ブーログ › フューネ三浦直樹の「感動葬儀。」ブログ
2021年01月11日

「とんでもございません」は「とんでもない」

フューネでは毎朝、朝礼時に「お客様との会話で正しく使いたい敬語」

の唱和を実施しています。

正しい言葉遣いというものは自分自身の思い込みなどで正しく

使うことが出来ずに、間違ったまま使っていても間違いに

気づいていないことがあり、サービスのプロである葬儀社の社員が

正しい敬語を使えないことはやはり恥ずかしいと考えます。

49例ある敬語を日替わりで唱和していくのですが、

その中で一番正しく使うことが出来ない敬語は

「とんでもないことでございます。」なのです。

よく「とんでもありません」「とんでもございません。」

と謙遜の意味で使っているのは実は間違いなのです。

「とんでもない」という言葉の意味としては

「①思いがけないこと」という意味があり、謙遜として使う場合は

この意味に該当します。

「とんでもないことでございます」と正しく使えば、思いがけずに

嬉しかったという意味なりますが、

「とんでもありません」と言ってしまうと「②けしからん」という

相手を責める言葉に変わってしまうのです。

つまりは、本人は謙遜の意味で敬語を使っているつもりでも、相手に

「けしからん」と言ってしまっているのです。

これはとても恥ずかしくて相手に失礼なことです。




「とんでもありません」と口癖のように言っている社員たちに

「とんでもないことでございます」と正しく敬語を使うことを

習得させることが教育なのです。

「とんでもございません」は「とんでもない」敬語の使い方です。

正しく言葉を使うことは本当に難しいですね。

それでも、正しく使い続けていれば間違った使い方に触れた時に

違和感を感じるようになりますから、言葉の勉強も「感動葬儀。」の

提供には必要不可欠なことなのです。







  

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Posted by フューネ三浦 at 09:26 │役立つ雑でない雑学

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2021年01月01日

2021年 明けましておめでとうございます。



みなさま、新年あけましておめでとうございます。

今年も「感動葬儀。」ブログをどうぞ

よろしくお願いいたします。

コロナ禍の中でのお正月。

体験したことの無い、制約の多い歳のはじめですが、

一刻も早く疫病の収束を願って、昨年以上の良い歳になる

ことを願っています。

皆様にとっても良き一年でありますように。  

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Posted by フューネ三浦 at 11:39 │四季を愛でる

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2020年12月31日

2020年今年もお世話になりました。

本日大晦日。

今年も大変お世話になりました。

2007年から続けたブログは今年13年目になりました。

コロナ禍という災難は今年の初めには予測も出来なかった

一年でした。

それでも、良いこともたくさんあった有意義な一年間だった

と思います。



皆さまにとってもよい年越しを

お迎えください。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。




  

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Posted by フューネ三浦 at 12:42 │四季を愛でる

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2020年12月19日

「密」



ことし1年の世相を漢字ひと文字で表す「今年の漢字」は

「密」でした。

新型コロナウィルスの対策の中で「三密」という言葉が生まれ、

まさに三密に気を付けながら、人と人との距離を保ちながら、

生活を送ることを余儀なくさせられた一年でした。

とにもかくにも一生忘れることが出来ない年になったことは

間違いありません。



新型コロナウィルスのおかげでお葬式の事情も大きく変化が

ありました。

ほとんどのお葬式の形態が家族葬になり、そして弔いに

参列される人の密集がダメになり、ソーシャルディスタンスを

求められることになりました。

コロナ禍の中であらためて気づかせて頂いたことはお葬式の

仕事は「密」を作る仕事であったということです。

弔意を表す為の手法としては、お花を捧げたり、お供えものを

用意したり、弔電を打ったりということもありますが、

やはり一番の弔意を表す方法は弔問に馳せ参じることにでしょう。

自分自身の身体を動かすことが「わざわざ」であり、遠路はるばる

お越し頂くお客様の行為がご遺族の皆様にとって

ありがたいことなのです。



弔問のお客様を密集させて、人垣を作ることが「葬儀が立派」という

ことに繋がるバロメーターであったのですが、コロナ禍なかで

全く通用しなくなった常識になってしまいました。

現在は弔問のお客様が安全にお参りができるように、時間差を

利用したディスタンスを積極採用しています。

知らず知らずの間に密を作ることに情熱を燃やしていた葬儀の運営が

劇的に変わった一年でした。















  

