ブーログ › フューネ三浦直樹の「感動葬儀。」ブログ
2015年02月27日

遺骨の輸送

葬儀会館での忘れ物の中で、常に上位にくるものの一つに遺骨

あります。通夜・葬儀・初七日と終わり、ご遺族の皆様は

安心するのか遺骨を忘れそうになることもしばしばあります。

本来は絶対に忘れてはいけないものなのですが、何しろご来館時は

お持込頂くものではありませんから、そもそも「私の大切な持ち物」と

いう帰属意識がまだまだ芽生えないのは仕方の無いことかも

しれません。

「お客様一番大切なものをお忘れですよ」

とフューネの社員がお客様にお声をかけるとお客様は大抵、

笑われます。

照れ隠しもあり、恥ずかしさもある何とも笑ってごまかすことが

一番の心境なのでしょう。

良く、バスガイドさんがバス旅行終了の挨拶で

「家に帰るまでが旅行ですから」

という注意を私たちにくださいますが、お葬式も家に帰ってお骨を

中陰台(仮祭壇)に安置するところまでがお葬式です。




さて、最近では手元供養永代供養などをお申込み頂く

お客様が増えています。お骨を自分の拠点から離れた遠隔地に

運ばなければならないといった需要が年々増加しています。

以前はお骨を抱いて車か交通機関で運ばなければなりませんでしたが、

今は日本郵便の「ゆうパック」のみで荷物として送ることが

可能です。他の宅配業者では受付をしていませんのでご注意頂きたい

のですが、ゆうパックでは送付状に「遺骨」と記載して送ることが

出来るので安心してご利用頂けます。

ご遺骨は通常の荷物とは違うとは思いますが、荷物として受け付けて

くれることで遠隔地までわざわざ、手運びをする必要がなくなった

ことはコスト的にも非常にメリットのあることだと思います。



鉄道の忘れ物の定番といえば、傘とか衣類ですが、変わったところで

ご遺骨というもの忘れ物として届け出があるそうです。

くれぐれもご遺骨だけは忘れ物の無いようにして頂きたいですね。


  

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Posted by フューネ三浦 at 08:36 │お葬式の知識

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2015年02月25日

髪の毛の色

最近、モデルさんや女優さんの髪の色が黒髪な方が増えて来ている

ように感じます。髪の毛の色はファッションの流行とともに絶えず変化

をしているものですから、いつの時代も一緒では無いのですが、時代

の変化とともに価値観は変わってきているものです。

一昔前はいわゆる茶髪にするだけで「ヤンキー」というレッテルを

張られた時代もありましたが、今はある程度の茶髪は容認されて

います。

では、どこまでが黒髪でどこからか茶髪なのか?

容認できるレベルはどこなのか?

という基準があいまいではいけません。

髪の毛の色のレベルスケールというものをご存じですか?



日本ヘアカラー協会(JHCA)が提唱している、このレベルスケール

は多くの美容院が採用していますのでヘアカ ラーの明るさを選択する

時に例えばレベル6なら日本中の美容院でレベル6の色に

染めてくれます。



同時にヘアカラーの明確な基準を望んでいた企業からは大変

歓迎され、多くの企業がヘアカ ラーの明るさの基準として導入を

されています。

参考までに
・日本航空:6レベルまで認可
・ホテルオークラ:7レベルまで認可
・三越:7レベルまで認可
・コジマ:7レベルまで認可
・プランタン銀座:10レベルまで認可


ちなみに多くの日本人の場合、「レベル4」がいわゆる染めてない

状態の黒髪で、「レベル6」が少し、茶色が入った黒髪。

「レベル7」以降はいわゆる茶髪といえる髪の色でしょうか。

髪の毛のレベルスケールは「レベル1」から「レベル20」まであり、

「レベル1」は染めた状態の真っ黒な色、「レベル20」は染めた状態の

真っ白な状態です。


就職活動をされる学生さんの髪の毛の色は「レベル6」までが

一般的です。また銀行系などの固いイメージの企業も「レベル6」まで

としているところが多く、「レベル7」「レベル8」はホテルや

デパートなどの接客業が採用しているケースが多いのです。




お葬式という儀式に携わるフューネでは髪の毛の色は比較的

暗い色のほうが望ましいですが、茶髪の髪の毛が流行って

いた頃に女子社員に限って「レベル8」まで容認しました。

男性は「レベル6」のままです。

フューネの就職試験の際は「レベル9」以上の明るい髪の毛

では合格しませんし、現職の社員も「レベル9」以上の色の

場合は改善を要求します。




「揃える」為には公平な基準が必要ですが、このレベルスケールに

出会った時、漠然としていた基準が明確になり大変感激をしました。

そして公平に社員の髪の毛の色を指導することができるようになり、

揃えることが可能になりました。

髪の毛の色の「モノサシ」はとてもありがたい存在なのです。








  

