ブーログ › フューネ三浦直樹の「感動葬儀。」ブログ
2010年02月08日
またまたテレビ取材
先日、中京テレビさんの取材を受けました。


上の写真は撮影に協力頂いたルーコ井上社長のブログから引用。
ルーコ井上社長のブログにも撮影の記事が掲載されています。
http://minoue.boo-log.com/e78992.html
今回の撮影場所も豊田市浄水町にある
フューネの葬儀会館「そうそうの森」フューネ浄水です。
森をテーマにに「癒し」を追求した新しいタイプの葬儀会館として
これまでにも何度かテレビや新聞の取材を受けてきました。
この施設は写真だけではなかなか表現しにくい「良さ」があり、
こうして、映像をテレビ局が取り上げていただけるのは本当にありがたいことです。
ですが、「百聞は一見にしかず」。
テレビ上ではなく、実際に館内を見学して頂けることが一番です。
館内見学は年中無休で朝9時~夕方5時まで。
何時でもOKですので、お近くにお越しの際には是非お立ち寄りください。
さて、今回の撮影のテレビ放送は明後日の2月10日です。
わずか90秒ではありますが、お時間のある方は是非ご覧頂ければ幸いです。
中京テレビ
「情報パレッと!」
(「おもいっきりDON! ナゴヤ」という番組の中)
2月10日(水)
午前11:10~11:22 の間の1分30秒間
上の写真は撮影に協力頂いたルーコ井上社長のブログから引用。
ルーコ井上社長のブログにも撮影の記事が掲載されています。
http://minoue.boo-log.com/e78992.html
今回の撮影場所も豊田市浄水町にある
フューネの葬儀会館「そうそうの森」フューネ浄水です。
森をテーマにに「癒し」を追求した新しいタイプの葬儀会館として
これまでにも何度かテレビや新聞の取材を受けてきました。
この施設は写真だけではなかなか表現しにくい「良さ」があり、
こうして、映像をテレビ局が取り上げていただけるのは本当にありがたいことです。
ですが、「百聞は一見にしかず」。
テレビ上ではなく、実際に館内を見学して頂けることが一番です。
館内見学は年中無休で朝9時~夕方5時まで。
何時でもOKですので、お近くにお越しの際には是非お立ち寄りください。
さて、今回の撮影のテレビ放送は明後日の2月10日です。
わずか90秒ではありますが、お時間のある方は是非ご覧頂ければ幸いです。
中京テレビ
「情報パレッと!」
(「おもいっきりDON! ナゴヤ」という番組の中)
2月10日(水)
午前11:10~11:22 の間の1分30秒間
2010年02月06日
お布施のおはなし
「お布施はいくら払えばいいの?」
というお客様からご質問は最も多い質問のひとつであり、
葬儀社として最も返答が難しい質問です。
ご承知の通り、お布施には定価がなく且つお寺さまによってその
相場はまちまちなのです。
もっともお寺さまにいくらお支払いしたらよいかということはお寺さまに聞かなければ
分かる訳はなく、葬儀社の私たちがお答えしようがないのです。
聞きにくいことかもしれませんが、お金が絡む大事なことですから
勇気を出してお寺さまにお尋ねするのが一番の近道です。
そして、お布施をお支払いしたら「領収書」を頂くことをオススメします。
さて、「お布施イコールお金」と思っている方がほとんどのようですが、
実はそうではありません。お布施とは
財施(ざいせ)・法施(ほつせ)・無畏施(むいせ)
の3つの種類があり金や物などの財産を布施するのが「財施」であり、
通常、私たちがお布施といっているのはほとんどの場合「財施」のことを指します。
次に仏法と説いて真理を悟らせるのが「法施」でり、僧侶の行なう法要や
法話がこれにあたります。
そして、困っている人に親切にしたり、人々の不安を取り除くことを
「無畏施」と言います。
つまり、3種類の行為すべてがお布施であり、本来は僧侶に対する
御礼はお金がなければ、「法施」でも「無畏施」でも良いとされています。
ですから、お葬式や法要のお支払いは必ずしも「お金」である必要はありません。
お布施に定価が無いのは本来の意味を知ると納得できると思います。
実際、生活の苦しい方のお葬式は僧侶がお金を受け取らず、その代わりに
布教活動や寺院運営の手伝いをすることで話し合いが付くこともしばしばあります。
人に親切にする行為も「お布施」。
誰でも出来る一番大切な「お布施」の本質です。
というお客様からご質問は最も多い質問のひとつであり、
葬儀社として最も返答が難しい質問です。
ご承知の通り、お布施には定価がなく且つお寺さまによってその
相場はまちまちなのです。
もっともお寺さまにいくらお支払いしたらよいかということはお寺さまに聞かなければ
分かる訳はなく、葬儀社の私たちがお答えしようがないのです。
聞きにくいことかもしれませんが、お金が絡む大事なことですから
勇気を出してお寺さまにお尋ねするのが一番の近道です。
そして、お布施をお支払いしたら「領収書」を頂くことをオススメします。
さて、「お布施イコールお金」と思っている方がほとんどのようですが、
実はそうではありません。お布施とは
財施(ざいせ)・法施(ほつせ)・無畏施(むいせ)
の3つの種類があり金や物などの財産を布施するのが「財施」であり、
通常、私たちがお布施といっているのはほとんどの場合「財施」のことを指します。
次に仏法と説いて真理を悟らせるのが「法施」でり、僧侶の行なう法要や
法話がこれにあたります。
そして、困っている人に親切にしたり、人々の不安を取り除くことを
「無畏施」と言います。
つまり、3種類の行為すべてがお布施であり、本来は僧侶に対する
御礼はお金がなければ、「法施」でも「無畏施」でも良いとされています。
ですから、お葬式や法要のお支払いは必ずしも「お金」である必要はありません。
お布施に定価が無いのは本来の意味を知ると納得できると思います。
実際、生活の苦しい方のお葬式は僧侶がお金を受け取らず、その代わりに
布教活動や寺院運営の手伝いをすることで話し合いが付くこともしばしばあります。
人に親切にする行為も「お布施」。
誰でも出来る一番大切な「お布施」の本質です。
2010年02月04日
初公開 宮型霊柩車の内部
フューネのグループ会社「ゼロナイントヨタ」の
ベンツの宮型霊柩車。

プラチナ箔を施した装飾で至宝の一台です。
全身金ピカの霊柩車と比べるとどことなく上品さがあります。
おかげさまでお客様からも好評を頂いています。
この霊柩車は日本でも数台しかない貴重な霊柩車で
お値段も一台なんと3000万円もするのです。

霊柩車の装飾もひとつひとつがしっかり作ってあって芸術品のよう。

下の写真は霊柩車後方です。この扉の向こうに柩を載せます。

それでは、ブログ初公開。
扉を開けて滅多に見られない霊柩車内部をご覧ください。


この霊柩車。外はプラチナですが、中は金の世界。
ちょっと写真うつりは悪いですが、実際はもっときれいな金色です。
極楽浄土へ行けそうなそんなきらびやかな空間です。
外からは見えない霊柩車の内部まで手抜き無しで作ってある
フューネでお葬式をご依頼頂いた方だけしかご利用できない特別な一台です。
ベンツの宮型霊柩車。

プラチナ箔を施した装飾で至宝の一台です。
全身金ピカの霊柩車と比べるとどことなく上品さがあります。
おかげさまでお客様からも好評を頂いています。
この霊柩車は日本でも数台しかない貴重な霊柩車で
お値段も一台なんと3000万円もするのです。