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Posted by フューネ三浦 at 09:53 │四季を愛でる

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2020年12月10日

笑いの効用

笑うという行為は多くの場合楽しさの感情表現であり、日常生活に

おいて笑う回数が多ければ多いほど、楽しい生活が送れるものです。

お葬式の現場において「笑う」という行為に違和感を感じる方は

多いのですが、その理由は「笑い」は不謹慎であるという

固定観念によるものです。

確かにすすり泣きや嗚咽、はたまた慟哭などをされている方が

いる空間で大声で笑うということはもっての外ですが、

人が亡くなってから火葬場に行くまでずっと泣いて悲しみに

浸っているということばかりではありません。




結論を先に申し上げますと、葬儀には「笑い」は絶対に必要なものだと

考えます。悲しみの中でも笑いの要素は必要です。笑いには緊張を

和ませる要素があり、また悲しみを和らげたり、一時的に忘れさせる

要素があります。ですから、葬儀の施行運営においてお客様を笑わせる

ことはサービスを提供する葬儀のプロとして大切なことです。

しかしながら、悲しみに支配された緊張感たっぷりの中で笑いを

とることはとても難易度の高いことです。

安易に笑いを取りにいくことは大クレームをリスクを孕んでいます。

経験の浅い葬祭ディレクターが笑いを取りにいくことは

はっきり言って無謀です。

それでも、ベテランの葬祭ディレクターや一流の腕の持っている

葬祭ディレクターは実に上手にお客様から笑いを取っています。

お客様の想い出話の中に上手に入り込んで笑いを取ったり、

自分自身の自虐ネタを披露したりと悲しみの中に笑いありという

理想的な空気感を作り出しているのです。




経験の浅い葬祭ディレクターが笑いをとりに行く上で、一番安全な

方法は「何事も真剣に一生懸命にやること」です。

真面目にやっていて偶発的に起きるドジなミスは必ず笑いがとれます。

笑いは取りに行くと難しいですが、笑いが起きる環境を整えることは

さほど難しくないのです。



葬儀のおけるお客様の反応で難しいのは悲しみの感情表現が

泣くなどということではなく「笑ってしまう」という方がいらっしゃる

ことなのです。

悲しすぎて笑っているお客様に間違って同調して笑い返すことは

とんでもない不謹慎なことになります。間違いなく怒りの感情に

変わってしまうのです。

そのような方がいらっしゃるからこそ、ますます難しい悲しみの

空気の中での笑いですが、「感動葬儀。」にはやはり「笑いの効用」は

絶対に必要なことなのです。










  

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Posted by フューネ三浦 at 15:15 │お葬式の知識

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2020年11月17日

喪中見舞いを送りませんか。

本日(17日)に豊田市内に折り込まれた

松坂屋豊田店の折込チラシの表面に

「喪中見舞いを贈りませんか」

ということで

「感動葬儀。フューネ葬儀仏事サロン」

進物用線香の広告が入りました。




今年はコロナ禍の中で大切な人がお亡くなりになられても、

充分な弔いの気持ちをカタチに出来なかったということが

日本中で起きてしまいました。

喪中はがきが届いたら、お線香を贈ることで弔意を表してみませんか。

松坂屋豊田店のフューネのお店では各種の進物用お線香を

取り揃えています。

喪中見舞い用の進物用のお線香は年末まで受け付けています。

松坂屋の包装紙でご用意します。

よしければ、是非ご来店ください。




  

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Posted by フューネ三浦 at 10:03 │イベント&ニュース