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Posted by フューネ三浦 at 08:33 │フューネ(会社)のこと

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2015年02月23日

漢字

フューネの入社試験では面接の他の筆記試験は漢字のテストのみ。

一人の社会人として英語や数学などの基礎知識も必要でしょうが、

葬儀社において漢字の読み書きの能力は特別に重要なのです。

葬儀において絶対に間違えられないのが人の名前と生花等の

供物につける看板名。次いでいうと請求書名もです。

常用漢字以外の漢字を頻繁にお客様とやりとりをするのには

一つの漢字に対して何種類の読み方や書き方を理解していなければ

ならないのです。




ご存じのように漢字はお隣の国、中国から入ってきた漢民族が使用

していた文字ですが、日本に入ってきて日本の仕様にアレンジされ、

本来の漢字の持つ、音読みに加え、訓読みという日本独特の読み方

も発明されました。それに加えてひらがなやカタカナの発明が今日の

日本語になっています。

常用漢字は約2000字ありますが、これは時代とともに中身が変わって

いく物です。

今の日本人はパソコンやスマートホフォンの普及により、書けない

けれど読める漢字を使用することが増えてきました。このことから

常用漢字の選考にも、多くの国民が書けないけれど、読める漢字が

常用漢字に入っていくようなのです。

例えば憂鬱の「鬱」なんで読めても書けないですよね。




アルファベットなどの外国の文字と違って覚えるのはとても大変

ですが、一度覚えてしまえば様々な表現ができるのが漢字の

一番素晴らしいことではないでしょうか。

自分の感情を漢字を変えるだけでわずかな違いを表現できて

しまうのですから。




自分の想いを表現できるからと言って少々困りものが

「キラキラネーム」と言われる子供の名前です。

どう読んでも読めない当て字や連想ゲームかと

突っ込みをいれたくなるような漢字にはこれから、葬儀社は

悩まされていくのでしょうか。

キラキラネームばかりの焼香の順位帳なんて考えただけでも

「ゾッ」とします。















  

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Posted by フューネ三浦 at 08:38 │役立つ雑でない雑学

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2015年02月21日

贈り物

日本には様々な贈り物をする習慣があります。

ざっと挙げてみると結婚・出産・誕生日・結婚記念日・葬儀・お年玉・

バレンタインデー・ホワイトデー・合格祝い・入学祝い・卒業祝い・

母の日・父の日中元・歳暮


本当に年中何かの贈り物をしていることになるのです。

贈りものは必ず、送る相手がおり、送る相手のことを考えて様々な

品々の中から一つないし、数点のアイテムを選ぶことが楽しみである

のです。

基本的には贈り物を贈る動機としては「祝福」という気持ちや

「お見舞い」という気持ちを込めたものが私の本業である

冠婚葬祭の各種行事には欠かせません。

それを形で表すものは贈り物の中でも一番清々しい気持ちにさせて

くれるものです。

残念な贈り物の中に「賄賂」というものもあります。

賄賂の可否は議論の対象外とするとしても清々しさは無いはずです。



私は残念なことだと思っているのですが、最近のギフトの動向として

安易にカタログギフトを選択したり、商品券などの金券を贈る方は

ますます増えています。一見合理的で貰った方は喜ばれるものだと

思うのですが、やはり贈り物は前述のように送る側が送る相手のこと

を思って選んだ品物でなければ、贈り物を贈る趣旨としては何か

間違っているように思うのです。



贈り物は単に人間が人間に贈る物だけではありません。

神様や仏様からの贈り物もあります。

神道の考え方では私たちが普段口にする食べ物はすべて、神にお供えを

した後に頂くものです。お供えを引いて頂くから「お下がり」

とか「引出物」と言われる贈り物です。




様々な贈り物には何かしらの愛情の証であり、

決して金銭では表現できない私たちの心そのものなのです。





  