霊柩車の装飾もひとつひとつがしっかり作ってあって芸術品のよう。

下の写真は霊柩車後方です。この扉の向こうに柩を載せます。

それでは、ブログ初公開。
扉を開けて滅多に見られない霊柩車内部をご覧ください。


この霊柩車。外はプラチナですが、中は金の世界。
ちょっと写真うつりは悪いですが、実際はもっときれいな金色です。
極楽浄土へ行けそうなそんなきらびやかな空間です。
外からは見えない霊柩車の内部まで手抜き無しで作ってある
フューネでお葬式をご依頼頂いた方だけしかご利用できない特別な一台です。
2010年02月02日
生まれ変わり
私はお葬式の現場では何度も経験していることですが、
おじいさん・おばあさんのお葬式の最中に孫・ひ孫が生まれてくることがあります。
お通夜の時に参列されていたおなかの大きいお母さんが、お葬式には姿が見えない。
今は今か今かと出産を待っている状況だという場面。
お経の流れる中、まさにお葬式の真っ最中に「出産」の連絡があり、
なんとも言えない喜びをされていたお客様にも出会いました。
お葬式の最中に親が亡くなった悲しみと孫ができたことを同時に体験される
喪主さまの気持ちはどのようなものなのでしょうか?
「生まれ変わり」
ということがあるとするならば、このようなケースでは間違いなく
お亡くなりになられた方の生まれ変わりでは?
と思ってしまいます。
仏教には輪廻転生(りんねてんしょう)という考え方があり、
日本人は「生まれ変わり」ということを信じやすい国民だそうです。
いずれにせよ、亡くなられた方と生まれてくる赤ちゃんは
血が繫がっていることは間違いない事実であり、
命のバトンが次の世代に継承されていることなのです。
そもそもお葬式では故人の命のバトンを次の世代に受け継いで行くことを
内外に知らしめる意味もあるのです。
「喪主」は故人の名代であると同時に、次の世代へ命のバトンが
繫がったという襲名披露の役割もあります。
命を受け継いでいく大切さ
お葬式で気づかせて貰うこともあるのです。
おじいさん・おばあさんのお葬式の最中に孫・ひ孫が生まれてくることがあります。
お通夜の時に参列されていたおなかの大きいお母さんが、お葬式には姿が見えない。
今は今か今かと出産を待っている状況だという場面。
お経の流れる中、まさにお葬式の真っ最中に「出産」の連絡があり、
なんとも言えない喜びをされていたお客様にも出会いました。
お葬式の最中に親が亡くなった悲しみと孫ができたことを同時に体験される
喪主さまの気持ちはどのようなものなのでしょうか?
「生まれ変わり」
ということがあるとするならば、このようなケースでは間違いなく
お亡くなりになられた方の生まれ変わりでは?
と思ってしまいます。
仏教には輪廻転生(りんねてんしょう)という考え方があり、
日本人は「生まれ変わり」ということを信じやすい国民だそうです。
いずれにせよ、亡くなられた方と生まれてくる赤ちゃんは
血が繫がっていることは間違いない事実であり、
命のバトンが次の世代に継承されていることなのです。
そもそもお葬式では故人の命のバトンを次の世代に受け継いで行くことを
内外に知らしめる意味もあるのです。
「喪主」は故人の名代であると同時に、次の世代へ命のバトンが
繫がったという襲名披露の役割もあります。
命を受け継いでいく大切さ
お葬式で気づかせて貰うこともあるのです。
2010年01月31日
新聞コラム 4回目


毎月1回、「感動葬儀。」ブログの中から新聞のコラムに適した
ブログ記事を地元の新聞社「新三河タイムス」がコラムとして
採用して頂いています。
4回目は2009年11月23日付ブログ記事「病院の霊安室」
※新聞でのタイトルは「病院の霊安室事情」。
これまた、比較的最近書いた記事です。
また、ブログでの発表と同時に多くの方より、
様々な反響を頂いた記事でもありました。
今回は原文が少々長いということで一部表現を変えて
少し短めに再編集して新聞上では掲載してあります。
ブログでは文字数は自由ですが、新聞の紙面では
決められた文字数に納めるという命題があり、
編集者の力量が問われることをコラム掲載をご縁に学ばせて頂いています。
以前にも書かせて頂きましたが、自分が過去に書いた記事に改めて脚光を浴びる
ことは本当にうれしいことです。
是非、今一度「病院の霊安室」をご覧下さい。
2010年01月29日
新 フューネティッシュBOX
この度、フューネのティッシュBOXのデザインを一新しました。


フューネのテレビCMのキャラクターをモチーフに
可愛らしくまとめたデザインになっています。
可愛らしさの中に三途の川を渡る舟【FUNE“フューネ”】から
お亡くなりになられた方があの世へ蝶に姿を変え旅立って行くところを
残された家族がいつまでも見送っている姿がイメージされています。
とかく敬遠されがちの「葬儀」のイメージをやさしく且つ大事なフューネの
「感動葬儀。」のコンセプトを表現したデザインに仕上がっています。

そして、ティッシュBOXの開け口はテレビCMのキャッチコピーである
「100人の人生に100通りの終焉がある」
というフューネのメッセージが入っています。
このティッシュBOXは通常は粗品として無料でお客様に差し上げています。
欲しい方はフューネ本社までお越しください。
無料にて差し上げます。(おひとりさま3箱まで)
さて、好評を頂いているフューネのテレビCMですが
2月より4月までの3ヶ月間東海テレビで放映されます。
是非、ご覧下さい。

上のバナーをクリックするとフューネのCMを見ることが出来ます。


フューネのテレビCMのキャラクターをモチーフに
可愛らしくまとめたデザインになっています。
可愛らしさの中に三途の川を渡る舟【FUNE“フューネ”】から
お亡くなりになられた方があの世へ蝶に姿を変え旅立って行くところを
残された家族がいつまでも見送っている姿がイメージされています。
とかく敬遠されがちの「葬儀」のイメージをやさしく且つ大事なフューネの
「感動葬儀。」のコンセプトを表現したデザインに仕上がっています。

そして、ティッシュBOXの開け口はテレビCMのキャッチコピーである
「100人の人生に100通りの終焉がある」
というフューネのメッセージが入っています。
このティッシュBOXは通常は粗品として無料でお客様に差し上げています。
欲しい方はフューネ本社までお越しください。
無料にて差し上げます。(おひとりさま3箱まで)
さて、好評を頂いているフューネのテレビCMですが
2月より4月までの3ヶ月間東海テレビで放映されます。
是非、ご覧下さい。