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2020年11月10日

人を幸せにする嘘

子どもの頃に12月になると「サンタさんが来るよ」と親に言われて

サンタさんが来るのを心待ちにしていたのは遠い昔の記憶ですが、

思い出してみるとなんとも微笑ましい楽しかった記憶です。

父親になり、子供に「サンタさんが来るよ」と親に言われたように

自分の子どもに言い、サンタさんの存在を本気に信じ心待ちにして

いる我が子の姿を見ていることも幸せを感じる瞬間です。




「嘘つきは泥棒の始まり」と小さい頃から教えられ、嘘をつくことは

ダメなことだと基本的に思っていますが、正しくは嘘は嘘でも人を

傷つけたり、不幸にする嘘がいけないのであって人を幸せにする嘘は

ついて良いのです。

世の中には現実的に嘘の情報の方が真実よりも多く溢れていて、

嘘の情報に引っ掛かり、悲しい思いをするからこそ嘘は悪なのです。




葬儀の現場にも「人を幸せにする嘘」はたくさんあります。

そもそも、各種宗教が唱える宗教の教義は科学的な検証で出来ない

状態であれば、嘘とも言えます。

しかしながら、科学で説明できない事象をロジックで表現しているのが

教義であり、まさに信じるものは救われることに通じているのです。

葬儀の役割の中に悲しみを和らげることがあり、悲しみを和らげる為に

つく他人の嘘はとても大切なことです。

悲しみのどん底の中にいる人に「頑張ってね」と安易な言葉をかける

ことで返って相手を傷つけるよりも、幸せになる嘘のほうが重要です。

例えば、お亡くなりになられた方が「お星さまになる」という

嘘がありますが、それはご遺族の皆様にとって嘘でもいいから

いつでも見守ってくれているという願いなのです。

最も嘘をつき続ければ物事は真実ではなくても事実にはなります。

こうした真実ではない事実で世の中は動いていくのです。














  

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Posted by フューネ三浦 at 15:29 │お葬式の知識

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2020年10月22日

お寺様が来ない

お葬式を生業にしていると想定外のハプニングやトラブルの発生は

日常茶飯事のことです。

人と人が交わる以上、様々な事故や誤解、感情の起伏による

トラブルなどなどがありますが、意外に多く、そして葬儀のプロとして

冷や汗をかくのが、「お寺様が来ない」ということです。

葬儀のスケジュールは結構、分刻みで動いており、遅れは

多くのお客様をお待たせすることで多大な迷惑をかけるばかりでなく、

葬儀後に火葬をする場合は火葬場のスケジュールを大きく狂わせる

ことになり、他の火葬を予定しているご葬家様にもご迷惑をおかけ

することになってしまいます。

お寺様が予期しない交通事故で大渋滞に巻き込まれて時間までに

辿りつけないことは不可抗力の部分もあり、仕方の無いことですが、

通夜・葬儀の場所を間違えて別の会場に行ってしまったとか、

そもそも、通夜や葬儀の日取りを勘違いしていたという明らかな

お寺様のヒューマンエラーは苦言の一つも言いたくなるものです。



お寺様が大幅に遅れて来られて通夜のお勤めや葬儀の式典が

出来ずにご弔問のお客様にはご焼香だけをしてお帰り頂いたなんて

いうことはこれまでに何度も経験をさせて頂いていますが、本当に

故人様にとって人生の一回きりのお葬式が台無しになってしまうことは

葬儀社としてはあってはならないことで、冷や汗がとまりません。

お葬式はやり直すことが出来ない人生における大切な儀式です。





お寺様のヒューマンエラーで来られないということもありますが、

体調に変調があったり、人身事故で救急車で運ばれたりして来ることが

出来なくなることもあります。

とにかく葬儀会場までお気をつけてお越し頂きたいと願うのみですが、

それも含めて何があっても対応できるように時間には充分に余裕を持って

行動することはプロとしては絶対に大切なことですね。

















  

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Posted by フューネ三浦 at 10:31 │お葬式の知識

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2020年10月13日

供養のこころはあるのですが。

先日、ある禅宗系のご住職様とお話ししていた時に

「両鉢のお葬式は今年は一回だけだよ」

とお嘆きの言葉を頂きました。

「両鉢」とは禅宗系の宗派でのお葬式におけるお寺様の

フォーメーションのことで導師さまの左右に「鉢・印金・太鼓」の

鳴り物と呼ばれる仏教で使用する楽器を持った役僧さんを1対で

並べる陣容であり、この場合は導師を含めて7名の僧侶でお葬式で

読経をします。ちなみに「片鉢」と呼ばれるのは両方では無く片方のみ

のフォーメーションになり、この場合お寺様は4名です。

お寺様の人数が多いということは、読経においても見た目においても

迫力が増し、葬送儀礼を荘厳にします。



葬儀の簡素化という名目の下、お寺さまのお布施の事情も大変に

厳しくなっています。

結果的にお葬式に出仕するお寺様の人数が減っているのです。

一般のお客様はお寺様の人数が減ればお布施が安くなると思って

いらっしゃるのですが、それは事実ではありますが、

真実ではありません。

近年の葬儀代のお布施の目安として、お寺様〇名でいくらという

指標をいわゆる相場として使ってきた弊害ともいえます。

しかしながら、本来のそのお寺の檀家ならば、お寺様に〇名でいくら

ということでお布施の額を決めることは間違いです。

なぜならば、お布施は供養のこころで決めるべきだからです。

元来はその家の経済状況によって出せるだけの金額をお包みして、

寺院に寄進するのがお布施です。

ですから、お寺さまの人数に関係なく依頼をする人が思う

「供養のこころ」の対価をお支払いすればよいのですが、

現実はそのようにはなっていません。

お寺様を7人でも4人でも1人でも供養のこころが同じならば、

お布施は同額が正しいのですが、そうならないからこそ、

日本中の寺院様が現代社会において収入減となっているのです。















  