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2015年02月19日

看病疲れ・介護疲れ

認知症の妻を夫が首を絞めて殺害してしまったという何ともやるせない


ニュースが先日も流れていました。

献身的に看病するあまり、一人で悩み、苦しみ最終的には悲劇の

結末を向かえてしまうことは言葉では言い表せない無念な気持ちです。

親を介護するのに仕事を辞めなければならない人が年々増えています。

わずかばかりの年金とアルバイト収入だけになった家計は介護をする

ことで生活そのものが不安定になってしまう現実があります。

おそらくこのようなことは日本の至るところで起きているのでしょう。

超高齢化社会の中で、今後もますます増える看病疲れ、介護疲れの

対策をもっともっと行政が介入するべきだと思うのです。




葬儀の仕事をしていると、お葬式の打ち合わせをしている時に

悲しいのだけど、どことなく「ほっ」とされているご遺族の方に

出会います。事情を聞いてみると、長年の闘病生活がやっと

終わったということがほとんどの場合です。

過去の経験からですと闘病生活が3年を超えてくると、「死」という

現実に悲しみ以外の別の感情を持たれる方が多くなってくるように

感じます。中には10年を超えるような看病をされた方などは

「やっと終わったわ」

とはっきり口に出して言われるお客様にこれまでに何人もの方と

出会ってきました。

私自身、長期の看病や介護の経験は無いのであくまでも推測で

しかわかりませんが、死は現実から解放をしてくれる側面もある

はずなのです。




医療の進歩を同時に、延命ということが可能になった現代社会の中で

同時に「看病疲れ」「介護疲れ」というひとつの

社会問題を作ってしまいました。前述のように疲れからの殺人が

絶対に起きないようにしなければなりませんが、葬儀の現場で

お客様の動向を見ている限り、本当に紙一重の理性の差だけなんだと

思ってしまう現実をしばし、垣間見るのです。













  

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Posted by フューネ三浦 at 09:18 │日々いろいろ

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2015年02月17日

2040年

私の著書「感動葬儀。心得箇条」でも触れていますが、

最近ではメディアが2040年問題として多く取り上げるように

なってきました。

65歳以上人口の割合が、2010年の23.0%から2040年には

36.1%へと上昇し、3人に1人以上が65歳以上の世の中。

中でも問題なのは、働く意思と能力のある人の数である労働力人口の

減少です。2011年度に約6600万人だった労働力人口が2040年度には

5400万人に減少すると見込まれているのです。

その結果、2040年には全国1800市区町村の半分の存続が難しくなる

との予測があり、国土交通省も全国6割の地域で50年に人口が

半分以下になると予測しています。896の自治体が消滅するとも

言われています。




私の記憶では2005年前後くらいから、2040年には日本という国が

立ち行かなくなるという予測が叫ばれるようになり、2010年前後から

メディアが取り上げるようになり、そして、今は危機として報じられる

ようになったのです。

経済の原則からしても、消費をしないと景気は絶対に良くなりません。

人口減少ということは消費をしないということであり、今後の

日本経済にとっても無関係ではいられないのが人口の問題なのです。



今年2015年であるので2040年まではあと25年。

劇的に世の中が変わっている25年後を乗り切る為には、今からの

備えが必要です。

2040年には昨年126万人が亡くなった死亡者数も170万人まで

達するという予測も発表されており、「死」に対する価値観もおそらく

変わってしまうでしょう。

あと25年に出来ることを出来るだけ対策をしておかなければ、

予測よりも厳しい結果を招くだけなのです。





  

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Posted by フューネ三浦 at 08:37 │お葬式の知識

