2020年10月22日

お寺様が来ない

お葬式を生業にしていると想定外のハプニングやトラブルの発生は

日常茶飯事のことです。

人と人が交わる以上、様々な事故や誤解、感情の起伏による

トラブルなどなどがありますが、意外に多く、そして葬儀のプロとして

冷や汗をかくのが、「お寺様が来ない」ということです。

葬儀のスケジュールは結構、分刻みで動いており、遅れは

多くのお客様をお待たせすることで多大な迷惑をかけるばかりでなく、

葬儀後に火葬をする場合は火葬場のスケジュールを大きく狂わせる

ことになり、他の火葬を予定しているご葬家様にもご迷惑をおかけ

することになってしまいます。

お寺様が予期しない交通事故で大渋滞に巻き込まれて時間までに

辿りつけないことは不可抗力の部分もあり、仕方の無いことですが、

通夜・葬儀の場所を間違えて別の会場に行ってしまったとか、

そもそも、通夜や葬儀の日取りを勘違いしていたという明らかな

お寺様のヒューマンエラーは苦言の一つも言いたくなるものです。



お寺様が大幅に遅れて来られて通夜のお勤めや葬儀の式典が

出来ずにご弔問のお客様にはご焼香だけをしてお帰り頂いたなんて

いうことはこれまでに何度も経験をさせて頂いていますが、本当に

故人様にとって人生の一回きりのお葬式が台無しになってしまうことは

葬儀社としてはあってはならないことで、冷や汗がとまりません。

お葬式はやり直すことが出来ない人生における大切な儀式です。





お寺様のヒューマンエラーで来られないということもありますが、

体調に変調があったり、人身事故で救急車で運ばれたりして来ることが

出来なくなることもあります。

とにかく葬儀会場までお気をつけてお越し頂きたいと願うのみですが、

それも含めて何があっても対応できるように時間には充分に余裕を持って

行動することはプロとしては絶対に大切なことですね。

















  

Posted by フューネ三浦 at 10:31 │お葬式の知識

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2020年09月20日

葬儀の備え

新型コロナウィルスの影響で目に見えて減っているのが、

葬儀の事前相談の件数です。

3月から減り始め、4月・5月は緊急事態宣言の発出により、

ほぼ事前相談のお客様の来社はゼロになってしまいました。

6月以降は徐々にお客様が増えてきてはいますが、それでも

例年のお客様と比べると3割ダウンの状況です。

フューネではご来場に抵抗のあるお客様や遠隔地からの

ご相談に対応する為に、

24時間葬儀のネット相談サービスをzoomを使用して4月より

開始しました。




くわしくはコチラ↓
https://www.fune.ne.jp/online/online-soudan.html

現在のコロナ禍の中でのお葬式の施行には、通常では考えなくても

よいようなことも気を配らなければなりません。

そのようなアドバイスがお客様に事前に出来ればよかったのにという

ことが多々あるのが現状です。

非常時において、平常時の常識が通用しない現在、葬儀の事前相談の

重要性は非常時よりも増しているのに、実態は希望されるお客様が

減少していることは私たち葬儀社にとっても、お客様自身にとっても、

何も良いことではありません。

弊社調べのアンケートの結果で恐縮ですが、事前に葬儀の相談をして

いたお客様の満足度は94.5%と突出した結果となっています。

葬儀の事前相談は

①ご自身のするべきことを知る
②希望を叶える
③費用を知る
④わからないことを無くす

という効果があり、お客様の安心に直結するのです。



近年では、台風などの災害に備え、計画的に備えをすることで一定の

被害の軽減に成功していますが、葬儀においても「備え」をしておく

ことが後悔しないお葬式を実行する為には絶対に必要不可欠なこと

なのです。


  

Posted by フューネ三浦 at 08:24 │お葬式の知識

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2020年09月10日

導くことの重要性

元来、お葬式で行われている各種宗教の儀礼は「導くこと」です。

仏教の場合は葬儀式を司る僧侶のことを導師を呼び、文字通り

お浄土へと導く師(先生)の役割を果たしています。

キリスト教式のお葬式においても神父もしくは牧師は言葉を

使い、今世での罪の懺悔と来世での安穏な生活を語っています。

神道のお葬式も神職が「祝詞」を使い神様の前でお祈りをします。




初めて行く場所へはナビゲーターが必要です。

私たちはクルマを運転していてもほとんど方がカーナビの便利さの

恩恵を受けています。

初めて潜る海、初めて登る山など特に大自然の前では誰かの

導きがなければ命の危険に簡単に晒されてしまうのです。




「導く」ということは未来を示すことです。

特に大切な方を無くされた人は未来を見つめることが出来なく

なります。人は過去へは残念ながら進むことが出来ないということは

頭では解っていても、過去の戻りたいという心情に陥ってしまうのが

葬儀中の心情です。

宗教に基づいてあの世まで導くことでご遺族の心の安寧を

担保することが宗教者の役割でありますが、葬儀社の役割は

ご遺族の皆様が悲しみを断ち切って早く、一刻でも早く

日常の生活に戻ることを後押しすることなのです。





  