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Posted by フューネ三浦 at 09:16 │日々いろいろ

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2020年09月20日

葬儀の備え

新型コロナウィルスの影響で目に見えて減っているのが、

葬儀の事前相談の件数です。

3月から減り始め、4月・5月は緊急事態宣言の発出により、

ほぼ事前相談のお客様の来社はゼロになってしまいました。

6月以降は徐々にお客様が増えてきてはいますが、それでも

例年のお客様と比べると3割ダウンの状況です。

フューネではご来場に抵抗のあるお客様や遠隔地からの

ご相談に対応する為に、

24時間葬儀のネット相談サービスをzoomを使用して4月より

開始しました。




くわしくはコチラ↓
https://www.fune.ne.jp/online/online-soudan.html

現在のコロナ禍の中でのお葬式の施行には、通常では考えなくても

よいようなことも気を配らなければなりません。

そのようなアドバイスがお客様に事前に出来ればよかったのにという

ことが多々あるのが現状です。

非常時において、平常時の常識が通用しない現在、葬儀の事前相談の

重要性は非常時よりも増しているのに、実態は希望されるお客様が

減少していることは私たち葬儀社にとっても、お客様自身にとっても、

何も良いことではありません。

弊社調べのアンケートの結果で恐縮ですが、事前に葬儀の相談をして

いたお客様の満足度は94.5%と突出した結果となっています。

葬儀の事前相談は

①ご自身のするべきことを知る
②希望を叶える
③費用を知る
④わからないことを無くす

という効果があり、お客様の安心に直結するのです。



近年では、台風などの災害に備え、計画的に備えをすることで一定の

被害の軽減に成功していますが、葬儀においても「備え」をしておく

ことが後悔しないお葬式を実行する為には絶対に必要不可欠なこと

なのです。


  

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Posted by フューネ三浦 at 08:24 │お葬式の知識

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2020年09月10日

導くことの重要性

元来、お葬式で行われている各種宗教の儀礼は「導くこと」です。

仏教の場合は葬儀式を司る僧侶のことを導師を呼び、文字通り

お浄土へと導く師(先生)の役割を果たしています。

キリスト教式のお葬式においても神父もしくは牧師は言葉を

使い、今世での罪の懺悔と来世での安穏な生活を語っています。

神道のお葬式も神職が「祝詞」を使い神様の前でお祈りをします。




初めて行く場所へはナビゲーターが必要です。

私たちはクルマを運転していてもほとんど方がカーナビの便利さの

恩恵を受けています。

初めて潜る海、初めて登る山など特に大自然の前では誰かの

導きがなければ命の危険に簡単に晒されてしまうのです。




「導く」ということは未来を示すことです。

特に大切な方を無くされた人は未来を見つめることが出来なく

なります。人は過去へは残念ながら進むことが出来ないということは

頭では解っていても、過去の戻りたいという心情に陥ってしまうのが

葬儀中の心情です。

宗教に基づいてあの世まで導くことでご遺族の心の安寧を

担保することが宗教者の役割でありますが、葬儀社の役割は

ご遺族の皆様が悲しみを断ち切って早く、一刻でも早く

日常の生活に戻ることを後押しすることなのです。





  

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Posted by フューネ三浦 at 16:06 │お葬式の知識

