとって唯一無二のダイヤモンド
どうかいつまでも(亡くなった人と)一緒にいてください。
ご遺骨からダイヤモンドが作れることを。
フューネでは昨年12個のダイヤモンドを作らせていただきました。
なぜ、ご遺骨からダイヤモンドができるのか?
それは、ダイヤモンドも遺骨も成分が炭素からできているから。
国際特許を持つアメリカのライフジェム社が製造をしています。
フューネは3年前よりライフジェム社と代理店契約を結び、
「世界でたったひとつのダイヤモンド」
の提案を開始しました。
詳しくはコチラ↓
http://www.lifegem.co.jp/
この会社昨年10月にベートベンの遺髪からダイヤモンド
を作ることに成功し、只今、100万ドルからのオークションが開催されています。
下の写真は現在製造が可能な4色のダイヤモンドです。




最愛の人に先立たれても、 「いつも一緒にいたい」という願い
ご遺族さまにとっては叶わなくなったことだけど叶えさせてあげたい願いを
すこし、叶えさせてくれるダイヤモンドです。


上の写真のように指輪やネックレスに加工して身につけていられる。
ダイヤモンドをご提案したお客様より
「いつも(亡くなった)主人と一緒にいられる。主人が見守ってくれているようですごく安心です」
というお言葉を頂戴しました。
ダイヤモンド今や名曲といっても過言ではない
「千の風になって」の歌詞そのものです。
「私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 眠ってなんかいません」
「冬はダイヤ
のように きらめく雪になる」いかがでしょうか?
実際にこの曲のおかげでご誓約につながったケースもありました。
ダイヤモンドができてお客様にお届けすると、
一様にみなさまお顔がパッと明るくなります。
ダイヤモンドをご提案出来て本当に良かったと思える瞬間です。
ご遺族様にとって唯一無二のダイヤモンド
どうかいつまでも(亡くなった人と)一緒にいてください。
2007年12月16日
喪主がいない!!
最近の豊田でのお葬式の傾向。
それは臨終の際に喪主がいないことが多くなりました。
国内に居れば、なんとかその日のうちに豊田に帰ってきて
翌日通夜・その次の日葬儀と事が運びますが、
最近は喪主になる人が海外にいることが多くなりました。
大企業のグローバル化で拠点が海外にシフトし、それに伴って
海外勤務が要求される時代です。
豊田は当然トヨタ自動車系の関連企業が世界中に広がっている為、
関連企業の社員のみなさんも海外勤務が要求されています。
お葬儀の打ち合わせの冒頭
「喪主をつとめられる方はどなたですか?」とお伺いすると
「いま、南アフリカの工場です。」とか
「ブラジルの工場です」なんてことも。
中国・タイ・アメリカに居ますなんて、お客様のお答えは非常に多いです。
元来、喪主は故人の後継者(家を守っていく)がつとめるもの。
当然、故人のご子息がつとめられることが圧倒的に多いです。
「喪主がいないのに葬儀ができない」ということで
お葬式を3日~4日延ばす方が非常に多くなってきています。
とにかく、親族一同喪主様のお帰りをろうそくと線香のお守りしながら
待つ訳ですが、やっとの思いで豊田に帰ってきた喪主様は一様にヘトヘト。
「どうやって帰ってきましたか」とお尋ねすると
「悲報を受けて急いで航空券の手配をして、乗り次いで(ホノルル・ソウルが多い)
帰ってきました。」とお答えいただくことが多いのです。
赴任地から日本への直行便が無いところのほうが多いのです。
また、仮にあったとしてもすぐ航空券が手に入る保証はありません。
通常アメリカから帰ってくると最短で2日はかかります。
海外赴任により親の臨終に立ち会えないことは大変お気の毒なことです。
ただ、そばにいても立ち会えない方もたくさんいるのが悲しい現実です。
親の悲報を聞いても残念ながら帰ってこれない方もいます。
その場合、喪主不在でお葬式をするしかありません。
実は私も似たような経験があります。
祖母の臨終の際、私はイタリア旅行中。
社会人になる直前の卒業旅行中でした。
「社会人になったら海外旅行なんてなかなかいけないだろう。」
という親心で「帰ってこい」という連絡がありませんでした。
祖母の死を知ったのは日本に帰ってから。
なにもかも終わっていて「浦島太郎状態」でした。
祖母の葬儀に出席できなかったことは今でも心残りですが、
あの時の「親心」には今でも感謝しています。
それは臨終の際に喪主がいないことが多くなりました。
国内に居れば、なんとかその日のうちに豊田に帰ってきて
翌日通夜・その次の日葬儀と事が運びますが、
最近は喪主になる人が海外にいることが多くなりました。
大企業のグローバル化で拠点が海外にシフトし、それに伴って
海外勤務が要求される時代です。
豊田は当然トヨタ自動車系の関連企業が世界中に広がっている為、
関連企業の社員のみなさんも海外勤務が要求されています。
お葬儀の打ち合わせの冒頭
「喪主をつとめられる方はどなたですか?」とお伺いすると
「いま、南アフリカの工場です。」とか
「ブラジルの工場です」なんてことも。
中国・タイ・アメリカに居ますなんて、お客様のお答えは非常に多いです。
元来、喪主は故人の後継者(家を守っていく)がつとめるもの。
当然、故人のご子息がつとめられることが圧倒的に多いです。
「喪主がいないのに葬儀ができない」ということで
お葬式を3日~4日延ばす方が非常に多くなってきています。
とにかく、親族一同喪主様のお帰りをろうそくと線香のお守りしながら
待つ訳ですが、やっとの思いで豊田に帰ってきた喪主様は一様にヘトヘト。

「どうやって帰ってきましたか」とお尋ねすると
「悲報を受けて急いで航空券の手配をして、乗り次いで(ホノルル・ソウルが多い)
帰ってきました。」とお答えいただくことが多いのです。
赴任地から日本への直行便が無いところのほうが多いのです。
また、仮にあったとしてもすぐ航空券が手に入る保証はありません。
通常アメリカから帰ってくると最短で2日はかかります。
海外赴任により親の臨終に立ち会えないことは大変お気の毒なことです。
ただ、そばにいても立ち会えない方もたくさんいるのが悲しい現実です。

親の悲報を聞いても残念ながら帰ってこれない方もいます。
その場合、喪主不在でお葬式をするしかありません。
実は私も似たような経験があります。
祖母の臨終の際、私はイタリア旅行中。
社会人になる直前の卒業旅行中でした。
「社会人になったら海外旅行なんてなかなかいけないだろう。」
という親心で「帰ってこい」という連絡がありませんでした。
祖母の死を知ったのは日本に帰ってから。
なにもかも終わっていて「浦島太郎状態」でした。
祖母の葬儀に出席できなかったことは今でも心残りですが、
あの時の「親心」には今でも感謝しています。




