ブーログ › フューネ三浦直樹の「感動葬儀。」ブログ
2022年01月20日

葬儀の担当者とフィーリング

考えて頂ければ解ることですが、葬儀社に勤める全社員が

お葬式の担当をするわけではなく、葬儀の担当者というのは

各社とも規定は違いますが、一定レベルの葬儀に対する知識と

スキルを身に着けた人だけが葬儀の担当者になります。

あたりまえですが、ド素人の担当者をお客様の担当にすることは

ありえません。しかしながら、葬儀の担当者のレベルや経歴、

年配者や若年者、男女の別などと一概に担当者といっても様々であり、

正直、当たり外れというものは存在します。

もちろん、葬儀社としては担当者のレベルに格差があり過ぎるのは

サービスの格差に繋がりますので良くないことです。

サービスを画一的にすることもあまりよくありませんが、

サービスの格差を限りなく小さくし、高いレベルで均一化を図ることが

サービス業にとってとても大切なことです。



お客様と担当者の間の人間関係はこちらが思うようには

なかなかいきません。ベテラン社員を付ければ満足してくれるという程

単純なものではなく、新人の担当者が一生懸命葬儀の担当者をする

ほうが、高評価に繋がることもありますし、例えば女性の担当者が

良い・悪いといったようなお客様からのリクエストをあります。

つまりは人間らしいフィーリングが最後には良い悪いの決定をして

しまうのです。



前回の葬儀のご依頼頂いたお客様からは前回の担当者をご指名頂く

ことが多々あります。ところが、こちらが早合点して、前回の葬儀の

担当者をつけたところ、クレームになることもあります。

前回のお葬式で特に落ち度が無かったとしても、やはりフィーリングが

合わなくてお客様が我慢をしていたということもあるのです。




葬儀の担当者を適切に配置することはいつも緊張の連続であることは

間違いありません。









  

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Posted by フューネ三浦 at 11:04 │フューネ(会社)のこと

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2022年01月10日

自宅で葬儀がじわりと増えてきています。

コロナ禍でのお葬式は従前のお葬式の形態から大きく変化して

しまいました。密を避けるという名目の下、弔問の意思のある方なら

誰でも参列の出来るお葬式が大きく減少し、親族も含めて会葬者を

何らかの制限をかけたお葬式が大半を占めるようになって

しまいました。

結果的にお葬式の規模がコンパクトになってしまっており、

お葬式を行う会場も大規模なところが人気が無くなりました。



「家消費」・「巣ごもり需要」という言葉もメディアが頻繁に

取り上げる昨今ではお葬式の会場も自宅を選ばれる方が

実はじわじわと増えているのです。

葬儀会館でのお葬式が人気になったのは、自宅の

キャパシティーを超えるお客様の対応をしなくて良いということや

手間いらずといった理由もあるのですが、「プライバシーの確保」と

いう観点から葬儀会館を選ばれる方は潜在的にも

顕在的にも多いのです。

自宅でのお葬式が増えてきた理由としてこれまではプライバシーを

気にしていた方々がコロナ禍でお葬式にお客様を呼ばないので、

自宅でお葬式をやっても構わないと思われる方が増えている

と思われます。

元来、入院生活が長い患者さんは特に自宅に帰りたいと思いながら

お亡くなりになるということも前提としてあり、ご遺族の感情としても

出来れば自宅に連れて帰りたいと願望があるのです。



今後はコロナ禍での一過性のブームなのか、トレンドなのかは

見極めて行かなければなりませんが、葬儀が小規模化していく

中では一定レベルは今後もご自宅で葬儀を希望されるお客様は

増えていくと考えています。









  

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Posted by フューネ三浦 at 13:34 │お葬式の知識

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2022年01月01日

2022年 明けましておめでとうございます。



新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

2007年から始めたブログも今年で何と15年。

思えばブログだけでない様々SNSが氾濫する中で、一貫して

続けることができていることは奇跡な領域ですね。

今年も葬儀にまつわる様々な情報を発信していきます。

「感動葬儀。」ブログをよろしくお願いします。  

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Posted by フューネ三浦 at 08:56 │四季を愛でる