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2020年08月22日

食事を共にするということ。

食事というのは人間が生きていく中で、単に栄養を補給するという

行為ではなく、五感を使って楽しむものです。

さらに、会食となると誰と食事をしたかということが一人で食事を

することの何倍も楽しく、共感や連帯感が生まれてくるのです。

大変残念なことに新型コロナウィルスの影響で会食ということに

私たちは多くの制約を受けることとなりました。一度に多くの方と

話しが出来る立食パーティーなんてものは完全に新型コロナウィルス

が収束しない限り難しくなってしまいました。

今、新型コロナウィルスと上手に付き合っていくことを意味する

「withコロナ」というキーワードがささやかれていますが、人と人とが

共に食事をすることにこれまで以上に工夫が必要でしょう。

それでも食事を共にするということは人間の営みの中では必要不可欠な

大切なことだと思うのです。



以前ブログ記事で再三、食に関する様々な角度から書いてきましたが、

やはり冠婚葬祭にとっては「食」というものは切っても切り離せない

ものです。しかしながら、今回の新型コロナウィルスは食を無理やり

切り離そうとしています。

コロナ禍の葬儀の現場では確かに食事の機会は減っていますが、

それでも家族が食事を共にしている時の楽しそうな笑い声はお葬式を

通じて集まった家族や親族の結びつきを再確認させて頂ける確かな

ものです。

食事を共にするということの機会を大切に考える時を今迎えている

のです。


  

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Posted by フューネ三浦 at 08:10 │お葬式の知識

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2020年08月11日

葬儀と電話

まだまだ携帯電話が普及する前の時代は公衆電話はとても重要な

道具でした。外出先で電話をするとなれば公衆電話でしたが、

私が一番公衆電話を使っていた時期というのはポケベルに

メッセージが入れることができる機能を備えたポケベルを

持っていた時でしょうか。一日に何回もポケベルにメッセージを

打つために公衆電話を探した思い出があります。

現代ではすっかり公衆電話そのものを見かけなくなってしまいました。

老いも若きもスマートフォンを持っている現代において公衆電話を

使用することは日常ではほとんどないでしょう。しかしながら、

スマートフォンを忘れた時や壊れた時、バッテリーが無くなって

使えない時の非常時にはとても役に立つ公衆電話ですし、

災害時の非常時においてもそのその存在は際立っていました。

さらに、携帯電話が普及してもしばらくは病院内で医療機器が

携帯電話から発せられる電磁波で誤作動を起こす危険性があり、

病院内での使用が禁止をされていた頃は事務所の電話の

ナンバーディスプレイに「コウシュウデンワ」と表示が出るとまず、

病院からの葬儀のご依頼であり、とても緊張したことがとても

懐かしいです。




さて、葬儀が発生した時はネット時代といえども、まだまだ電話の

役割は重要です。

まず、近親の方が亡くなり、葬儀社や宗教者に葬儀を依頼する時は

まず電話で依頼をしますし、メールやLINEでの葬儀依頼はゼロでは

ないのですが、とてもレアなケースなのです。

加えて訃報を関係者に知らせるのも電話がまだまだ主流です。

重要なことは緊急のことは電話が基本です。

しかしながら、LINE・フェースブック等での訃報の連絡に始まり、

最近では葬儀に参列が叶わない方にZOOMなどのテレビ電話の

機能を使った中継をされる方がとても増えてきています。

火葬場においても火葬場に行けない方にリアルタイムでLIVE中継を

するといったこともされる方が増えています。

それに伴い葬儀会館内・火葬場内でおいて撮影の禁止のエリアで

無許可で撮影をしてトラブルに発展するケースが頻発しているのは

今後の対策が急務です。



電話の進化ともに使用の用途が変わってきていますが、そもそも電話

すら普及していなかった時代の訃報の連絡は電報でした。

葬儀において人と人を繋げていく道具は音声から映像にシフトして

いくことだけは間違いのない方向性でしょう。








  

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Posted by フューネ三浦 at 08:34 │お葬式の知識

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2020年07月20日

結クラシカル東郷オープン

7月18日・19日の二日間。

フューネの11番目の直営葬儀会館「結クラシカル東郷」

無事、オープンすることができました。

当初は二日間とも雨の予報でしたが、おかげ様で初日の

一時間だけパラパラと降っただけであとは素晴らしいお天気に

恵まれました。

二日間で500名強のお客様がお越し頂き、コロナ禍の中のイベント

としては大変に盛況で終わることができました。

「古くて新しいもの」

「たそがれの時」

人生の最期を上質な時間で過ごすことのできるこれからの

新しい葬儀会館をフューネとして初めて尾張地区に進出することの

意味合いを込められたと思っています。

これからも、結クラシカル東郷をよろしくお願いいたします。

葬儀会館「結クラシカル東郷」のホームページ↓
https://www.fune.ne.jp/search/entry-369.html








  

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Posted by フューネ三浦 at 11:37 │イベント&ニュース