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2015年02月15日

自動ドア

一昔前と比べても格段に便利になっている世の中で、「自動」

というキーワードで進化しているものが多数あります。

10年くらい前では自動でライトが付く人感センサー付きの

照明器具に喜び、便座が自動で開閉する便器になんとなく

うれしくなったものです。最近では自動車の自動でブレーキを

かけてくれる技術が普及してきて、本当に私たちの生活の中では

ますますの便利さが今後も追求されていくでしょう。



自動という便利さの中で失われていくものもあります。

それは人間がバカになるということです。

コンピュターが自動で計算してくれるようになってボーリングの

スコアを書ける人がほとんどいなくなりましたし、車の縦列駐車すら

自動でやってくれる時代に縦列駐車の技術は確実に落ちているはず

です。お恥ずかしながら、フューネにおいても葬儀に関連する

発注業務をオンラインで組んでいるとシステムが故障した時に

電話とFAXで注文するということさえ、解らない若手の社員が

いることに正直、ショックを受けるのです。

便利さを追求することは大切なことですが、少しくらい

不便なほうが人間性は損なわれずに済むと思うのです。



さて、50年以上の昔からある自動で動くものの一つにドアがあります。

街を歩くだけで、一体いくつの自動ドアにお世話になっているのか

解らないくらい、自動で開くドアはもはや常識であり、疑いのない

便利な技術だと思うのです。

フューネでは2004年に完成した一号店の三好から

そうそうの森シリーズの葬儀会館には自動ドアはあえて設置しない

ようになりました。コストを下げる為に導入を見送っている訳ではなく

わざと不便にしているのです。

お客様がドアを開けるという行為をされる前にフューネのスタッフが

開けてあげるというサービスを目指しているのです。

通夜、葬儀には専門のドアマンを置くこともありますし、ドアを開けて

あげることでお客様との会話が自然に生まれ、距離感が短くなって

なっていくのです。結局、サービスとはお客様との距離感をいかに

して短くすることではないかと思うのです。



フューネ霊柩車も運転手がドアの開閉をします。



あたりまえと言われればあたりまえかもしれませんが、

この行為が火葬場までの車内での会話が弾む要因なのです。



自動という便利さの中で、人と人とのふれあいが無くなっていくことに

敢て、逆行することも「感動葬儀。」を構成する

要素なのです。












  

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Posted by フューネ三浦 at 09:09 │フューネ(会社)のこと

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2015年02月13日

霊柩車のトラブル

先日、フューネのグループ会社ゼロナイントヨタの霊柩車が

回送中にタイヤのパンクするトラブルに見舞われ結果的に

出棺予定時間に間に合わず、お客様をお待たせしてしまうという

トラブルをおこしてしまいました。

お客様はじめ、火葬場並びに関係機関にご迷惑をおかけしました。

改めてここにお詫び申し上げます。




葬儀の担当をしていて一番ヒヤヒヤするのは時間通りに霊柩車が

来ないことです。特に葬儀の最中に霊柩車の姿を見るまでは心が

落ち着かないないといった経験をお持ちの葬儀関係者は大勢いる

ことでしょう。フューネでは多少のトラブルが発生しても解決できる

ように出棺予定時刻の30分前までには配車をして頂けるように

霊柩車の運行会社に依頼をしています。

しかし、それでもトラブルが起きることは避けることができません。

霊柩車が回送中に事故に巻き込まれるだけで大切なお葬式を

台無しにしてしまうこともあるのです。

そして、やはり霊柩車は自動車であり、機械であるということ。

つまり、絶対に故障しない保証はないのです。

もちろん、毎日の運行前の点検と整備をしている車ですから、

自家用車と比べれば、故障する頻度は圧倒的に少ないのですが、

それでも不可抗力ではと思うような機械のトラブルに巻き込まれる

ことはあります。

車のコンピュターが壊れ全く動かなくなってしまったりことが過去の

にはあるのです。

故障はある程度仕方ないとしても、厄介なのは

「代わりが無い」ということです。

お客様はパンフレットから車種を指定していることが多く

霊柩車なら何でも良いという訳ではありません。

例えば、「センチュリーの霊柩車」という指定を遺言でされていたら、

絶対にセンチュリーでなくてはなりません。

基本的に同一車両の無いのが霊柩車であり、唯一無二の存在なのです。



絶対に安全運転。絶対に故障の無いように。

やり直しの効かないお葬式という性質上、お客様の為に、毎日祈る

ような気持ちで細心の注意を払っているのです。












  

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Posted by フューネ三浦 at 08:40 │フューネ(会社)のこと

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2015年02月11日

惑う

惑うとは「どうしたらよいか判断に苦しむ」

という意味がありますが、人生は惑うことばかりであり、

惑うことから脱却することが決断というものでしょう。

人は自分自身の死に対して、惑い苦しみます。

自分自身がこの世で遣り残したことや懺悔や後悔。

そして、自分の死後に起きる家族や仕事のことなどの様々な

事柄に惑うのです。

自分の死に惑った多くの人が出す一つの結論が

「迷惑をかけたくない」

一見、とっても愛情に満ちた言葉のようですが、これは何も

解決になっていないのです。

そもそも「迷惑」という言葉には「惑」うという意味が含まれている

のです。

結論を先に言ってしまうと迷惑をかけたくないといって亡くなって

いっても結局、何かしらの「迷惑」をかけてしまうものです。

人は自身の死に対して迷惑をかけるものなのです。

「息子や娘に迷惑をかけたくない」

親としては子を思う当然の感情ですが、お葬式というものは

あえて迷惑をかけるべきなのです。

なぜならば、お葬式は遺された者が義務として行わなければならない

行為なのですから。

このことは法律にも亡くなったことを役所に届ける義務を負う人の

順位が明確に明記をされています。



迷惑をかけたくないと言ってお亡くなりなる人ほど、結果的に

迷惑をかけて行くという何とも無常なお葬式に何度も立ち会って

いる経験から書かせて頂きましたが、

死とは「惑う」こと

いうのが私の死生観でもあるのです。









  