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2021年12月31日

2021年今年もお世話になりました。

本日大晦日。

今年も大変お世話になりました。

2007年から続けたブログは今年14年目になりました。

今年こそマスクが取れると願いましたが、願いは叶わずでした。

来年こそはコロナ禍前の日常が取り戻せることを願っています。

今年は保育園の開業とイオン八事店のお仏壇店の開業が

出来ました。

来年も私も企業も成長できることを願っています。




皆さまにとってもよい年越しを

お迎えください。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。





  

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Posted by フューネ三浦 at 09:34 │四季を愛でる

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2021年12月20日

鉄板焼

鉄板焼と称される、ステーキや焼肉、お好み焼きや焼きそば

などは熱々のうちに食べることでさらに美味しさを味わうことが

できます。また小さな鉄板の上に提供されるナポリタンスパゲティーや

ハンバーグなどは、熱々の鉄板により、時間とともに味が変化して

いきそれを味わうことのできる楽しさを感じる料理となります。

反面、鉄板であるが故に美味しいものを頬張っている時はあまり

感じないのですが、衣服に臭いが付いてしまうというデメリットも

あります。焼肉屋さんやお好み焼屋さんに行くときはあまり

良い服を着ている時には入りにくいものです。



フューネではステーキハウス等で使用している鉄板を用意して

います。お亡くなりになられた方が好物であったお肉やお好み焼など

を熱々の鉄板の上にのせてお供えとして祭壇の前にご遺族の皆様の

手によって捧げます。

葬儀会館においてまさかの鉄板料理の提供かと思いますが、

お客様はとても喜んで頂けます。

そして、通夜、葬儀の間に鉄板にやけた美味しい匂いが式場内に

漂うことも。

匂いの管理という観点からは服に臭いが付いてしまう以上、時として

不適切なことかもしれませんが、熱々の鉄板料理が好きな方は

たくさんいらっしゃいます。

「熱いものは熱いうちに。冷たいものは冷たく」が

料理をお客様に提供するときの基本ですが、そのことをお葬式の

空間で実践をすることで人の心に感動を与えることもあるのです。

非常識というラインを超えることはいけませんが、常識・非常識の

壁のギリギリまで挑戦しなければ、お客様に感動を与えることは

難しいのです。

皆様からの鉄板焼のリクエストをお待ち申し上げております。














  

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2021年12月10日

子を看取る

自分の子供が亡くなるという現実は親にとってとても受け入れがたい

ことです。特に幼い子供を失うことは耐え難い悲劇です。

ある日突然、事件や事故でお亡くなりなることは昨日までの元気な

姿からのあまりにも変わり果てた姿に只々、悲しみしかありません。

葬儀という仕事を通じて悲しみの現場に何度も立ち会ってきましたが、

あのなんともいえない重苦しい空気は決して慣れることの無い、

独特の緊張感が張り詰めているのです。



長い闘病生活の上に子供を看取るというケースもたくさん存在します。

白血病やガンなどで数年の闘病生活の上に死を迎えるケースや

10年、20年という長きに渡っての闘病生活の上で死を迎えるケース

も存在します。

事件や事故で突然に命を落とすことの衝撃がない代わりに、

子供の死を受け入れるという覚悟の上の死はどこか死を俯瞰的に

見ている親の姿が悲しみの中にあり、「看取る」という行為に

親の愛情がたっぷりと入っているという通常の死とはどこか違う

空気に支配されるのです。




子を亡くした親が放つ独特の空気感は参列する周りの人たちも

感じ、普段のお葬式ではあたり前の雑談や笑いも全く出ない状態

になるのです。だからこそ独特の緊張感が生まれ重苦しい空気に

なるのです。




子供にとって最大の親孝行は「親より先に死なないこと」。

このことは長年葬儀という仕事を通じて多くの「さかさごと」に

立ち会って気づいた絶対的な方程式です。

親を看取るのは元来子の役割であり、願わくば決して子を看取るという

ことにならないようにしたいのです。











  

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Posted by フューネ三浦 at 13:43 │お葬式の知識