上のバナーをクリックするとフューネのCMを見ることが出来ます。
2010年01月27日
天声人語に樹木葬が。
平成22年1月22日付けの朝日新聞のコラム「天声人語」になんと
樹木葬のことが取り上げられました。
日本を代表する全国紙の一面のコラムに葬儀関連の内容が載ること自体
大変珍しいことです。
樹木葬という弔いの方法がこれからさらに注目されることは間違いないでしょう。
以下は天声人語を引用しましたのでご覧下さい。
この記事は以前の私のブログ記事で何度か取り上げた「弔いの多様化」に
ついて指摘していることが私にとってうれしくもあり、間違いなく弔いのカタチが
多様化の方向に進んでいることを確信しました。
天声人語に出てくる日本初の樹木葬を実施した岩手県のお寺は
これまでにフューネが開催するお葬式セミナーや人生ファイル教室
でご紹介してきました。そして、フューネのお客様で「樹木葬」という
弔い方を選択された方を実際にこの岩手県のお寺(知勝院)にお連れしています。
日本初の岩手県の樹木葬はコチラ↓
http://www.jumokuso.or.jp/
天声人語で指摘されていますが、今跡継ぎがいない方が増えて
「お墓を守ることが出来ない」
ことが社会問題化しつつあります。
また、先祖代々の墓に入ることを嫌がる方も年々増えてきています。
〔慰霊の役目を木に、つまり地球に託すと思えば、
墓を「守る」気苦労は幾らか軽くなろう〕
と天声人語が指摘していますが、樹木葬の長所が如実に表れた指摘だと
私は思います。
自分が亡くなって遺骨を埋葬され、その上に植えた木々が成長し、
地球の緑化に貢献できる樹木葬。
言い換えればこれは「お墓のエコ」。
もしかしたら、エコの時代のヒット商品になるかもしれません。
樹木葬のことが取り上げられました。
日本を代表する全国紙の一面のコラムに葬儀関連の内容が載ること自体
大変珍しいことです。
樹木葬という弔いの方法がこれからさらに注目されることは間違いないでしょう。
以下は天声人語を引用しましたのでご覧下さい。
美しすぎる情景は、時に心を乱すものらしい。〈桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか〉。梶井基次郎の短編小説「桜の樹の下には」の冒頭だ▼実際、墓石に代えて木を植える弔い方がある。やや神秘めくが、故人が使い残した精気のようなものが幹の中をはい上がり、葉を茂らせ、花や実をつける。そう考えれば、四季の営みもいとおしい。夭折(ようせつ)の墓ほど樹勢は強かろう▼命を自然に返すという点で、散骨にも通じる「樹木葬」。10年ほど前に岩手県のお寺で始まり、全国の民間霊園などに広まった。墓地不足に悩む東京都が、数年内に都の霊園に導入するそうだ▼民間より安い都立霊園は人気があり、今年度の公募は平均12倍の狭き門だった。都内では年に2万基の墓が新たに必要なのに、民間を含む供給はその3割にとどまるという。木の周りに何人かの遺骨を埋葬すれば、土地を有効に使え、緑化も進む▼都会では後継ぎのない人が増え、地方には世話をする人のいない墓も多い。「先祖代々」に入りたくない人もいる。慰霊の役目を木に、つまり地球に託すと思えば、墓を「守る」気苦労は幾らか軽くなろう▼石でも木でも、その前で合掌する行為が形ばかりでは、墓参りする意味がない。大切なのは愛する人をしのぶ装置ではなく、しのぶ心である。墓を持たない選択を含め、弔いの多様化はごく自然な流れといえる。思い出の温め方は、人それぞれでいい。
この記事は以前の私のブログ記事で何度か取り上げた「弔いの多様化」に
ついて指摘していることが私にとってうれしくもあり、間違いなく弔いのカタチが
多様化の方向に進んでいることを確信しました。
天声人語に出てくる日本初の樹木葬を実施した岩手県のお寺は
これまでにフューネが開催するお葬式セミナーや人生ファイル教室
でご紹介してきました。そして、フューネのお客様で「樹木葬」という
弔い方を選択された方を実際にこの岩手県のお寺(知勝院)にお連れしています。
日本初の岩手県の樹木葬はコチラ↓
http://www.jumokuso.or.jp/
天声人語で指摘されていますが、今跡継ぎがいない方が増えて
「お墓を守ることが出来ない」
ことが社会問題化しつつあります。
また、先祖代々の墓に入ることを嫌がる方も年々増えてきています。
〔慰霊の役目を木に、つまり地球に託すと思えば、
墓を「守る」気苦労は幾らか軽くなろう〕
と天声人語が指摘していますが、樹木葬の長所が如実に表れた指摘だと
私は思います。
自分が亡くなって遺骨を埋葬され、その上に植えた木々が成長し、
地球の緑化に貢献できる樹木葬。
言い換えればこれは「お墓のエコ」。
もしかしたら、エコの時代のヒット商品になるかもしれません。
2010年01月25日
伊勢参り
先日、毎年恒例となっている伊勢神宮への初詣に行ってきました。

今年は20年ぶりに架け替えられたばかりの宇治橋を渡ることができる
20年に一回しか経験出来ない初詣でした。

新しい宇治橋はヒノキの香りがして清々しい気分にさせてくれました。
宇治橋の掛け替えは1300年前から続く式年遷宮の4年前に
行なわれるものですが、実はこのルールは3回前の式年遷宮から始まった
新しいルールのなのです。
宇治橋は明治以降は式年遷宮にあわせて架け替えられていたのですが、
昭和24年の式年遷宮は太平洋戦争敗戦直後であった為に資金が集まらず、
昭和天皇の指示で無期延期とされ、のちに4年遅れの
昭和28年に行なわれることに決まりました。
しかし、「宇治橋だけでも架け替えよう」と声が強く、
宇治橋だけが当初の予定通り昭和24年に架け替えられ、
以降は式年遷宮の4年前に架け替えられるようになったのです。
ですから、宇治橋が架け替えられた昨年が1300年前から続く20年に一度の
年であり、次の式年遷宮の平成25年は本来より4年遅れの式年遷宮なのです。
おそらく今後も宇治橋の架け替えと式年遷宮は4年の誤差を生じたまま
次の世代へ脈々と受け継がれて行くと思います。
4年の誤差が遷宮に対する参拝客の興味を長く引き止めることができるようになり、
参拝客の増加に繫がり資金面で大変な効果があるそうです。
さて、いよいよ伊勢神宮参拝。五十鈴川で清め、ご正宮へ。


今年も無事に伊勢参りができました。

今年は20年ぶりに架け替えられたばかりの宇治橋を渡ることができる
20年に一回しか経験出来ない初詣でした。

新しい宇治橋はヒノキの香りがして清々しい気分にさせてくれました。
宇治橋の掛け替えは1300年前から続く式年遷宮の4年前に
行なわれるものですが、実はこのルールは3回前の式年遷宮から始まった
新しいルールのなのです。
宇治橋は明治以降は式年遷宮にあわせて架け替えられていたのですが、
昭和24年の式年遷宮は太平洋戦争敗戦直後であった為に資金が集まらず、
昭和天皇の指示で無期延期とされ、のちに4年遅れの
昭和28年に行なわれることに決まりました。
しかし、「宇治橋だけでも架け替えよう」と声が強く、
宇治橋だけが当初の予定通り昭和24年に架け替えられ、
以降は式年遷宮の4年前に架け替えられるようになったのです。
ですから、宇治橋が架け替えられた昨年が1300年前から続く20年に一度の
年であり、次の式年遷宮の平成25年は本来より4年遅れの式年遷宮なのです。
おそらく今後も宇治橋の架け替えと式年遷宮は4年の誤差を生じたまま
次の世代へ脈々と受け継がれて行くと思います。
4年の誤差が遷宮に対する参拝客の興味を長く引き止めることができるようになり、
参拝客の増加に繫がり資金面で大変な効果があるそうです。
さて、いよいよ伊勢神宮参拝。五十鈴川で清め、ご正宮へ。