Posted by フューネ三浦 at 16:06 │お葬式の知識

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2020年08月22日

食事を共にするということ。

食事というのは人間が生きていく中で、単に栄養を補給するという

行為ではなく、五感を使って楽しむものです。

さらに、会食となると誰と食事をしたかということが一人で食事を

することの何倍も楽しく、共感や連帯感が生まれてくるのです。

大変残念なことに新型コロナウィルスの影響で会食ということに

私たちは多くの制約を受けることとなりました。一度に多くの方と

話しが出来る立食パーティーなんてものは完全に新型コロナウィルス

が収束しない限り難しくなってしまいました。

今、新型コロナウィルスと上手に付き合っていくことを意味する

「withコロナ」というキーワードがささやかれていますが、人と人とが

共に食事をすることにこれまで以上に工夫が必要でしょう。

それでも食事を共にするということは人間の営みの中では必要不可欠な

大切なことだと思うのです。



以前ブログ記事で再三、食に関する様々な角度から書いてきましたが、

やはり冠婚葬祭にとっては「食」というものは切っても切り離せない

ものです。しかしながら、今回の新型コロナウィルスは食を無理やり

切り離そうとしています。

コロナ禍の葬儀の現場では確かに食事の機会は減っていますが、

それでも家族が食事を共にしている時の楽しそうな笑い声はお葬式を

通じて集まった家族や親族の結びつきを再確認させて頂ける確かな

ものです。

食事を共にするということの機会を大切に考える時を今迎えている

のです。


  

Posted by フューネ三浦 at 08:10 │お葬式の知識

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2020年08月11日

葬儀と電話

まだまだ携帯電話が普及する前の時代は公衆電話はとても重要な

道具でした。外出先で電話をするとなれば公衆電話でしたが、

私が一番公衆電話を使っていた時期というのはポケベルに

メッセージが入れることができる機能を備えたポケベルを

持っていた時でしょうか。一日に何回もポケベルにメッセージを

打つために公衆電話を探した思い出があります。

現代ではすっかり公衆電話そのものを見かけなくなってしまいました。

老いも若きもスマートフォンを持っている現代において公衆電話を

使用することは日常ではほとんどないでしょう。しかしながら、

スマートフォンを忘れた時や壊れた時、バッテリーが無くなって

使えない時の非常時にはとても役に立つ公衆電話ですし、

災害時の非常時においてもそのその存在は際立っていました。

さらに、携帯電話が普及してもしばらくは病院内で医療機器が

携帯電話から発せられる電磁波で誤作動を起こす危険性があり、

病院内での使用が禁止をされていた頃は事務所の電話の

ナンバーディスプレイに「コウシュウデンワ」と表示が出るとまず、

病院からの葬儀のご依頼であり、とても緊張したことがとても

懐かしいです。




さて、葬儀が発生した時はネット時代といえども、まだまだ電話の

役割は重要です。

まず、近親の方が亡くなり、葬儀社や宗教者に葬儀を依頼する時は

まず電話で依頼をしますし、メールやLINEでの葬儀依頼はゼロでは

ないのですが、とてもレアなケースなのです。

加えて訃報を関係者に知らせるのも電話がまだまだ主流です。

重要なことは緊急のことは電話が基本です。

しかしながら、LINE・フェースブック等での訃報の連絡に始まり、

最近では葬儀に参列が叶わない方にZOOMなどのテレビ電話の

機能を使った中継をされる方がとても増えてきています。

火葬場においても火葬場に行けない方にリアルタイムでLIVE中継を

するといったこともされる方が増えています。

それに伴い葬儀会館内・火葬場内でおいて撮影の禁止のエリアで

無許可で撮影をしてトラブルに発展するケースが頻発しているのは

今後の対策が急務です。



電話の進化ともに使用の用途が変わってきていますが、そもそも電話

すら普及していなかった時代の訃報の連絡は電報でした。

葬儀において人と人を繋げていく道具は音声から映像にシフトして

いくことだけは間違いのない方向性でしょう。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:34 │お葬式の知識