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2021年11月20日

サインとハンコ

公文書に押印が必要が無くなった書類がこの一年間に

数多くなりました。公的な機関の書類ももちろんですが、

民間の会社の書類もハンコを必要としないものが増え、

ハンコを押す手間は大きく減っています。

しかしながら、銀行から借り入れする時などの重要な契約においては

まだまだハンコを押印することは通常のことであり、ハンコの重要性は

かわりません。

お葬式を施行する為には役所に「死亡届」を提出しなければならず、

今のところハンコは必要です。

必要ではありますが実印ではなく認印で良いので誰でも判子さえ

作成すれば提出が可能です。ハンコが手元になくて大騒ぎをすることも

多々ありますが、近年ではハンコを作る機械も安価でありますので、

手元に無いときは作ることもあるのです。

ただ、この作業は確かに本人確認という観点から考えると全く

無駄であり、省略になっていくことは良いことだと思いますし、

まだまだハンコの押印を廃止して頂きたい書類は多々あります。




ハンコが無ければサインのみということになりますが、サインのみは

それはそれで不便なことがあります。

まずは代筆が不可能ということで高齢者や身体に不具合のある方

のなかで、自筆が難しいときはハンコの有難さを感じます。

しかしながら、サインは本人の意思をはっきりと示すことが

できるという点とハンコを持ち歩く必要が無いという点において

やはり便利だと思います。

時代とともに簡略化できることは賛成ですが、ハンコの文化が

全く無くなるのは淋しい気が致します。


  

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Posted by フューネ三浦 at 12:28 │お葬式の知識

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2021年11月11日

お客様との距離感とプライバシー

元来、お葬式というのはプライバシーというものは無いものだと

思うのです。お亡くなりになられた方への弔意があればという前提で

弔問客は誰でも受け入れなければならないし、ご自宅が葬儀の会場

であれば、本来プライベートの空間にも他人が土足で入り込んでくる

ことは一定のレベルでは覚悟をしなければなりません。

その上、親族が集まれば親族の情報は表面化するし、皆様から頂く

供花や供物も看板名を見ればどのような人間関係で並び順を見れば

人間関係・お取引先とのパワーバランスまで解ってしまうのです。

そのようなプライバシーを侵害されることに違和感を抱く、お客様の

ニーズが葬儀会館という葬儀専用施設を流行らせ、人間的な付き合い

の煩雑化に対し家族葬という選択を多くのお客様が受け入れています。




葬儀会館内のサービスも、お客様のプライベートの空間である控室

には可能な限り立ち入らないことは現在はとても重要なこと

なのですが、葬儀という特性がゆえプライベートの空間に

弔問のお客様が入りトラブルになることもしばしばあるのです。

お客様との距離感はとても難しいのです。

「離れすぎず近すぎず」

お客様のプライベートを意識しすぎて、お声がけの回数を少なめにした

ところ、「何もしてくれない」「近くにいてくれなくて不安だった」

というお叱りを頂くこともあれば、

「細かいことまで確認されて鬱陶しい」「ちっとも落ちつけない」

というクレームを頂くこともあります。

つまり距離感の数値的な正解はなく、葬儀社の社員の肌感覚に

頼る他がないのです。

お客様が求めている距離感を保つことはサービス業としては

当然のことながら、しかし熟練の技術のいるとても

難しいことなのです。今後ともお客様が快適に思う

距離感を保つ為の技術を磨きをかけて参ります。






  

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2021年10月20日

亡くなっても誕生日はお祝いするべき

お誕生日のお祝いをして貰うことはいくつになっても嬉しいものです。

誕生日は毎年必ず来るものですが、誕生月というものは自分自身に

とってどこか格別なものがあります。

多くの飲食店などで、サプライズ的に誕生日のケーキが登場する

のは若干の恥ずかしさと嬉しさがありますが、全く縁のないただ

その空間を同居する人々からも拍手やお祝いの言葉を頂けるのは

嬉しいことです。


フューネのお葬式ではもう20年以上も前から、サプライズ的に

お誕生日のケーキを用意しています。

お亡くなりになられた方の誕生日がお葬式当日からおよそ一週間

以内のお客さまが対象ではありますが突然のケーキの登場に

多くのお客さまが喜ばれます。

亡くなったことにかかりきりで誕生日のことは忘れていたという

お客様にとってもそしてお亡くなりの方が誕生日ということは認識して

いてもお亡くなりの方の誕生日をお祝いしても良いものなのかどうか

というお客様にもお誕生のお祝いは嬉しいものです。

葬儀という「悲しみ」の感情が先に来るような場面でも「お祝い」が

絶対に必要なのものです。



生きていくことは嬉しいことも悲しいこともたくさんやってきますが、

「悲しみ中の嬉しさ」に気づけることが人生を楽しむには絶対に

必要なことのなのです。






  