今年も無事に伊勢参りができました。
2010年01月23日
長寿の時代といえど・・・
ここ最近フューネでは100歳以上の生きられた方のお葬式が集中しました。
今では本当に数少ない明治生まれの方です。
高齢化の時代といえども100歳というハードルを超えることは容易なことでは
なく戦争の時代を含め数々の苦難を乗り越えて一世紀以上の歳月を生き抜いた
こられたことは本当に賞賛に値します。
長生きをすることは素晴らしいことではありますが、ただ長く生きるということは
それだけ多くの別れと遭遇することは避けられず、
以前、ある老人ホームで100歳のおばあちゃんが
「みんな死んでわしだけになってしまった。」
と言われた言葉が私にとっては衝撃的で今でも忘れることができません。
先日、フューネでお葬式をされたお客様は106歳の大往生。
なんと子供さんが16人いらっしゃるそうで、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)まで
いれると300人くらいの大家族です。
しかしながら喪主を務められたのは9男の方で16人いた子供さんの半数は既に
他界されています。
子供さんよりも長く生き続けることはこのお客様に限らず、最近ではよくあることです。
高齢化社会がもたらした社会問題のひとつだといえると思います。
長生きをされたお客様に共通するのは「お葬式は家族だけ」という
ケースが増えています。
亡くなられた方の同級生はじめ友人、知人、同僚などは既にこの世にいない
ケースがほとんどで、亡くなられた方にとって
社会的なお別れの場を必要としないことが大きな要因でしょう。
しかしながら、いくつになっても人が人がある限り、
社会的なお別れはゼロという方はいないのです。
例えば、晩年生きることをサポートしてくれた主治医や老人介護施設の職員の方など。
そのような方にとって家族だけのお葬式というのはお葬式に参加することが
出来なくて結果的に「別れ」の場所が無くなってしまうのです。
社会的な別れの場所を排除した完璧な家族葬というのは
いつもお葬式の後にしこりを残します。
昨今の長寿社会では今後ますます「家族葬」の需要が高まっていきますが、
家族だけのお葬式の問題点を解決することも
私たち葬儀社の使命です。
今では本当に数少ない明治生まれの方です。
高齢化の時代といえども100歳というハードルを超えることは容易なことでは
なく戦争の時代を含め数々の苦難を乗り越えて一世紀以上の歳月を生き抜いた
こられたことは本当に賞賛に値します。
長生きをすることは素晴らしいことではありますが、ただ長く生きるということは
それだけ多くの別れと遭遇することは避けられず、
以前、ある老人ホームで100歳のおばあちゃんが
「みんな死んでわしだけになってしまった。」
と言われた言葉が私にとっては衝撃的で今でも忘れることができません。
先日、フューネでお葬式をされたお客様は106歳の大往生。
なんと子供さんが16人いらっしゃるそうで、孫、ひ孫、玄孫(やしゃご)まで
いれると300人くらいの大家族です。
しかしながら喪主を務められたのは9男の方で16人いた子供さんの半数は既に
他界されています。
子供さんよりも長く生き続けることはこのお客様に限らず、最近ではよくあることです。
高齢化社会がもたらした社会問題のひとつだといえると思います。
長生きをされたお客様に共通するのは「お葬式は家族だけ」という
ケースが増えています。
亡くなられた方の同級生はじめ友人、知人、同僚などは既にこの世にいない
ケースがほとんどで、亡くなられた方にとって
社会的なお別れの場を必要としないことが大きな要因でしょう。
しかしながら、いくつになっても人が人がある限り、
社会的なお別れはゼロという方はいないのです。
例えば、晩年生きることをサポートしてくれた主治医や老人介護施設の職員の方など。
そのような方にとって家族だけのお葬式というのはお葬式に参加することが
出来なくて結果的に「別れ」の場所が無くなってしまうのです。
社会的な別れの場所を排除した完璧な家族葬というのは
いつもお葬式の後にしこりを残します。
昨今の長寿社会では今後ますます「家族葬」の需要が高まっていきますが、
家族だけのお葬式の問題点を解決することも
私たち葬儀社の使命です。
2010年01月21日
ケンカ
お葬式を通じてお客様と接していると、そのお客様の家庭内事情が
よく見えてくるものです。
家族・親族一同和気あいあいという家庭ばかりだと良いのですが、
最近お客さまから多い要望として、
「親族の控え室をもう一部屋用意してほしい」
というご依頼を承ります。
用意したお部屋に親族全員が入りきらないという物理的要因の場合もありますが、
大抵の場合は親族同士が「あいつの顔なんか見たくない
」
といった理由で親族同士、仲が悪いケースがほとんどなのです。
場合によっては親族間で裁判で争っているお客さまに遭遇した
ことも何度かあります。
このような場合、いくらお葬式でも一時休戦とならないのが常道です。
時には葬儀会館内で取っ組み合いのケンカが始まることもあります。
障子が破れたり、壁に穴が開いたり、湯のみが空を飛ぶこともありました。
もちろん、フューネの葬儀会館で備品を壊した場合、お客様に弁償して頂いていますが
こちらも気分のいいものではありません。
家族間、親族間で仲が悪くなったのは様々な理由があるにせよ
ケンカは見苦しいものです。
しかも、亡くなった方の目の前で行なわれるのですから。
亡くなられた方のお葬式を壊す行為は絶対にやめて頂きたいものですね。
ところで、あるお客様のお話。
数年前おじいさんの時にお葬式をお手伝いさせて頂いたお客さまから、今度は
おばあさんが亡くなったということで再度フューネにお葬式のご依頼がありました。
早速、お葬式の資料を集め前回の業務報告書を見てると
喪主さまはじめ、とても仲の良い兄弟で亡くなられたおじいさんの為に
寄せ書きや折鶴を作ってお棺の中に入れたと記録が残っていました。
ところが、今回はどうもおかしい。
以前の仲の良かった兄弟が会話をしないばかりか目も合わさない。
とっても仲が悪いのです。
お葬儀が終わってから事情を尋ねてみると、おじいさんのお葬式の後の
相続の話し合いで大モメだったそうです。
わずか数年で仲良しから仲の悪い兄弟に・・・
残念ながらこのお客さまに限らずお葬式を契機に仲違いされるケースは多いですが、
亡くなった方が浮かばれないような「ケンカ」は是非とも避けて貰いたいものです。
よく見えてくるものです。
家族・親族一同和気あいあいという家庭ばかりだと良いのですが、
最近お客さまから多い要望として、
「親族の控え室をもう一部屋用意してほしい」
というご依頼を承ります。
用意したお部屋に親族全員が入りきらないという物理的要因の場合もありますが、
大抵の場合は親族同士が「あいつの顔なんか見たくない
」といった理由で親族同士、仲が悪いケースがほとんどなのです。
場合によっては親族間で裁判で争っているお客さまに遭遇した
ことも何度かあります。
このような場合、いくらお葬式でも一時休戦とならないのが常道です。
時には葬儀会館内で取っ組み合いのケンカが始まることもあります。
障子が破れたり、壁に穴が開いたり、湯のみが空を飛ぶこともありました。
もちろん、フューネの葬儀会館で備品を壊した場合、お客様に弁償して頂いていますが
こちらも気分のいいものではありません。
家族間、親族間で仲が悪くなったのは様々な理由があるにせよ
ケンカは見苦しいものです。
しかも、亡くなった方の目の前で行なわれるのですから。
亡くなられた方のお葬式を壊す行為は絶対にやめて頂きたいものですね。
ところで、あるお客様のお話。
数年前おじいさんの時にお葬式をお手伝いさせて頂いたお客さまから、今度は
おばあさんが亡くなったということで再度フューネにお葬式のご依頼がありました。
早速、お葬式の資料を集め前回の業務報告書を見てると
喪主さまはじめ、とても仲の良い兄弟で亡くなられたおじいさんの為に
寄せ書きや折鶴を作ってお棺の中に入れたと記録が残っていました。
ところが、今回はどうもおかしい。
以前の仲の良かった兄弟が会話をしないばかりか目も合わさない。
とっても仲が悪いのです。
お葬儀が終わってから事情を尋ねてみると、おじいさんのお葬式の後の
相続の話し合いで大モメだったそうです。
わずか数年で仲良しから仲の悪い兄弟に・・・
残念ながらこのお客さまに限らずお葬式を契機に仲違いされるケースは多いですが、
亡くなった方が浮かばれないような「ケンカ」は是非とも避けて貰いたいものです。
2010年01月19日
焼香の作法は 一意専心
「ご焼香の回数について教えてください」
よくお客様より頂くご質問です。
一言でお答えすれば答えは各宗旨宗派によって回数は様々です。
曹洞宗では二回、真言宗では三回といった定めがあります。
天台宗や日蓮宗は一回か三回というような宗旨も。
ほかには浄土真宗の場合では本願寺派は一回、大谷派は二回、
高田派は三回といったように違うのです。
このように正しい焼香の回数は各宗旨宗派によってかなりの違いがあり、