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2020年06月09日

香典もキャッシュレス

国家は推奨するキャッシュレス化の波は様々なものもキャッシュレスに

していきます。

お葬式の現場でも以前より未来を予測する時に

「香典もキャッシュレス」と思えば随分前から叫ばれていました。

現金を用意する手間だけでなく、のし袋を用意することなどの手間が

一瞬で「手間のかからない」ものに進化するキャッシュレス化は

必ず訪れる近い未来でした。

もうすでに一部の葬儀社でORコード決済を利用したキャッシュレス化

が始まっています。

まだまだ、実験段階のところがほとんどですが、香典の授受における

キャッシュレス化はある日を境に爆発的にヒットをする予感も

するのです。




有史以来、人間は便利さを求めて「手間のかかる」ことを

省略してきたのが歴史であり、進化です。

しかし反面、効率を優先することで大切な何かを

いつも失ってきました。

元来、冠婚葬祭というものは「手間のかかる」ことをあえて

手間をかけることによって成立するものです。

キャッシュレス化は便利ですが、香典を渡す、受けるという

本来の意義をちゃんと継承していかなければ、ただの

お金の寄付行為になってしまうことに非常に危惧のです。

とはいえ、お葬式の現場に新しい感覚が入ってくることは

良いことです。

そして、新型コロナウィルスのおかげで、葬儀に参列する方に

何らかの制限を設ける方が多くなり、ネット環境を利用したライブ動画

で葬儀に参加する方も増えてきました。

このような方が香典をお供えするのにキャッシュレスはとても有効な

手段になっています。




古くからの葬送文化を守りつつ、新しいものを開発していく

姿勢はこれからもフューネが大切にしていきたいことなのです。













  

Posted by フューネ三浦 at 08:32 │お葬式の知識

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2020年05月18日

ご遺体に触れることの大切な価値観

ついに日本でも交通事故でお亡くなりになられた方が

実は新型コロナウィルスの陽性であったということが起きました。

葬儀社にとって新型コロナウィルスの一番の脅威は陽性でお亡くなり

になられたことが解っている方ではなくて、いわゆる普通の死因で

お亡くなりになられたはずの方が陽性患者であったというケースです。

残念ながら、新型コロナウィルスに罹患し、病院で治療を受けて

亡くなった方の場合は必ず病院から死因の告知があり、

私たち葬儀社の社員も防護服・マスク・ゴーグル・手袋と完全防備で

ご遺体と対峙することになります。

正しい装備の使い方をしていれば、まず感染するリスクはない

のですが、陽性患者であったことがご遺体の接触の後に判明することは

極めて危険な状態です。

なぜかというと、ご遺体を素手で触るからなのです。

公衆衛生の観点からいえば、ご遺体に付随しているあまたの雑菌に

対して素手で触るということは新型コロナウィルスうんぬんに

関わらず、とても危険な行為です。

そこまでわかっていてなぜ葬儀社の社員が基本的に

ご遺体を触れる時に素手なのかというと、死体としてではなく

「生きている人」という観点でいるからなのです。

ご遺族にとってはお亡くなりになられた方は「生きています」。

ですから、人間の尊厳を冒す行為はご法度であり、間違って

私たちが「死体」と呼ぶことはありません。

百歩譲って「ご遺体」という言葉で呼ぶのです。



しかしながら、新型コロナウィルスという未知の命の危険に晒される

ウィルスの前に私たち葬儀社が大切にしてきたご遺体に対する尊厳

さえも脅かすことになってしまっているのです。

従前のように、「生きている」人に触れるのに手袋・マスクの着用は

失礼ではないかということと、自分自身の身の安全を守る為には

着用するべきという観点の葛藤がそこにあるのです。



良くも悪くも、命を危険を晒すウィルスの前にこれまでの常識と

呼ばれる概念や観念は崩壊しました。

同時に新たな価値観が生まれてきます。

ご遺体に触れることの大切な価値観もアフターコロナにおいて

大きく変化する予感がするのです。











  

Posted by フューネ三浦 at 08:18 │お葬式の知識

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2020年05月08日

死を想え!(メメント・モリ)