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Posted by フューネ三浦 at 10:54 │お葬式の知識

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2021年10月10日

フューネの公式オンラインショップがオープンしました。

10月1日にフューネの公式オンラインショップを

オープンさせて頂きました。




お仏壇の購入はもちろん、ロウソク・お香・線香などの商品から

海洋散骨・ぬいぐるみ供養・人形供養・ふとん供養も

購入できます。

また、葬儀の相談に加えて永代供養・遺品整理・相続相談の

窓口としての役割もあります。

是非、一度覗いて頂ければ幸いです。

感動葬儀。フューネ葬儀仏事サロン
公式オンラインショップ↓
https://fune353535shop.com/  

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Posted by フューネ三浦 at 11:38 │フューネ(会社)のこと

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2021年09月20日

変化する葬儀会館

葬儀社が自前で運営する民間の葬儀会館がこの世に誕生してまだまだ

半世紀の歴史しかありません。

悠久の歴史の中、人類が誕生した瞬間から「死」という事柄に対し、

何らかの葬法で死者を弔うことを我々の祖先が行っていたことから

比較すると本当に半世紀の歴史は短すぎです。

それでも誕生以来、葬儀会館は様々な進化を遂げてきました。

バブル期前の昭和の時代に建設された葬儀会館は大規模なものが

多く、中には1000人以上も収容できる大きなホールがありました。

平成に入り、自宅から概ね10KM圏内で居住する市町村内にある

ことがお客様の選択の基準となりました。

そして、15年前くらいから家族葬に特化した小規模の葬儀会館が

増えてきました。

そして、現在は葬儀の小規模化に伴い従来の家族葬の葬儀会館

よりもさらにコンパクトな葬儀会館の建設が主流となりつつあります。

葬儀会館がコンパクト化されたことで大きな土地を探す必要がなく、

例えば、コンビニエンスストアが撤退したような用地でも十分に

葬儀会館の出店が可能となったのです。




死亡者人口がまだまだ伸びていくことが約束をされている以上、

小規模で出店が可能となった葬儀会館はこれからしばらくの間に

建設ラッシュが続くと思われます。

政令指定都市・中核市においては気が付けばドラックストアのように

ご自宅から半径2キロ以内に複数の葬儀会館が存在し、

いざという時に選べるようになっている世の中になっていきそうです。




いつの時代になっても葬儀会館もお客様ニーズに対応するべく、

変化をしていきます。

なぜならば、お客様のニーズを無視した葬儀会館は支持を

されないからです。

フューネの葬儀会館もお客様の利便性を高める為に何度も

リニューアル工事をしています。

これからもフューネの葬儀会館の変化にもご注目ください。



  

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Posted by フューネ三浦 at 08:25 │フューネ(会社)のこと

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2021年09月10日

葬儀の経験が志望動機に。

葬儀社の求人募集は伝統的に苦労をするものです。

他の業種と比較をしても、集まりにくいものです。

葬儀社に勤めるということは、定休日がなく365日営業で

しかも24時間ずっと誰かが働いている職場環境です。

必然的に夜勤の勤務も要求され、毎週土日に休みが

取れないだけでなくお正月やお盆などの長期休暇もなし。

しかしここまではサービス業に従事する職業を選択した方に

とっては当たり前の職場環境です。

葬儀社独特の環境として、ご遺体に触れる仕事があることです。

実際はご遺体に触れることの抵抗は入社した時くらいで良い意味で

すぐに慣れるものですが私自身でさえ、入社する前までは恐怖でした。

いわゆる3K(キツイ・キタナイ・キケン)に分類されることも

時としてある葬儀の仕事を志す人をたくさん集めるのは

本当に大変なことです。

特に最近では大型ショッピングセンターの中の仏壇店や託児所を

運営するようになったので、これらの求人は非常に簡単にできることが

わかり、改めて葬儀の求人の難しさを実感しているところです。




フューネに入社されてイキイキと働いている多くの社員の入社時の

志望動機はもちろん人それぞれですが、一番多くの人が口にする

志望動機は「自分自身の葬儀の体験」という理由がすごく多いのです。

特に若い社員は葬儀の体験からこの仕事に興味を持って頂き

入社をされることが多いのです。

愛する人を無くした人の心の痛みを経験している社員はお客様から

の評価も高く、自身の葬儀の体験は助けを必要とされているお客様に

必ず役に立つのです。

どんな仕事でも人の役に立つから存在します。だからこそ、自分の

やりたい仕事を選択することは大切なことですが、どんな仕事に

出会えるかはその人の人生を大きく変える力となります。

お葬式のお仕事を選んだ人の人生が豊かになる為の活動を

今後も続けて参ります。
















  