葬儀社の社員でも覚えることが大変なのです。
もちろん焼香の回数にはちゃんと意味がありその意味を知ると面白いですよ。
また機会があればブログ記事にします。
各宗旨宗派毎に焼香の回数を覚え、お葬式や法要で実践することはとても
素晴らしいことですが、実際のお葬式で正式な回数でご焼香されている方は
ほとんど見受けられません。
では、ご焼香の回数に迷った時はどうするか?
答えは心を込めて一回だけで良いのです。
1はすべてに通じる数字であり、一回心を込めて念じれば良いのです。
一回心を込めて念じることすなわち「一念」は「一念三千」という仏教用語
につながり、一念の心の中には、宇宙の森羅万象あらゆるものがそなわっている
という意味なのです。
さらにご焼香の作法は「一意専心」でありその意味は
他に心を向けず、ひたすらひとつのことに
心を集中することとなるのです。
「一念三千」「一意専心」はすべては1に繫がっていることの事例でした。
さて、「一意専心」という四文字熟語。
史上最年少で2009年賞金王に輝いたプロゴルファーの
石川遼くんの座右の銘で有名です。
テレビのインタビューやサイン色紙に良く使っています。
「一意専心」の意味を知ればとても18歳とは思えない言葉の選択ですね。
わき目もふらず心を一つのことだけに注ぐことという「一意専心」の心が
最年少賞金王という快挙に結びついたのではないでしょうか。
故人の弔う気持ちは「一意専心」でなければいけない。
ご焼香の作法や回数にこだわることより、亡くなられた方を悼む気持ちが
一番大切なことです。
よくお客様より頂くご質問です。
一言でお答えすれば答えは各宗旨宗派によって回数は様々です。
曹洞宗では二回、真言宗では三回といった定めがあります。
天台宗や日蓮宗は一回か三回というような宗旨も。
ほかには浄土真宗の場合では本願寺派は一回、大谷派は二回、
高田派は三回といったように違うのです。
このように正しい焼香の回数は各宗旨宗派によってかなりの違いがあり、
葬儀社の社員でも覚えることが大変なのです。
もちろん焼香の回数にはちゃんと意味がありその意味を知ると面白いですよ。
また機会があればブログ記事にします。
各宗旨宗派毎に焼香の回数を覚え、お葬式や法要で実践することはとても
素晴らしいことですが、実際のお葬式で正式な回数でご焼香されている方は
ほとんど見受けられません。
では、ご焼香の回数に迷った時はどうするか?
答えは心を込めて一回だけで良いのです。
1はすべてに通じる数字であり、一回心を込めて念じれば良いのです。
一回心を込めて念じることすなわち「一念」は「一念三千」という仏教用語
につながり、一念の心の中には、宇宙の森羅万象あらゆるものがそなわっている
という意味なのです。
さらにご焼香の作法は「一意専心」でありその意味は
他に心を向けず、ひたすらひとつのことに
心を集中することとなるのです。
「一念三千」「一意専心」はすべては1に繫がっていることの事例でした。
さて、「一意専心」という四文字熟語。
史上最年少で2009年賞金王に輝いたプロゴルファーの
石川遼くんの座右の銘で有名です。
テレビのインタビューやサイン色紙に良く使っています。
「一意専心」の意味を知ればとても18歳とは思えない言葉の選択ですね。
わき目もふらず心を一つのことだけに注ぐことという「一意専心」の心が
最年少賞金王という快挙に結びついたのではないでしょうか。
故人の弔う気持ちは「一意専心」でなければいけない。
ご焼香の作法や回数にこだわることより、亡くなられた方を悼む気持ちが
一番大切なことです。
2010年01月17日
15年前の大地震
今日で阪神大震災からちょうど15年。
高速道路が崩壊したり、大規模の火災。多くの犠牲者を生んだ大震災でした。
連日のテレビから衝撃的な映像を見る度に地震の恐ろしさを体感した出来事でした。
当時の私は受験生で大学の入試を受けるのに大阪に行った時に新幹線が
新大阪駅までで止まっていたことを思い出しました。
15年前のことでもはっきりと思い出される記憶です。
阪神大震災では私たちの葬儀業界でも多くの方が関わりました。
その時の大変な苦労をされたお話をこれまで何度も職場の先輩方や
神戸の同業者から聞かされています。
そのはなしはどれも壮絶な体験であり、当時もし葬儀社の一員であったら
何が出来たであろうかと考えされられるものばかりでした。
実際に地震後に現地に行かれた方に直接聞いたお話を書かせて頂きます。
6000人を超える死者を出した大地震の前にまず地元の葬儀関係の
処理能力は完全にパンク状態で愛知県からも多くの葬儀関係者が
応援に行きました。
名古屋の霊柩車の会社からも何台か現地に応援に行き、
来る日も来る日もご遺体を瓦礫の中から引き取り地元の体育館に設けられた
安置所に安置し、さらに近隣の被災を免れた火葬場までの搬送をされたそうです。
日頃ご遺体を運ぶ霊柩車の運転手を言えど、ご遺族の泣き叫ぶ姿や
親を亡くし、小さな子供が一人だけ残されている姿を直視できず
ただただ悲しいだけの搬送作業は「気が狂いそうだった」
と実際に行かれた運転手の先輩から聞かされました。
さらに、夜に寝る場所がなく、ご遺体を運ぶ寝台の上で毛布にくるまって
寝る生活が2週間近くも続いたそうです。
そして、食事も最初の数日間はほとんど口にすることが出来なかったとか。
それでも応援をやめることなく続けられたのは素晴らしいことだと思います。
また、地元豊田市にあるお棺の製造メーカーからは1000本以上の
お棺を持って現地入りしています。
災害時にこうした対応ができる企業が地元にあることも素晴らしいことですね。
最後に知り合いの神戸にある葬儀社の社長が語ったおはなし。
「あの時はお客様の要望にすべて応えられなかった
のが今でも辛い」
と私にお話くださいました。
実際に膨大の葬儀の依頼に対し、無力であったのは事実。
自分達も被災者であり、その中で対応しなければならなかった
ご苦労は私の想像をはるかに超えているものでしょう。
この時はいくら遺族が望んでも葬儀らしい葬儀が出来なかった方が大勢いるのです。
それでも、できる限りの供養をしようとしたご遺族の方の気持ちや
それに応える為にできる限りのことをした同業者の先輩方の奮闘は
忘れてはいけないと思います。
くしくも今年、ハイチで起きた大地震。
犠牲者のご冥福と少しでも早い復興をお祈り致します。
高速道路が崩壊したり、大規模の火災。多くの犠牲者を生んだ大震災でした。
連日のテレビから衝撃的な映像を見る度に地震の恐ろしさを体感した出来事でした。
当時の私は受験生で大学の入試を受けるのに大阪に行った時に新幹線が
新大阪駅までで止まっていたことを思い出しました。
15年前のことでもはっきりと思い出される記憶です。
阪神大震災では私たちの葬儀業界でも多くの方が関わりました。
その時の大変な苦労をされたお話をこれまで何度も職場の先輩方や
神戸の同業者から聞かされています。
そのはなしはどれも壮絶な体験であり、当時もし葬儀社の一員であったら
何が出来たであろうかと考えされられるものばかりでした。
実際に地震後に現地に行かれた方に直接聞いたお話を書かせて頂きます。
6000人を超える死者を出した大地震の前にまず地元の葬儀関係の
処理能力は完全にパンク状態で愛知県からも多くの葬儀関係者が
応援に行きました。
名古屋の霊柩車の会社からも何台か現地に応援に行き、
来る日も来る日もご遺体を瓦礫の中から引き取り地元の体育館に設けられた
安置所に安置し、さらに近隣の被災を免れた火葬場までの搬送をされたそうです。
日頃ご遺体を運ぶ霊柩車の運転手を言えど、ご遺族の泣き叫ぶ姿や
親を亡くし、小さな子供が一人だけ残されている姿を直視できず
ただただ悲しいだけの搬送作業は「気が狂いそうだった」
と実際に行かれた運転手の先輩から聞かされました。
さらに、夜に寝る場所がなく、ご遺体を運ぶ寝台の上で毛布にくるまって
寝る生活が2週間近くも続いたそうです。
そして、食事も最初の数日間はほとんど口にすることが出来なかったとか。
それでも応援をやめることなく続けられたのは素晴らしいことだと思います。
また、地元豊田市にあるお棺の製造メーカーからは1000本以上の
お棺を持って現地入りしています。
災害時にこうした対応ができる企業が地元にあることも素晴らしいことですね。
最後に知り合いの神戸にある葬儀社の社長が語ったおはなし。
「あの時はお客様の要望にすべて応えられなかった
のが今でも辛い」
と私にお話くださいました。
実際に膨大の葬儀の依頼に対し、無力であったのは事実。
自分達も被災者であり、その中で対応しなければならなかった
ご苦労は私の想像をはるかに超えているものでしょう。
この時はいくら遺族が望んでも葬儀らしい葬儀が出来なかった方が大勢いるのです。
それでも、できる限りの供養をしようとしたご遺族の方の気持ちや
それに応える為にできる限りのことをした同業者の先輩方の奮闘は
忘れてはいけないと思います。
くしくも今年、ハイチで起きた大地震。
犠牲者のご冥福と少しでも早い復興をお祈り致します。
2010年01月15日
新春御園座公演