今年の3月18日に中日新聞で2017年12月から2019年3月までの

長期連載記事であった「メメント・モリ」に加筆されて書籍として

発売されました。本のタイトルは

「死を想え(メメント・モリ)! 多死社会ニッポンの現場を歩く」

であり、フューネの納棺の取り組みを以前、連載記事として取り上げて

頂いた部分がそのまま219・220ページに掲載されています。

よろしければ、現代の終活事情の問題点が解りやすくまとめて

ありますので、興味のある方は是非ともご購入ください。




新型コロナウィルスが猛威をふるっている現況で、「メメント・モリ」

という本のタイトルは本当にタイムリーです。

「メメント・モリ」という言葉は中世のヨーロッパで使われたラテン語

の警句であり、日本語に訳すと「死を想え」とか「死を忘れるな」

という言葉になります。

「メメント・モリ」という言葉が生まれた歴史的な背景には伝染病の

黒死病(ペスト)の猛威により、人命が次々に奪われたという悲劇

の時の警句であったのです。まさに今の新型コロナウィルスと同じ

歴史的共通点があるのでタイムリーという表現を使わせて頂いて

いるのです。

地球上にいるすべての人が命の危険に晒されている現在、

私たちは否応なしに「死」の恐怖と隣合わせの状態です。

平和な時では考えない「死」を真剣に考えられる時なのです。

世界的に経済活動に対して甚大な犠牲を強いても、守って

いるのは人の命であり、命の重さに大小はないのですが、

助かる命と助からない命の選別さえ要求される医療崩壊寸前の

医療現場が世界中にあることを考えると今は非常時であることは

間違いの無い事実です。



非常時は日常時の常識は通用しません。

非常時だからこそ、「死」というテーマから逃げることなく、

向き合って、それぞれの命を大切にする時なのです。









  

Posted by フューネ三浦 at 08:20 │お葬式の知識

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2020年04月19日

加速し始めた少子高齢化社会

厚生労働省が昨年12月24日発表した2019年の人口動態統計の

年間推計で日本人の国内出生数は86万4千人となり前年比で

5.92%減と急減し、1899年の統計開始以来初めて90万人を

下回りました。

出生数が死亡数を下回る人口の「自然減」も51万2千人と

初めて50万人を超えました。

私の住んでいる愛知県豊田市の人口よりも多い51万人が

たった一年間で日本からいなくなってしまうという現実はなかなか

衝撃的であり、国も放置できない水準であります。

単純に人口が減るということは消費が減るということです。

消費が減るということは経済が衰退するということに繋がりますから、

人口が減るということは実はとても恐ろしいことなのです。




人口が減るのにお亡くなりなられる人が増えていくということは当然に

残された人々の負担が増えていくということです。

このような時代の背景が葬儀の小規模化・簡素化に流れになって

きています。

葬儀社の社長として言わせて貰えるのであれば、葬儀の小規模化は

仕方ないことだとしても、葬儀の簡素化は納得できるもの

ではありません。

お金をかけなくても出来る弔いの方法はたくさんありますが、

葬儀の小規模化という理由にかこつけて、「簡素化」を推進して

しまっているのです。

親をおくるこころは「簡素化」ということばとは相性は悪いはず

なのですが、昨今の葬儀の世情を鑑みるとどこかおかしい方向に

進んでいるような気がしてならないのです。
















  