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Posted by フューネ三浦 at 08:08 │フューネ(会社)のこと

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2021年08月20日

お葬式のご依頼が4回目・5回目のお客様

昭和48年に三浦生花店の葬祭部として発足したフューネは

葬祭業としてまもなく半世紀を迎えます。

半世紀近く、葬祭業を営んでこれたのは創業時より今日まで

本当に多くのお客様に恵まれてきました。

お葬式という商品はその「家」にとっては平均すると20年に一度の

お買い物です。ところが、均等に20年に一度というお客様は

まずいらっしゃらないのが現状であり、数年の間に2度目・3度目と

お葬式のご依頼を頂くお客様は結構多く存在ます。

元来、夫婦というものはほぼ同世代の人同士というのが基本であり、

同世代が故にお亡くなりになられる時期が重なるのは

自然な成り行きです。

ですから、数年の間に葬儀のリピーターとして再度ご依頼頂くことは

普通のことです。しかしながら、数年の間に2度目・3度目のご依頼は

あってもさすがに4度目・5度目というリピーターのお客様は

数年間という期間では圧倒的に珍しいことなのです。




最近はフューネにお葬式を依頼するのが4度目・5度目という

お客様によく遭遇します。

「30年前からウチはフューネさんだよ。」

「三浦生花店の頃から何かあったらお願いしている」

というありがたいお言葉を頂くお客様が増えてきているのです。

このようなお客様が増えて来ているのはやはり、フューネが

半世紀近く、葬祭業として同一場所で営業しているということの

賜物だと自負しています。

但し、ただ漠然と葬儀という商品を提供していても、お客様は

4回も5回も頼んでは頂けません。

葬儀というサービスがお客様がお客様の期待値以上であり、

常に前回を上回るサービスを提供し続けなければ、お客様は

ファンにはなってくれないのです。

これからますます増えるであろう4回目・5回目のお客様を

裏切ることのない「感動葬儀。」を提供していく所存です。
















  

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Posted by フューネ三浦 at 10:04 │フューネ(会社)のこと

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2021年08月12日

スーツ

コロナ禍の中でスーツが売れないそうです。

よく考えてみれば、テレワークを推奨する世の中で、スーツを着て

出勤をする人も大きく減っていますし、テレビ会議などで人と

会わなければカジュアルすぎない程度の格好でも充分です。

そして、何よりも仕事後の飲み会やレクリエーションが無ければ、

スーツを汚したり、破れてしまうことすら激減してしまって

いるでしょう。

お葬式も家族葬や人数を制限したお葬式がコロナ禍での主流と

なっている現在、お葬式に参列する機会も多くの人が

激減をしており、喪服も略礼服も売れないのは当然の結果でしょう。




世の中がスーツを必要としなくなっていても、毎日スーツを着て

出勤することは葬儀社に勤める者としては宿命でしょうか。

沖縄県では暑さ対策でお葬式用の黒色のかりゆしウェアが

公式の服装として認められていますが、葬儀会館の中で

ほとんどの人がかりゆしウェアであっても葬儀社の社員は

全身ダークスーツを着ているのです。

また、クールビスが推進された時でもネクタイを手放すことが

出来なかったのが葬儀社の社員です。

年中、暑さ寒さも関係なくスーツを着用している以上、

やはり身体にあったもので快適に着用できるものに

こだわりたくなります。特に最近はストレッチの効いた伸縮性の

優れている生地をあり、オシャレと動きやすさの二面性の両方を

満たすことの出来るスーツが増えてきました。

そして、仕事で着るスーツにおいて一番重要なものはポケットです。

とかく、いわゆる7つ道具をスーツに入れますので、ポケットの

大きさやポケットの位置は非常に重要です。

冠婚葬祭において服装のマナーは非常に大切であり、お客様以上に

服装に気を使わなければならないのはその仕事に従事する

私たちなのです。


















  