先日、久しぶりに名古屋の御園座へ行ってきました。
新春公演は「梅沢武生劇団・梅沢富美男・瀬川瑛子」の
華麗なる舞台でした。
女形で有名な梅沢富美男さんの妖艶な舞を初めて生で見る事ができました。
笑いと華やかさいっぱいのお芝居でした。
さて、今回は御園座さんからのご招待でお邪魔しました。
なぜなら、フューネはこの公演の協賛をしているからなのです。

ロビーには協賛各社の名前入り提灯が飾ってあり、いつも以上の
華やかさでした。


ありました
「感動葬儀。」株式会社フューネ
2月の公演まで飾ってあるそうなので御園座に行くことがありましたら、
フューネの提灯を見つけてください。
2010年01月13日
自由葬 実際の様子
今回は前回のブログ記事フューネの「自由葬」の補足です。
フューネの「自由葬」について実際にどのような式の流れなのか、
一体いくらかかるのかということについて、
2例をフューネのホームページに掲載しました。
1例目は
「故人様が大好きであった音楽を聞きながら・・・」

20名様の近いご家族・ご親戚の方々と、ご近所の皆さまを中心に
お世話になっている方々にお見送りいただきました。
ピアノによる生演奏を中心とし、故人様のお好きであった演歌を演奏しました。
演奏中は皆さまの心の中に、在りし日の故人様が元気に歌っている姿が見えたのではないでしょうか。
2例目は
「故人の大好きであった“いちご大福”をみんなで頂く」

10名様のごく近い、ご家族の方々で執り行いました。
香典をご辞退されたため、返礼品をご用意せず、
お供えのお花は家族の方、親戚の方で出され、華やかにお飾りしました。
大好きだったいちご大福をご用意させていただき、
故人様を取り囲み、思い出を語らいながらいちご大福をいただきました。
この2つの例は実際にフューネでお葬式をお手伝いさせていただいた方の事例です。
本来、お別れの仕方は様々でなければならないはず。
可能な限り、お客様のご要望にお答えします。
以前にもブログに書きましたが、
亡くなった方を供養するということは
「いつまでもその人のことを忘れないであげること」
たとえ、10年・20年経っても残された者の記憶の中に生き続けなければなりません。
その為には記憶に残るお葬式を行なうことがまず、第一歩だと考えます。
フューネの「感動葬儀。」の理念がたっぷりつまっている「自由葬」。
他の葬儀社とひと味ちがうお葬式を提供して行きます。
フューネの「自由葬」について実際にどのような式の流れなのか、
一体いくらかかるのかということについて、
2例をフューネのホームページに掲載しました。
1例目は
「故人様が大好きであった音楽を聞きながら・・・」

20名様の近いご家族・ご親戚の方々と、ご近所の皆さまを中心に
お世話になっている方々にお見送りいただきました。
ピアノによる生演奏を中心とし、故人様のお好きであった演歌を演奏しました。
演奏中は皆さまの心の中に、在りし日の故人様が元気に歌っている姿が見えたのではないでしょうか。
2例目は
「故人の大好きであった“いちご大福”をみんなで頂く」

10名様のごく近い、ご家族の方々で執り行いました。
香典をご辞退されたため、返礼品をご用意せず、
お供えのお花は家族の方、親戚の方で出され、華やかにお飾りしました。
大好きだったいちご大福をご用意させていただき、
故人様を取り囲み、思い出を語らいながらいちご大福をいただきました。
この2つの例は実際にフューネでお葬式をお手伝いさせていただいた方の事例です。
本来、お別れの仕方は様々でなければならないはず。
可能な限り、お客様のご要望にお答えします。
以前にもブログに書きましたが、
亡くなった方を供養するということは
「いつまでもその人のことを忘れないであげること」
たとえ、10年・20年経っても残された者の記憶の中に生き続けなければなりません。
その為には記憶に残るお葬式を行なうことがまず、第一歩だと考えます。
フューネの「感動葬儀。」の理念がたっぷりつまっている「自由葬」。
他の葬儀社とひと味ちがうお葬式を提供して行きます。
2010年01月11日
フューネの「自由葬」

フューネの「感動葬儀。」の一例をもっと解りやすく説明してほしい
というお客様の要望にお答えし、フューネのホームページに
「自由葬」をご案内するページを開設いたしました。
くわしくはコチラ↓をご覧ください。
http://www.fune.ne.jp/html/jiyu.html
最近『家族葬』という言葉をよく耳にするようになりました。
フューネにお葬式のご相談にいらっしゃるお客様も
「家族葬でお願いします」というご要望をされる方増えてまいりました。
しかし、「家族葬」と一言で言っても内容は様々です。
例えば
小規模でお葬式を行ないたい
本当に家族のみで行ないたい
お別れの会の前段階として行ないたい などなど。
一口に「家族葬」と言ってもお客様の要望は多種多様なのです。
多種多様の要望にお答えするのがフューネの「感動葬儀。」なのです。
つまり、100回のお葬式をすると100通りのお葬式のパターンが出来上がるのです。
決してマニュアル通りの応対ではなく、お客様に合わせたご提案や
数々のサプライズが多くのお客様からのご支持頂けているものと思っています。
ですから、フューネのテレビCMでも自信を持って
「100人の人生に100通りの終焉がある」
というキャッチフレーズをお客様に訴えることが出来るのです。