Posted by フューネ三浦 at 14:07 │お葬式の知識

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2020年04月08日

「備えあれば患いなし」とはいかず。新型コロナウィルスの対応

新型コロナウィルスの猛威は本日現在、先が見えずに不安や恐怖が

日に日に増すばかりです。

国民的コメディアンの志村けんの死は新型コロナウィルスをどことなく

他人事と捉えていた人々に恐ろしさを知らしめる警鐘となり、著名人の

死の影響はとても大きい衝撃でした。

重症化すると死までの期間がとても短く、昨日まで普通に会話を

していた人が翌日には亡くなっているという現実はとても

ショッキングなことであり、遺族の方が恐ろしいのは死ぬことよりも、

発症しても家族にも会えず、亡くなっても顔をみることも叶わず、

本人も家族を孤独を味わって逝くという最期は人生の終わりとして

とつもなく無残なことだと思います。



葬儀社は「死」を扱う以上、新型コロナウィルスに感染しお亡くなりに

なられる方からの葬儀を依頼を想定しなければなりません。

日本国内で初めて新型コロナウィルスに感染した人が発生した

2020年1月中旬にはもしかしたらいう状況を想定しはじめました。

実際にお亡くなりになられる方が発生しても、新型コロナウィルスに

罹患したご遺体の処置の方法を解らない状態でした。

2月末に名古屋市の火葬場が受け入れのガイドラインをリリースし

ご遺体を密封した専用の袋(納体袋)に入っていることが受け入れの

条件であることが解りました。火葬においては死から24時間以内は

火葬をしていけないという法律があるのですが、法定伝染病は

この原則の例外ですぐに火葬をしなければなりません。

新型コロナウィルスは法定伝染病扱いで例外かどうかという情報も

2月の中旬頃に厚生労働省がやっと発信しました。しかしながら、

発信した情報だけでは重要な情報がほとんど反映されておらず、

これだけでは現場が混乱してしまうレベルでした。

足らない重要な情報は地元の保健所や医療機関と確認して

いざという時の対策を練ってきました。




新型コロナウイルス感染症で死亡した人の遺体を医療機関が

葬儀業者に引き渡す際には、感染していたことについて

伝達を徹底するよう求める事務連絡を全国の自治体に通知したのは

志村けんさんが亡くなったというニュースが流れた3月30日です。

葬儀社の立場からいえば「遅い」の一言につきますが、現場の混乱を

考えると仕方がないという側面は理解はしています。

しかしながら、ご遺体の処理の方法という点において

「備えあれば患いなし」とはいきませんでした。

備えがないことで一番被害を受けるのはいつも現場にいるスタッフ

なのです。

それでも新型コロナウィルス発生から3か月以上が経ち、

当初全く無かったマスクや防護服・納体袋もなんとか確保でき、

国や都道府県・医療機関・火葬場との新型コロナウィルスの

ご遺体の取り扱い方の情報の伝達・共有も整ってきました。

備えはやっと整いつつあります。

準備ができた安心感はありますが、準備したものを使うことが

ないことを祈らずにはいられません。

犠牲者を最小限に抑えること、一刻も早い収束を心より願っています。






























  

Posted by フューネ三浦 at 09:19 │お葬式の知識

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2020年02月03日

新型コロナウィルスの裏で

中国、武漢から発生した新型コロナウィルスの猛威が世界中の人々を

恐怖に落としいれています。

罹患しても、完全に治す方法が解らないということは本当に恐ろしい

ことです。不安と恐怖の違いは対象物が見えるか見えないかと

いうことです。

ここでは治療法が解れば「不安」に変わりますが、現状のままでは

治療法が解っていないので「恐怖」となります。

「恐怖」から「不安」に、そして「安心」を一刻も早く全世界の人々に

提供をして頂きたいものです。



さて、連日報道される新型コロナウィルスの感染者の増大や死亡者の

増大を見ているとそればかりに意識が偏ってしまうのですが、私たちが

生活をしている日常では毎日、多くの方が様々な理由でお亡くなりに

なられています。

特にこの時期はインフルエンザから症状が重篤し、お亡くなりに

なられるというようなケースもあり、注意が必要です。

実際にインフルエンザで毎年日本で約1万人の方が亡くなっています。

連日報道されている武漢市でも新型コロナウィルス以外の原因で

お亡くなりになられる方が毎日多くいるはずですが、お葬式も

ウィルスを警戒して満足に出来ていないということです。

人間にはひとりひとり尊厳があり、その尊厳を守ることが人格を

認めることに繋がりますが、お葬式は人間の尊厳を守る為には絶対に

必要なものです。虫などの動物が死ぬのと人の死は同列に扱うことは

絶対にできないのです。

尊厳の無い葬儀が行われてしまう現況は非常事態です。

尊厳のあるお葬式が出来るということは言い換えれば平和であるとも

いえるのです。

一刻も早く平穏な日々になることを願ってやみません。




  

Posted by フューネ三浦 at 09:31 │お葬式の知識日々いろいろ

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2019年12月16日

1日葬

「1日葬」という言葉を聞いてどのようなお葬式かイメージが

できますでしょうか。

簡単に説明すれば、読んで字のごとく、通常は通夜・葬儀と2日間で

行う一連の儀式ですが、一日に短縮して行ってしまうというものです。

実際の葬儀の現場ではほとんどの場合は通夜を省略して、葬儀のみ

行うということがほとんどです。稀ではありますが、その逆もあり、

通夜のみを行って(正しくは通常通夜の時間帯に葬儀を行い、翌日は

出棺のみという形態)当日は何もしないというケースもあります。

一日葬という形態は今に始まったことではなく、昔から存在する

のですが主に企業・団体の大規模のお葬式で、すでに密葬を

済ませた状態での1日葬の選択でした。



数年前から徐々に増えてきた「一日葬」という葬儀の形態ですが、

ここ最近非常に増えてきたように実感します。

増えてきた背景にはネット上で一日葬の情報が誰でも簡単に

手に入るようになったこと。

コスト面で一日葬のほうが安いということがあるのです。

背景はそのような理由ですが、お客様の根底には

「通夜も葬儀も同じことを2回もすることに意味がない」

と思っている方が多いということでしょう。

断りしておきますが、何度もこのブログで説明していますが、

「通夜」と「葬儀」の意味合いは元来、全く別物です。

しかしながら、単に参列するなら参列者にとって便利な時間帯を

選べるという程度のことになってしまっているのが実情です。

一日葬を選択されるお客様のほとんどが「家族葬」です。

つまり、一般の弔問客の利便性を全く考えなくてよくなったことが

一日葬が増えている一番の要因なのです。












  