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2020年07月13日

7月18日 葬儀会館結クラシカル東郷をオープンします。






7月18日(土曜日)・19日(日曜日)にフューネ直営11番目の

葬儀会館「結クラシカル東郷」を東郷町春木台にオープンします。

オープン内覧会を午前10時から午後4時まで開催します。

人形供養祭と空くじ無しの大抽選会。

来場者全員に500円相当のお菓子の詰め合わせをプレゼント

します。

是非当日は新しい葬儀会館の見学にお越しください。


  

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Posted by フューネ三浦 at 09:10 │イベント&ニュース

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2020年06月21日

減りゆく花の消費

冠婚葬祭業にとって新型コロナウィルスの影響は甚大です。

特に結婚式は多くの方をお招きし、長時間、お酒の席が続くこと状態で

あり、三密が避けられないことに加えて、葬儀と比べれば不要不急では

ないことからほとんどの挙式の予約がキャンセルになってしまう

事態です。結婚式に限らず、お祝いの行事は軒並み中止もしくは

延期となっています。



冠婚葬祭において生花は切っても切れないアイテムであり、会場の装飾

という役割だけでなく、想いを伝える「カタチ」として無くては

ならないものです。

しかしながら、各種のお祝いの行事が激減していることから、

需要も激減であり、多くのお花が市場に出荷されずに生産者が

廃棄をするという事態であり、生産者・卸・小売りとも大変な打撃を

受けています。

では葬儀はどうなのかというと、昨今では日本のお花の消費の

約4割が葬儀というほど、葬儀におけるお花の消費の割合は

増えていました。

しかし、割合が増えているだけで葬儀におけるお花の消費は昔より

減っています。家族葬に代表される葬儀の小規模の化の波をまともに

受けているからなのです。

そのような現況に加えて新型コロナウィルスの影響でますます、

小規模化してしまい葬儀のお花の需要は急激に細くなって

しまったのです。



花は人の心に癒しや潤いを与えてくれます。

日常生活の空間において、無いより絶対にあったほうが良いものです。

必要なものなのに、重要が減って生産者や卸・小売り店の経営が

大変厳しくなっていることは冠婚葬祭業に携わるものとして

見過ごせない事態です。

コロナ禍の悪影響の無い業種は無いというくらいの現況ですが、

何とか守っていきたい業種なのです。




  

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Posted by フューネ三浦 at 08:24 │日々いろいろ

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2020年06月09日

香典もキャッシュレス

国家は推奨するキャッシュレス化の波は様々なものもキャッシュレスに

していきます。

お葬式の現場でも以前より未来を予測する時に

「香典もキャッシュレス」と思えば随分前から叫ばれていました。

現金を用意する手間だけでなく、のし袋を用意することなどの手間が

一瞬で「手間のかからない」ものに進化するキャッシュレス化は

必ず訪れる近い未来でした。

もうすでに一部の葬儀社でORコード決済を利用したキャッシュレス化

が始まっています。

まだまだ、実験段階のところがほとんどですが、香典の授受における

キャッシュレス化はある日を境に爆発的にヒットをする予感も

するのです。




有史以来、人間は便利さを求めて「手間のかかる」ことを

省略してきたのが歴史であり、進化です。

しかし反面、効率を優先することで大切な何かを

いつも失ってきました。

元来、冠婚葬祭というものは「手間のかかる」ことをあえて

手間をかけることによって成立するものです。

キャッシュレス化は便利ですが、香典を渡す、受けるという

本来の意義をちゃんと継承していかなければ、ただの

お金の寄付行為になってしまうことに非常に危惧のです。

とはいえ、お葬式の現場に新しい感覚が入ってくることは

良いことです。

そして、新型コロナウィルスのおかげで、葬儀に参列する方に

何らかの制限を設ける方が多くなり、ネット環境を利用したライブ動画

で葬儀に参加する方も増えてきました。

このような方が香典をお供えするのにキャッシュレスはとても有効な

手段になっています。




古くからの葬送文化を守りつつ、新しいものを開発していく

姿勢はこれからもフューネが大切にしていきたいことなのです。













  

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Posted by フューネ三浦 at 08:32 │お葬式の知識

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2020年05月23日

ニューズウィーク日本版「CHALLENGING INNOVATOR」に掲載されました。




この度、ニューズウィーク日本版のWEB記事

「CHALLENGING INNOVATOR」に

私が掲載されました。

よろしければ、ご覧ください。

下記アドレスからご覧ください。↓
https://challenger.newsweekjapan.jp/guest.php/miura_naoki/  

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Posted by フューネ三浦 at 10:51 │イベント&ニュース