故人のお好きな花で祭壇を作るのも「自由葬」のスタイル。
決して葬儀の花は「キク」なんてルールはありません。
さて、お客様のご要望にお答えする為に作った商品が「自由葬」です。
フューネの「自由葬」はいわば何でもありであり、
文字どおり自由葬にはなんの決まりも制約もありません。1つだけあるとすれば、
「火葬時間に間にあえば良い」
ということだけです。宗教者をお呼びしないのであれば、時間の制約は一切なく、
例えばお昼の3時に通夜をしても良く、
また「通夜をやらない」という選択もできます。
それ以外にも、例えばお別れの言葉だって必ずしも喪主様がする必要はなく、
いずれも最もふさわしい方法を選ぶことが可能です。
自由葬は宗教儀礼者をお呼びしないため、一般的には「無宗教葬」と言われて
おりますが、前述のとおりフューネでは本来の意味での自由葬を
『少し違った解釈』としています。
実際のお葬式でもフューネの自由葬というプランを選ばれるお客様が
近年非常に増えています。
変わりゆくお葬式を実感して頂く上でも
是非、一度フューネのホームページ「自由葬」をご覧下さい。
みなさまに絶対に勘違いして欲しくないのですが、何でもありとはいえど、フューネは
決して変えてはいけないものは変えません。
変えていいものはどんどん変えることが新しい葬儀のトレンドに
なって行くと思います。
2010年01月09日
平成22年に慣れましたか?
つい先日、「あけましておめでとう」と挨拶がしていたことが
ウソのように、日々の慌しい日常が始まりました。
早いものでもう今年も元旦から10日近く経ってしまいました。
時の流れはつくづく速いものですね。
さて、皆様は「平成22年」に慣れましたでしょうか?
何気ない書類に日付を記入する時に誤って「21年」と書いていませんか。
このようなミステイクは毎年のこの時期に誰もがついうっかりしてしまう
ものですが、おそらく大方の方が2月に入る頃までには「平成22年」と間違えずに
表記ができるようになっていると思います。
ところで、このミステイクは時として笑いごとでは済まされないことになります。
フューネでは毎年この時期に起こるこのミステイクに対応するのが
もはや風物詩になっています。
それは主治医が発行する「死亡診断書」の日付の記載ミス。
死亡診断書は重要な公式書類であり、これが無いと殺人罪や
遺体遺棄罪などの嫌疑をかけれられてしまう程の重要な書類なのです。
また、書類の一字一句に一つでも間違いがあると市役所が受理をして頂けず
火葬の許可を頂けないものなのです。
人の死は尊いものであり、戸籍を抹消するという重大な行為をする必要がある為に
間違っても他人と間違えることは許されませんので、このくらい厳しくても
なんら不思議ではないのです。
診断書を書く医者がついうっかり、「平成21年1月〇日」と書いてしまった
ばっかりに書き直して貰う必要があり、悲しみの深いお客様に
再度病院に走って頂かなければなりません。
しかも、夜勤明けの主治医の場合は病院にいないことも多く
そうかといって別の医師に書きなおして貰うことは絶対に出来ないので
どんなことがあっても死亡届を書いた医師本人に訂正をして頂かなければなりません。
臨終の際、悲しみのどん底で医師の書いた「死亡診断書」を中身まで確認して
受け取るご遺族さまはこれまでに出会ったことはありません。
受け取る側も「その場で確認すればいい」のですが、臨終の場面というのは
決して確認が出来るような場面ではありません。
そのような性質の書類である以上、せめてこのようなミステイクを防ぐ為に
渡す側の病院内でのチェックをしっかりして頂きたいものです。
ついうっかりが多くの関係者を巻き込んでしまう書類のおはなしでした。
市役所に届ける各種届出や契約書・領収書などの商取引の
公式書類の日付には間違いは許されません。
くれぐれもみなさまも公式書類の日付にはお気を付けくださいね。
ウソのように、日々の慌しい日常が始まりました。
早いものでもう今年も元旦から10日近く経ってしまいました。
時の流れはつくづく速いものですね。
さて、皆様は「平成22年」に慣れましたでしょうか?
何気ない書類に日付を記入する時に誤って「21年」と書いていませんか。
このようなミステイクは毎年のこの時期に誰もがついうっかりしてしまう
ものですが、おそらく大方の方が2月に入る頃までには「平成22年」と間違えずに
表記ができるようになっていると思います。
ところで、このミステイクは時として笑いごとでは済まされないことになります。
フューネでは毎年この時期に起こるこのミステイクに対応するのが
もはや風物詩になっています。
それは主治医が発行する「死亡診断書」の日付の記載ミス。
死亡診断書は重要な公式書類であり、これが無いと殺人罪や
遺体遺棄罪などの嫌疑をかけれられてしまう程の重要な書類なのです。
また、書類の一字一句に一つでも間違いがあると市役所が受理をして頂けず
火葬の許可を頂けないものなのです。
人の死は尊いものであり、戸籍を抹消するという重大な行為をする必要がある為に
間違っても他人と間違えることは許されませんので、このくらい厳しくても
なんら不思議ではないのです。
診断書を書く医者がついうっかり、「平成21年1月〇日」と書いてしまった
ばっかりに書き直して貰う必要があり、悲しみの深いお客様に
再度病院に走って頂かなければなりません。
しかも、夜勤明けの主治医の場合は病院にいないことも多く
そうかといって別の医師に書きなおして貰うことは絶対に出来ないので
どんなことがあっても死亡届を書いた医師本人に訂正をして頂かなければなりません。
臨終の際、悲しみのどん底で医師の書いた「死亡診断書」を中身まで確認して
受け取るご遺族さまはこれまでに出会ったことはありません。
受け取る側も「その場で確認すればいい」のですが、臨終の場面というのは
決して確認が出来るような場面ではありません。
そのような性質の書類である以上、せめてこのようなミステイクを防ぐ為に
渡す側の病院内でのチェックをしっかりして頂きたいものです。
ついうっかりが多くの関係者を巻き込んでしまう書類のおはなしでした。
市役所に届ける各種届出や契約書・領収書などの商取引の
公式書類の日付には間違いは許されません。
くれぐれもみなさまも公式書類の日付にはお気を付けくださいね。
2010年01月07日
香典の領収書
私が葬儀業界に入った新人の頃、お葬式の受付で受付の係りの方と
ご弔問のお客様で間でトラブルが起こりました。
弔問客「領収書をください。」
受付係「香典の領収書なんて出せる訳ないじゃなか」
というような言い争いに。
担当者として争いの間に入った私は
このご弔問客に対して「香典に領収書は出しません」
と自信を持ってお答えしました。
この時の私は自分の持ってきた香典の領収書を請求するなんて
常識のない方だなぁと思ってしまいましたが、
このことを直属の上司に報告すると、上司は血相を変えて私を叱りました。
北海道は香典の領収書を発行するのがあたりまえ
怒られながら「えっっ」と驚いた私。
まるで昨日ことのような懐かしい失敗話です。
おそらく前述のご弔問のお客様は北海道からお越しのお客様だったのでしょう。
今、思えば領収書を貰うのがあたりまえの方があたりまえの要求をしたのに
過ぎなかっただけなのですが、お葬式の地域性というのは時に既成概念さえも
打ち破ってしまうものなのです。
北海道でいつ頃から香典に領収書を発行するようになったかは定かでは
ありませんが、北海道では随分前から行なわれている風習だそうです。
おそらく、日本中から様々な地域の文化を持つ人々が移住して地域社会を
形成した上の合理主義から来た発想だと思いますが、
逆に北海道以外の地域から北海道に弔問に行くと、香典を出すと目の前で
開封し、「〇〇さん 香典 金5,000円」と領収書を書いて渡して
くれる行為にたいそう驚くそうです。
この大失敗のあと何度かご弔問のお客様から
「香典の領収書をください」
と要求されてもちゃんと対応できるようになりました。
北海道では香典専用の領収書が存在しますが、フューネではその都度
手作りに作っています。
香典に領収書。この地域ではちょっとなじみのない葬送文化です。
ご弔問のお客様で間でトラブルが起こりました。
弔問客「領収書をください。」
受付係「香典の領収書なんて出せる訳ないじゃなか」
というような言い争いに。
担当者として争いの間に入った私は
このご弔問客に対して「香典に領収書は出しません」
と自信を持ってお答えしました。
この時の私は自分の持ってきた香典の領収書を請求するなんて
常識のない方だなぁと思ってしまいましたが、
このことを直属の上司に報告すると、上司は血相を変えて私を叱りました。
北海道は香典の領収書を発行するのがあたりまえ
怒られながら「えっっ」と驚いた私。
まるで昨日ことのような懐かしい失敗話です。
おそらく前述のご弔問のお客様は北海道からお越しのお客様だったのでしょう。
今、思えば領収書を貰うのがあたりまえの方があたりまえの要求をしたのに
過ぎなかっただけなのですが、お葬式の地域性というのは時に既成概念さえも
打ち破ってしまうものなのです。
北海道でいつ頃から香典に領収書を発行するようになったかは定かでは
ありませんが、北海道では随分前から行なわれている風習だそうです。
おそらく、日本中から様々な地域の文化を持つ人々が移住して地域社会を
形成した上の合理主義から来た発想だと思いますが、
逆に北海道以外の地域から北海道に弔問に行くと、香典を出すと目の前で
開封し、「〇〇さん 香典 金5,000円」と領収書を書いて渡して
くれる行為にたいそう驚くそうです。
この大失敗のあと何度かご弔問のお客様から
「香典の領収書をください」
と要求されてもちゃんと対応できるようになりました。
北海道では香典専用の領収書が存在しますが、フューネではその都度
手作りに作っています。
香典に領収書。この地域ではちょっとなじみのない葬送文化です。
2010年01月05日
雪国
2日の日に嫁さんの実家に行きました。
大晦日から元旦にかけて降った雪は2日の朝には豊田市では
全く残っていませんでしたが、標高が600メートルを超える嫁さんの
実家では白銀の世界
でした。