Posted by フューネ三浦 at 10:30 │お葬式の知識

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2019年11月15日

最高の人生の見つけ方



先日、吉永小百合と天海祐希の主演の映画「最高の人生の見つけ方」を

観てきました。


最高の人生の見つけ方公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/saikonojinsei/



この映画は2007年から公開され世界中で大ヒットした同名ハリウッド

映画を原案に、日本映画としてリメイクしたものです。

末期がんの主役の二人が死ぬまでにやりたいことリストを基に

様々なことにチャレンジするストーリーとなっています。

2007年のハリウッド映画はジャック・ニコルソンと

モーガン・フリーマンが共演した同名映画も私は観ましたが、

「死ぬまでにやりたいことリスト」を

「バケットリスト」と言い、日本語に訳すと「棺おけリスト」

と呼ばれるのです。

人生は終わりよければすべて良しというところがあり、

人生の前半に苦労することと人生の後半に苦労することを比べれば

圧倒的に人生の前半の苦労の方が幸福度は増すという統計も

あるのです。


自分自身の生き方、そして死に方を考えるにはとても意味のある

映画であり、オススメです。


今回主役の吉永小百合さんももクロのライブの映像や

ウエディングドレス姿はとても美しく魅力的でした。

ファンの方にはたまらない一作だと思います。






  

Posted by フューネ三浦 at 14:54 │お葬式の知識日々いろいろ

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2019年11月05日

お葬式は出会いの場

「弔問外交」という言葉が存在するようにお葬式の場は人と人が

交差する交差点であり、出会いの場であり、再会の場です。

私の仕事の役得の一つに「同級生と再会」出来ることというもの

があります。

普段は地元にいてもめっきり会わなくなった同級生にも葬儀とご依頼を

頂くことで何十年振りに再会することも出来ますし、地元を離れ

活躍している同級生にも近親者の死によって帰郷しこれまた

再会することが出来ることの多さは葬儀という仕事に就いたものの

特権のようなことです。



本来の「出会いの場」であるお葬式が人と人繋がりの希薄さが近年、

顕著になってきています。家族葬の増加によって弔問客の減少して

いることは説明をするまでもないと思いますが、従来のお葬式に

おいても弔問客は減少しています。

減少している一番の原因は「通夜と葬儀のどちらかに出席すれば良い」

という考え方の方がすごく増えていることだと思います。

昔は通夜と葬儀の両方に出席していた方がどちらかだけの出席により

弔問客は家族葬でなくても減少するのです。

結果的に希薄化に繋がり、人と人との出会いの回数も減少するのです。



元来、お葬式は人と人のご縁や目に見えない絆で結ばれていることを

実感できる場であるのです。

簡素化・簡略化は時代の流れとはいえ、お葬式が出会いの場であること

と考えると多くの人々の人生において少し損をしているように

思うのです。














  

Posted by フューネ三浦 at 08:30 │お葬式の知識

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2019年07月30日

ご馳走を食べる

冠婚葬祭の各種の行事は生まれて死ぬまでの人生における

ライフイベントであり、必ずと言ってよいほど食事が提供されます。

ご参集頂いた皆さまが一同に会し、同じ空間で同じものを食べる

という行為は冠婚葬祭においては非常に大切なことであり、

その行為を「共有」することで一族の結束を含めた人間の絆を

強くしていくものです。

そして、冠婚葬祭において提供される食事はいわゆる「ご馳走」

です。しかし、飽食と言われる現代において必ずしも冠婚葬祭に

提供される食事は「ご馳走」と感じない方が増えています。

特に葬儀における食事をご馳走と感じない方が増えています。

家族葬などの小規模なお葬式が増えたことで、祭壇なども

予算をかけないで行うことが増えてはきていますが、同時に

多くの方々に振る舞っていた食事も気が付けば家族だけという

場合もあり、このような場合はお腹が満たされれば良いという考え

が優先されてしまうことも多くなってきました。



昔はお正月・お盆くらいしか食べれなかったお寿司も毎週当たり前の

ように食べることの出来る時代に本当の意味のご馳走は冠婚葬祭に

おいて必要が無いと考える方も増えています。

言葉の意味からの「ご馳走」とはおもてなしをする側が四方八方に

走りまわって、かき集めた「食材」を使って振る舞う食事が

ご馳走であり、そういった本来の意味のご馳走を食べることのできる

機会は冠婚葬祭においては壊滅しているかもしれません。

美味しい料理を食べたいという欲求は誰もがあると思いますが、

本当に心のこもったご馳走を食べることが本当意味で幸せなことだと

思います。

そういった意味では葬儀における食事がご馳走だと評価されない

現状は私自身も多いに反省しなければならないことのひとつなのです。







  