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Posted by フューネ三浦 at 08:30 │日々いろいろ

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2021年07月20日

法事(法要)を省略したいのですが。

お葬式を終えられたお客様からご相談を受けることの中に

法事のご相談はかなり多いのです。

おおよそ、葬儀と同じ日に行うことの多い初七日と言われる

法要から、二七日(ふたなのか) 、三七日(みなのか)、四七日(よなのか)

五七日(=三十五日)(いつなのか)、六七日(むなのか)

七七日(=四十九日)(なななのか)(しじゅうくにち)

までの49日間の毎週の法要はまずはじめに行わなければならない

法要です。以前のブログでも書きましたが、法要一つ一つにはもちろん

重要な意味合いがあって、特に49日までの法要は閻魔大王の審判が

下り、来世の世界が決まる大事な法要です。

しかしながら、ご遺族の皆様の負担を考えると省略をしたいと

思われる方が大半を占めています。

現在、お寺様の中には忌明けと呼ばれる35日の法要もしくは49日の

法要以外の法要を最初から省いて行うことを提案される方も

いらっしゃいますが、宗教者としては省略は出来ないと頑なに

省略を認めないお寺様もいらっしゃるのです。




ところで、「法要」と「法事」の違いは何かというと「法要」とは

宗教に基づいた儀礼を指し、「法事」とは読経の後の食事を

含めた行事全般を指します。

2020年に起きたコロナ禍の時代に法要(法事)は多くの人が

不要不急の行事に分類し、多くの法要が中止になりました。

結果的にお寺様に限らず、我々葬祭業者・生花店・和菓子店などの

法要に関連する業者は売上が蒸発することになってしまいました。

改めて、法要の需要で売上が確保できていたことを認識させられる

ことになったのです。



不要不急と分類すれば、いくらでも省略することが解ってしまった

現代人はこれからはお寺様の意思に関係なく多くの人が遠慮なく

法要を省略されていくでしょう。

しかしながら、亡くなった人を弔うとという本来の法要の利点に

加えて、亡くなった人を「忘れないでいる」という法要本来の持つ

役割をだけは忘れないで法要を省略する決断をして頂きたいのです。




年忌法要と呼ばれる一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌

二十三回忌・ 二十七回忌・三十三回忌・三十七回忌・四十三回忌

四十七回忌・ 五十回忌・百回忌

すべてを行う方は全体の1%もいないのが現実ですが、どの法要を

省略するのかは自分自身です。

先程から申し上げている通り、法要を省略するということは供養する

その人の存在をこの世から消してしまうことに繋がっていきます。

くれぐれも「忘れない」程度の省略をすることを肝に銘じて頂けると

よろしいのです。



  

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2021年07月11日

繋がりを感じる

人が人として生きていく為には「孤独」であってはならないのです。

自身が未熟なうちは誰かの力を借りながら、そして誰かの役に

立つことで、自分の存在を確認しながら生きているのです。

「孤独」を好む人もいらっしゃいますが、天涯孤独という境遇の人は

実際には存在しないものなのです。

誰かと何かしら繋がっていることが自然であり、繋がりを意識をして

いくことが豊かな人生を送るコツでもあるのです。




家族葬や病院から火葬場に直行する直葬などは時として孤独葬とも

言っても良いレベルのお葬式がありますが、その現場にいく度に、

お葬式の意義について自問自答をしてしまうのです。

例えば、

「なぜお葬式をするのか?」

「人の一生とは?」  などなど。。。。。




お葬式をする意義はどんな時代になって変わらない不変的なこととして

「繋がりを感じる場所」の提供なのです。

人はお亡くなりになられた方に対する何かしらの「繋がり」を求めて

お葬式に参加するのです。例えお亡くなりになられた方を直接に

知らなくても、喪主やご遺族の誰かとの繋がりの中で参列するという

意思の決定になるのです。

言い換えれば、「繋がり」を感じないお葬式には義理でも弔問は絶対に

しないし、興味も湧いてこないのです。

芸能人やスポーツ選手などの有名人で一度も会ったことの無いような

人のお葬式でもファンであれば、「ファン」という繋がりを確認しに

お葬式に弔問にいく動機になります。実際に会ったとか会ってない

という観点ではなく、「繋がり」が明確に意識できれば訃報に対し、

時として涙も出れば、悼む心も自然に生まれるのです。





























  