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2020年05月18日

ご遺体に触れることの大切な価値観

ついに日本でも交通事故でお亡くなりになられた方が

実は新型コロナウィルスの陽性であったということが起きました。

葬儀社にとって新型コロナウィルスの一番の脅威は陽性でお亡くなり

になられたことが解っている方ではなくて、いわゆる普通の死因で

お亡くなりになられたはずの方が陽性患者であったというケースです。

残念ながら、新型コロナウィルスに罹患し、病院で治療を受けて

亡くなった方の場合は必ず病院から死因の告知があり、

私たち葬儀社の社員も防護服・マスク・ゴーグル・手袋と完全防備で

ご遺体と対峙することになります。

正しい装備の使い方をしていれば、まず感染するリスクはない

のですが、陽性患者であったことがご遺体の接触の後に判明することは

極めて危険な状態です。

なぜかというと、ご遺体を素手で触るからなのです。

公衆衛生の観点からいえば、ご遺体に付随しているあまたの雑菌に

対して素手で触るということは新型コロナウィルスうんぬんに

関わらず、とても危険な行為です。

そこまでわかっていてなぜ葬儀社の社員が基本的に

ご遺体を触れる時に素手なのかというと、死体としてではなく

「生きている人」という観点でいるからなのです。

ご遺族にとってはお亡くなりになられた方は「生きています」。

ですから、人間の尊厳を冒す行為はご法度であり、間違って

私たちが「死体」と呼ぶことはありません。

百歩譲って「ご遺体」という言葉で呼ぶのです。



しかしながら、新型コロナウィルスという未知の命の危険に晒される

ウィルスの前に私たち葬儀社が大切にしてきたご遺体に対する尊厳

さえも脅かすことになってしまっているのです。

従前のように、「生きている」人に触れるのに手袋・マスクの着用は

失礼ではないかということと、自分自身の身の安全を守る為には

着用するべきという観点の葛藤がそこにあるのです。



良くも悪くも、命を危険を晒すウィルスの前にこれまでの常識と

呼ばれる概念や観念は崩壊しました。

同時に新たな価値観が生まれてきます。

ご遺体に触れることの大切な価値観もアフターコロナにおいて

大きく変化する予感がするのです。











  

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Posted by フューネ三浦 at 08:18 │お葬式の知識

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2020年05月08日

死を想え!(メメント・モリ)






今年の3月18日に中日新聞で2017年12月から2019年3月までの

長期連載記事であった「メメント・モリ」に加筆されて書籍として

発売されました。本のタイトルは

「死を想え(メメント・モリ)! 多死社会ニッポンの現場を歩く」

であり、フューネの納棺の取り組みを以前、連載記事として取り上げて

頂いた部分がそのまま219・220ページに掲載されています。

よろしければ、現代の終活事情の問題点が解りやすくまとめて

ありますので、興味のある方は是非ともご購入ください。




新型コロナウィルスが猛威をふるっている現況で、「メメント・モリ」

という本のタイトルは本当にタイムリーです。

「メメント・モリ」という言葉は中世のヨーロッパで使われたラテン語

の警句であり、日本語に訳すと「死を想え」とか「死を忘れるな」

という言葉になります。

「メメント・モリ」という言葉が生まれた歴史的な背景には伝染病の

黒死病(ペスト)の猛威により、人命が次々に奪われたという悲劇

の時の警句であったのです。まさに今の新型コロナウィルスと同じ

歴史的共通点があるのでタイムリーという表現を使わせて頂いて

いるのです。

地球上にいるすべての人が命の危険に晒されている現在、

私たちは否応なしに「死」の恐怖と隣合わせの状態です。

平和な時では考えない「死」を真剣に考えられる時なのです。

世界的に経済活動に対して甚大な犠牲を強いても、守って

いるのは人の命であり、命の重さに大小はないのですが、

助かる命と助からない命の選別さえ要求される医療崩壊寸前の

医療現場が世界中にあることを考えると今は非常時であることは

間違いの無い事実です。



非常時は日常時の常識は通用しません。

非常時だからこそ、「死」というテーマから逃げることなく、

向き合って、それぞれの命を大切にする時なのです。









  

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Posted by フューネ三浦 at 08:20 │お葬式の知識

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