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2020年08月22日
食事を共にするということ。
食事というのは人間が生きていく中で、単に栄養を補給するという
行為ではなく、五感を使って楽しむものです。
さらに、会食となると誰と食事をしたかということが一人で食事を
することの何倍も楽しく、共感や連帯感が生まれてくるのです。
大変残念なことに新型コロナウィルスの影響で会食ということに
私たちは多くの制約を受けることとなりました。一度に多くの方と
話しが出来る立食パーティーなんてものは完全に新型コロナウィルス
が収束しない限り難しくなってしまいました。
今、新型コロナウィルスと上手に付き合っていくことを意味する
「withコロナ」というキーワードがささやかれていますが、人と人とが
共に食事をすることにこれまで以上に工夫が必要でしょう。
それでも食事を共にするということは人間の営みの中では必要不可欠な
大切なことだと思うのです。
以前ブログ記事で再三、食に関する様々な角度から書いてきましたが、
やはり冠婚葬祭にとっては「食」というものは切っても切り離せない
ものです。しかしながら、今回の新型コロナウィルスは食を無理やり
切り離そうとしています。
コロナ禍の葬儀の現場では確かに食事の機会は減っていますが、
それでも家族が食事を共にしている時の楽しそうな笑い声はお葬式を
通じて集まった家族や親族の結びつきを再確認させて頂ける確かな
ものです。
食事を共にするということの機会を大切に考える時を今迎えている
のです。
行為ではなく、五感を使って楽しむものです。
さらに、会食となると誰と食事をしたかということが一人で食事を
することの何倍も楽しく、共感や連帯感が生まれてくるのです。
大変残念なことに新型コロナウィルスの影響で会食ということに
私たちは多くの制約を受けることとなりました。一度に多くの方と
話しが出来る立食パーティーなんてものは完全に新型コロナウィルス
が収束しない限り難しくなってしまいました。
今、新型コロナウィルスと上手に付き合っていくことを意味する
「withコロナ」というキーワードがささやかれていますが、人と人とが
共に食事をすることにこれまで以上に工夫が必要でしょう。
それでも食事を共にするということは人間の営みの中では必要不可欠な
大切なことだと思うのです。
以前ブログ記事で再三、食に関する様々な角度から書いてきましたが、
やはり冠婚葬祭にとっては「食」というものは切っても切り離せない
ものです。しかしながら、今回の新型コロナウィルスは食を無理やり
切り離そうとしています。
コロナ禍の葬儀の現場では確かに食事の機会は減っていますが、
それでも家族が食事を共にしている時の楽しそうな笑い声はお葬式を
通じて集まった家族や親族の結びつきを再確認させて頂ける確かな
ものです。
食事を共にするということの機会を大切に考える時を今迎えている
のです。
Posted by フューネ三浦 at 08:10
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