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Posted by フューネ三浦 at 08:20 │お葬式の知識

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2021年06月21日

非接触

コロナ禍の中で、感染予防の観点から「非接触」ということに注目が

集まりました。お買い物の際にコロナ禍以前ではレジにて金銭の授受も

店員さんの手に直接のやり取りをしていたのが、トレーの上での

やり取りに変わり、おつりも直接頂くことが少なくなり、

あくまでもトレーの上でのやり取りになってしまいました。

また、クレジットカードも以前は店員さんに直接にカードを渡していた

のが、カードリーダーに客は自身で通さなくてはならないと

いったことが多くなりました。

非接触にはなったことで何とも寂しさが残る、お買い物でのやりとりに

なってしまいました。



お葬式の現場でご遺族が以前よりも圧倒的に減ったのは

ご遺体への接触です。

これはコロナ禍以前より年々減っていたのですが、コロナ禍で加速して

しまいました。

そもそも、ご遺体を物質的に捉えるならば各種の雑菌の塊であり、

放置しておけばすぐに腐敗が始まってしまうということから決して

衛生管理の観点で言えば、接触することを推奨するような物質では

ないのですが、ご遺族にとっては物質としての「死体」ではなく

「ご遺体」であるということがとても重要なことなのです。

亡骸は「生きている人」と同様に扱うことは葬儀社の社員として

基本中の基本でありもしも「死体」として扱ったならば、死者に対する

冒涜に繋がるのです。

ですから、ご遺体を触ることはとても大切なことで衛星的には

褒められない行為かもしれませんが「素手」で触ることが基本でした。




コロナ禍でご遺体に限らず生きている人でさえ、素手ではなく

手袋をした手でしか触らないような各種の事例が多々ありますが、

コロナ禍が終焉しても「素手」で触ることそのものがいけないこと

であるという観念が残ってしまうことは十分に考えられることです。

非接触は間違いなく、人と人との距離を遠ざけてしまいます。

コロナ禍の今は仕方のないことかもしれませんが、コロナ禍が

終焉したら、「素手」で接触できる人間関係は多くの人と維持して

いきたいものです。

お葬式は元来、「素手」と「素手」を絡めあうことの出来る人々の

人間関係を感じる場であるのです。







  

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Posted by フューネ三浦 at 08:08 │日々いろいろ

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2021年06月10日

正座

お葬式の仕事をしていると職業柄、正座をすることが多くありました。

「ありました」と過去形の表現になっていますが、最近では本当に

正座をすることが激減しているのです。

通夜・葬儀をお寺や自宅で行う場合は畳の上に式典の間、

正座をしなければならない会場のレイアウトでしたが、近年は

葬儀会館がほとんどですから椅子席がスタンダードであり、

仮にお寺や自宅でお葬式を行っても今では畳の上に座椅子を置き

正座をしなくてよい設備が整っているケースが大半です。




お葬式の打ち合わせの時は一時間から2時間位、お客様のご自宅で

正座をしないといけないケースはまだまだありますが、リビングや

ダイニングを使わせて頂ければ、ソファーやダイニングテーブルにて

お葬式の打ち合わせをさせて頂くことが年々多くなり、本当に

正座をする機会が無くなっているのです。

おかげで若い頃は1時間位の正座は平気であったのが、

いまでは20分もすると限界で足の痺れに耐えなければ

ならなくなっています。

機会が少なくなれば当然足腰が弱くなるのは必然です。

我々葬儀社の社員に限らず、お寺様も今では椅子での

読経をすることが多くなり、正座が年々出来なくなっています。

同時にお客様も正座をするような葬儀会場は極力避けることが

普通になってきました。ライフスタイルの変化もあり、

日本人にとって正座は苦手な座り方になってしまっているはずです。



正座もさることながら、単純に長時間立っていることも苦手に

なってきています。

足腰が弱くなってしまうのも現代病でありますが、足腰が弱くなる

ことで生れてくるおもてなしの変化に対応していくことも、

葬儀社として重要なことになっています。





  

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Posted by フューネ三浦 at 13:39 │日々いろいろ