【嫁さんの実家の庭から隣の家のを望む】

長いつららも出来ていました。
庭には孫の為に作った雪だるまも。

大きさが120cmくらいあり、とても大きな雪だるまでした。
元旦の雪は吉兆といわれ縁起の良いものだそうですが、
お正月の雪はなかなか風情があっていいものですね。
さて、今年の初詣は嫁さんの実家近くの潮南神社が一番最初に
参拝した場所となりました。

決して人気の神社ではありませんが、雪に清められた神社は
清々しく、清らかな気分にさせてくれます。
都市部での雪は交通の混乱など都市機能をマヒさせる原因になり、
できれば避けたいものですが、田舎の雪は雪を楽しむ余裕を
私たちに与えてくれます。
大晦日から元旦にかけて降った雪は2日の朝には豊田市では
全く残っていませんでしたが、標高が600メートルを超える嫁さんの
実家では白銀の世界
でした。
【嫁さんの実家の庭から隣の家のを望む】

長いつららも出来ていました。
庭には孫の為に作った雪だるまも。

大きさが120cmくらいあり、とても大きな雪だるまでした。
元旦の雪は吉兆といわれ縁起の良いものだそうですが、
お正月の雪はなかなか風情があっていいものですね。
さて、今年の初詣は嫁さんの実家近くの潮南神社が一番最初に
参拝した場所となりました。

決して人気の神社ではありませんが、雪に清められた神社は
清々しく、清らかな気分にさせてくれます。
都市部での雪は交通の混乱など都市機能をマヒさせる原因になり、
できれば避けたいものですが、田舎の雪は雪を楽しむ余裕を
私たちに与えてくれます。
2010年01月03日
大阪城
昨年の年末に大阪に行きました。
今回の目的を済ませ、少し時間があるので久しぶりに観光をしようと思い
どこに行こうかと考えてみると、そういえば
「一度も大阪城に行ったことがない」
と思い大阪城に初めて行ってきました。
大阪には学生の頃から遊びに行ったり、仕事で行ったりと何十回も行っている
はずですが、今まで大阪城に行ってみようと思ったことがありませんでした。


行ってみて初めて分かったことですが、大阪城公園の広さにびっくりで天守閣まで
結構歩くことが分かり、やはりテレビや地図で見ているだけではいけませんね。
さらに、通りかかりに見つけた大阪城公園から発着している水上バス
にも乗ってしまい完全な観光コースを満喫してしまいました。
たまにはいいものですね。



水上バスから眺める大阪は〝水都大阪〟と言われてるだけあって運河や
川を利用し街が発展してきたことをあらためて感じました。
初めての大阪城は思っていたよりも「気づき」の多い場所でした。
今回の目的を済ませ、少し時間があるので久しぶりに観光をしようと思い
どこに行こうかと考えてみると、そういえば
「一度も大阪城に行ったことがない」
と思い大阪城に初めて行ってきました。
大阪には学生の頃から遊びに行ったり、仕事で行ったりと何十回も行っている
はずですが、今まで大阪城に行ってみようと思ったことがありませんでした。


行ってみて初めて分かったことですが、大阪城公園の広さにびっくりで天守閣まで
結構歩くことが分かり、やはりテレビや地図で見ているだけではいけませんね。
さらに、通りかかりに見つけた大阪城公園から発着している水上バス
にも乗ってしまい完全な観光コースを満喫してしまいました。
たまにはいいものですね。



水上バスから眺める大阪は〝水都大阪〟と言われてるだけあって運河や
川を利用し街が発展してきたことをあらためて感じました。
初めての大阪城は思っていたよりも「気づき」の多い場所でした。
2010年01月01日
2010年 あけましておめでとうございます。

みなさま、あけましておめでとうございます。
本年も「感動葬儀。」ブログを宜しくお願いします。
今年も葬儀に関連する情報を中心に話題を提供できたらと考えています。
さて、フューネの元旦は朝8時の全社員参加(パート・アルバイトを除く)
による全員朝礼により始まりました。
例年、私の年頭の訓示はこの時です。
〝一年の計は元旦にあり〟ですから気合が入ります。
やはり、元旦から全社員が集まれるのがフューネのパワーですね。
例年は2日に行なう年頭の訓示ですが、今年はカレンダーの加減で
元日のお通夜のお客様がいらっしゃり、元旦に全社員が集まったのですが
やはり、気持ちの良いものです。
新しい年のスタート。
2010年は是非とも飛躍の年にしたいものです。