Posted by フューネ三浦 at 08:24 │お葬式の知識

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2019年04月10日

平成時代に普及した葬儀会館

いよいよ、4月30日で平成の世も終わり、「令和」という新しい時代

を迎えます。平成時代の30年間は近代の日本において唯一、

戦乱に直接巻き込まれなかった時代であり、戦争の無い時代と

いういうのは文化レベルが発達すると共に豊かさを享受できる時代で

あったはずです。

平成時代に普及したものはたくさんありますが、大きなところでは

電話とカメラでしょうか。持ち運びが出来て映像も画像もストレスなく

受送信できる現在の世情は平成の初期には考えられないことです。

技術の進化はAIや決済も現金を必要としない世の中になる令和の時代

を予見していますが、そのインフラを構築できたのは平成の世で

あったはずです。



さて、葬儀の業界も平成の時代に革命的な変革がありました。

それは「葬儀会館で葬儀を行う」という文化が確立したことです。

弊社の一号店である葬儀会館「葬場殿」が誕生したのは

平成5年のことで豊田市では他社に先駆けて初でしたし、

愛知県内でもかなり初期のことでした。

葬儀会館ができた一年目、葬儀会館のシェア率はわずか3%で

多くの方から「ミウラさんがあんなもの作ったけど、葬儀は自宅

やお寺でやるに決まっとる。潰れれるで」

というお言葉を頂きました。

当時は自宅や寺院でお葬儀をすることが常識であり、民間の会社が

葬儀の専用会館を作る意味が残念ながらお客様には浸透

をしなかったのです。

平成の時代が終わる現代では葬儀会館での葬儀のシェア率はフューネの

場合は98%でいかに普及をしたかは説明するまでもありません。

しかしながら、「お葬式は葬儀会館でするもの」という現代の常識は

昭和の時代には全くなかったということはご理解頂きたいのです。

つまり、葬儀の歴史において「葬儀会館」は平成の時代の象徴的な

ものになのです。



令和という新しい時代には葬儀のあり方も平成の時代に生まれた常識が

覆されそうな予見が表われはじめています。

時代の変化から生まれる新しい常識にフューネという会社は絶えず

チャレンジしていきたものです。








  

Posted by フューネ三浦 at 13:17 │お葬式の知識日々いろいろ

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2019年03月29日

キャッシュレス時代とお葬式

今年の10月に消費税が10%に税率がアップするのに伴い、

現金以外の方法で決済するとキャッシュバックが受けられるという

何とも不可解な政策を国が推進します。

増税の影響で景気悪化を避けることと、キャッシュレス化が主要国と

比べて遅れている日本の現況をインバウンド対策も含めて行なうと

いうものです。最近はORコード決済という新たな決済方法も誕生して

消費者にとって決裁方法を何を使うのかということも「迷える」ほど

多彩です。



お葬式の支払いでもキャッシュレス化は徐々ではありますが、

進んでいます。

クレジットカードで葬儀代金の支払いのできる葬儀社は近年飛躍的に

増えてきています。フューネでは20年以上前からクレジットカードで

葬儀代金の支払いができるのですが、最近の利用率は

上がり続けています。

インターネット上のサイトではお寺様のお布施もクレジットカードで

支払い可能なサービスがある昨今、お葬式もキャッシュレス化は

無関係ではないのです。



お葬式では弔問者が持参する「香典」。

当然のことながら現金ですが、この先、ORコード決済が普及する

ことで、キャッシュレスで香典をお支払いすることの出来るサービスは

実現可能なことです。

先日、東京のあるお寺様が賽銭箱の上にORコード決済が出来るORを

掲示してニュースで話題になっていました。

お賽銭もご香典も充分にキャッシュレス化に進んでいく可能性は

あるのです。



結婚式もお年玉も冠婚葬祭に関わるお金は基本現金でやり取りする

ことが今後も大勢を占めると思うのですが、

LINEPAYなどの送金の仕組みを使えば、簡単に親から子供に

お小遣いを渡すことがすでに出来る世の中であることを考えると、

お年玉袋そのものが無くなってしまうことも否定できません。

私たちが想像している以上にキャッシュレス化は早いのかも

しれないですね。








  

Posted by フューネ三浦 at 08:27 │お葬式の知識

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2019年03月09日

働く

「働く」ことは「傍(はた)を楽にすること」だと学生時代恩師の先生に

教えられたことがあります。

実際に誰かの為に役に立つ何かをすることが働くことでしょうし、

他人の役に立つことはそもそも大切なことです。

人間は神様から「働く」ことを本能的に出来るように遺伝子に

組み込まれているそうです。

つまりは「働く」ことは人の人生そのものです。

働きこそが最上の喜びであり、喜びの自分史を作成できる

ことが人生の成功者と言えるのです。



さて、お葬式は人生の卒業式と表現される方も多くいらっしゃいます。

確かにその通りなのですが、「働く」ことの終わりにはなりません。

人はこの世に生が亡くなっても、霊魂として子孫を繁栄を見守ることの

働きが用意されているとも言われます。

あの世の先祖とこの世の子孫たちと「繋がっている」ことを

実感することが各種の年忌法要であり、お墓参りであり、

毎日の仏壇前でのお参りなのです。



ところで、その人らしいお葬式を演出し「感動葬儀。」をお客様に

提供するにはお亡くなりになられた人の生前に「働き」を的確に

捉えることが要点です。

働くことは単に職場に働くことだけにとどまりません。

家庭での働き、地域での働きも当然に含まれますし、産まれたての

赤ちゃんも周囲の人々に笑顔を癒しを与える立派な働きをしています。

ですから、不幸にしてお亡くなりの赤ちゃんでも「働き」を

クローズアップすれば、「感動葬儀。」が成立するのです。





  