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2021年05月20日

レジが怖い

キャッシュレス決済の推進が叫ばれてから随分と経ちますが、日本は

まだまだ現金主義です。諸外国と比べて現金に対する信頼性が

通貨や紙幣にあることの裏付けでもあることなので良いことで

あることは間違いなのですが、キャッシュレス決済の推進が遅れる

要因になっていることも事実です。

これまでに現金主義者であった人でもキャッシュレスの機能の決済を

一度使ってみると、その便利さに現金を使う回数が少なくって

いくことは間違いのないことであり、決済の正確性やスピードは

現金以上の魅力はあるのです。

現金主義とキャッシュレス決済の優劣を論じると単純にキャッシュレス

決済の方が便利であることだけは間違いないのです。



しかしながら、使うほうは便利でも扱うほうは現金だけ取り扱うよりも

複雑で大変です。フューネの仏壇店が入居しているショッピングモール

においても現金以外に使える商品券だけでも50種類以上もあり、

それに加えてクレジットカード・ICカード・プリペイドカード・

QRコード決済と様々です。

とてもとても覚えきれない種類です。

毎日レジを取り扱っている社員ならまだしも、たまにヘルプで入る社員

にとっては使える決済方法の多様化は恐怖でしかないのです。

「レジが怖い」という感情が支配してしまうのです。



怖いのは単純にレジの操作が解らないということだけではなくて、

キャッシュレス決済の中で使えるものと使えないものが混在をしている

ことで、間違ってお客さまに「使えます」と言ってしまって実際は

使えないという事態を招いたり、その逆のこともあり、結果的に

お客様から信用を失うことに繋がったり、お叱りを受けたりする

ことが発生するからです。

また隣の店舗は使えるのになぜ使えないのだと突然怒り出すお客様

もいらっしゃるから、恐怖に繋がっていくのです。

さらに、単純な決済なら難なく操作が出来ても、現金とICカードの

合わせ技でお支払いを希望される方の操作などはさらに複雑に

なります。また商品の返品などで返金する時の操作方法などは

通常の業務の中であまり実施しないので、お客様の前では緊張が

走る行為なのです。




お客様の「便利」を提供する為に増え続けた各種の決済方法ですが、

なんとかどこかのタイミングで統一が出来ないものでしょうか。












  

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Posted by フューネ三浦 at 08:13 │フューネ(会社)のこと

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2021年05月10日

コロナ観の違いから

まだまだ、新型コロナウィルスの猛威が日常生活さえも

脅かしています。他の災害と違い終わりの見えないことと

世界中が被災地であり、疎開先の無いことが精神的にしんどい

ことにつながり、多くの人のストレスに繋がっているのです。

まだまだ長期戦を覚悟しなければならないと思います。

コロナ禍のなかで、露見したのは新型コロナウィルスに対する

価値感の違いです。いわゆる「コロナ観」が違うことで生まれる

争いが多々見受けられます。

特に家族間の間や親族間の間、そして世代の違いによって

新型コロナウィルスに対する恐怖感の違いによって、価値観が

それぞれ違うことで導く答えも違ってくるのです。



お葬式においても、コロナ観の違いによって様々な争いが起きて

います。親族の間で食べる食事を提供するか自粛するか。

一般の弔問客を呼ぶ呼ばないでの諍い。

家族葬で行なうにしてもどこまでの親族を呼ぶか呼ばないか。

火葬場に行く人の人数を制限させているが誰に行ってもらうか。

バスやタクシーの乗り合いもどうするか

この他にも様々な諍いが発生していますが、価値観の違いによって

生まれる齟齬をどうやって一つにまとめていくのかということが

正解が無いだけに難しいのです。

やっと導きだした答えによって親戚の皆様に訃報を通知しても、

コロナ禍をを理由に弔問を辞退される方や弔問をするが

食事を辞退される方に出会ってしまう現実に直面するのです。

非常事態下において平常時の常識が全く通用しないことは

頭では解っているのですが、現実に通用しない時に多くの人が

憤慨とストレスを感じるのです。


コロナ観の違いで生まれる争いを出来るだけ避けることができる

ように多くの人の心に余裕が生まれる世の中に早くなって貰い

たいものです。








  

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Posted by フューネ三浦 at 08:24 │日々いろいろ

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