Posted by フューネ三浦 at 09:23 │お葬式の知識

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2019年01月25日

怖さの克服

「見えないもの」に怖いと感じる感情があります。

お化けなどの存在が代表的なものですが、見えないから

「何が起きるのかわからない」ので怖いと感じてしまうのです。

反対に人間が「怖い」と感じるのは「見える」からこそというもの

があります。

これまでの人生において様々な失敗や体験によって怖さを覚える

からこそ、年齢を重ねることにより怖さが増してきて、人は防衛本能が

働き保守的になるのです。



「死」というもに対する恐怖は前述のお化けのように見えないから

こそ、生まれる恐怖心が支配します。

つまり、死んだらどうなるのかということが見えないから怖いわけで、

すなわち、「あの世」を「見える化」することが各種の宗教の

役割です。良いか悪いかは別にして特定の宗教に信じることで

「あの世」がはっきりと見えることが出来れば、死に対する恐怖は

消えてしまうのです。



社長業をしているといつも感じている怖さに「明日、売上が止まったら

どうしよう」というものがあります。経営計画や各種の予算はあくまで

予定であって売上そのものを確定できることはどんなに優秀な経営者

でも不可能なことなのです。

社長業をしている間には絶対に克服されない恐怖だといえます。

トップはトップしか感じることができない恐怖というものもこの他にも

たくさんあるのです。



フューネの社員も葬儀という仕事をしていく上で様々な恐怖と

戦っています。自分がやったことがないことに挑戦する恐怖は

日々の仕事の中で多くの社員が感じています。やってみると

大したことのないことでも怖いと思ってしまうのはやはり、

その人にとって結果がやる前に見えないからでしょうか。

それとも、うまくいかない自分自身の姿が見えるからでしょうか。

それでも、怖さに立ち向かう勇気がなければ何も良い結果は

生まれません。

怖さの克服は自分自身の成長には絶対に必要なことなのです。

お客様からご依頼頂いたやり直しの効かないたった一度の葬儀を

失敗させないというプロとしての責任感からくるものは「怖さ」

であり、「怖さ」から生まれる程よい緊張感はプロとして

とても大切です。

この怖さを克服しなければ「感動葬儀。」は生まれないのです。











  

Posted by フューネ三浦 at 08:21 │お葬式の知識

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2019年01月15日

体調不良と葬儀の参列

冬になると風邪を引きやすくなり、体調不良を押して仕事や学校に

通われている方も多いのではないでしょうか。

体調が少しでも悪いと健康であることの有難さを改めて実感

できます。いつでもどんな時でも健康でありたいものですね。




お葬式というのは近親者にとってすべての予定をキャンセルしてでも

参列することの意味のある大切な儀式です。

すこしくらいの無理はしなければならないものとも言えます。

結果的に体調が優れなくても無理をして葬儀に参列される方は多々

いらっしゃいます。

中には入院されている方が一時外出の許可をとっての参列や

高熱があるのに参列をされている方も時折、見受けられます。

体調不良である当事者の方は本当にしんどいと思いますが、

それでも参列をすることに大切な理由があるのです。

しかしながら、無理をしているので葬儀の途中に我慢できずに

倒れられることもあるのです。

時には葬儀の最中に救急車を呼ばなければならないくらいの

重病なケースをあるのです。

葬儀中に救急車を呼ぶことは結構頻繁にあるのです。




時には喪主様が高熱にうなされながら、喪主を務められることも

あります。おそらくご本人は「こんなときに」と思って頑張って

おられるのでしょうが、大切な人がお亡くなりになられるという

精神的・肉体的な負担は相当なものであり、誰でも何かしらの

不調に陥りやすいものです。

葬儀社である私たちが出来ることはとにかく出来る限りのサポート

をすることのみです。

親を亡くした方に生命に関わらない限りは多少の体調不良であれば

「参列しないでご静養ください」

とは決して言うことはできないのものです。

お客様には体調を何とか取り戻して頂きたいと願いつつ、いつも

突発の対応にも細心の注意を払って葬儀の運営を行うのも

フューネの役割です。








  

Posted by フューネ三浦 at 09:40 │お葬式の知識

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