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Posted by フューネ三浦 at 08:39 │お葬式の知識

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2015年02月09日

叱る

私が子供の頃は近所で遊んでいて、危険なことや人に迷惑が

かかることをしているとよく、知らないおじさんやおばさんに

叱られました。親に叱られることよりも数倍怖く、また叱られた

ことに対して、すぐ言う事ことを聞いたものです。



現代では公共のスペースでのマナー違反や迷惑行為に対して

注意することや叱るということは本当に希少なものになって

しまいました。子供を叱ってその親からクレームがくる、

厄介なことに巻き込まれる。そんなことが一瞬でも頭をよぎった

時に人は人に対して無関心になってしまうことが残念というか

無念なことではないでしょうか。



教育のという現場においては叱るという行為は必要不可欠なもの

ではないかと思うのですが、叱れない先生が増えているのも事実

です。先生という職業がサービス業のようになり、お客様に不快な

思いを与えないようにしてしまっては、「教育」の根本から外れて

しまうのですが、現実的には叱れない先生の増大はやはり青少年

育成の上では危険なことだと思います。



サービス業に従事するものとして究極の「サービス」を追求すると

必ず、「叱る」という行為に辿りつくのです。

今は他人から「叱ってくれる」というサービスを受けるには

相当な金額を払わなければならないのです。

それほど、お客様を叱るという行為は難易度な極めて高いサービス

だと言えます。叱ることでの会社の信頼失墜やクレームを頂くという

結果を恐れるあまり、人は人に叱れなくなるものです。

人と叱るといういうことは叱る側の覚悟と相手に必ず伝わる「愛情」の

証がはっきりと見えなければ絶対にできない領域なのです。



フューネの「感動葬儀。」において時としてお客様を叱る

というサービスをします。最愛の人を失い悲しみのどん底にいる人が

混乱した精神状態の中で、間違った方向に行ってしまいそうな

時は叱らなければいけません。

お客様を大切に思うからこそ、できる叱るというサービス。

これは本当に勇気のいることなのです。

「愛情」が伝わらなけば大クレーム。しかし、伝われば

強い信頼関係で結ばれるという結果は最高レベルのサービスには

絶対に必要なことなのです。

これからも最高レベルの葬祭サービスをお客様に提供する上で

「叱る」ということを勇気を持って実行できるフューネのサービスで

ありたいと願うのです。





























  

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Posted by フューネ三浦 at 08:27 │日々いろいろ

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2015年02月07日

らーめん6連ちゃん 2015年2月

今年も最早恒例となっているギフトショーに「永田や仏壇店の

永田社長」と焼肉「勢」の伊勢社長
と一緒に東京に行き、

これまた、このメンバーでは恒例となっているらーめん巡りを

してきました。今回は6杯

ほとんどの食べ物はらーめんでした。

過去のらーめん連ちゃん記事はコチラ↓
らーめん4連ちゃん 2014年9月http://fune.boo-log.com/e284817.html
らーめん4連ちゃんhttp://fune.boo-log.com/e220111.html
らーめん同行会  http://fune.boo-log.com/e156707.html
らーめん三兄弟  http://fune.boo-log.com/e147054.html
今年もラーメン4連ちゃん  http://fune.boo-log.com/e121802.html
らーめん4連ちゃん  http://fune.boo-log.com/e79624.html
恒例らーめん5連ちゃん  http://fune.boo-log.com/e195373.html


まずは新幹線で東京に着いたら八重洲口の地下街

東京ラーメンストリートへ。

仙台牛タンねぎ塩ラーメン 㐂蔵

牛タンネギ塩らーめんです。牛タンの入ったらーめんということで

どんな味か楽しみでした。ネギの効いた塩味でタンは柔らかめ。

個人的に好きな味でした。




2杯目、3杯目は銀座「松富」でしょーゆらーめん

と坦々麺のダブルです。

銀座の路地裏にある穴場のらーめんですね。

どれを食べてもとても美味しい。






翌日は3年ぶりに新横浜ラーメン博物館へ行きました。

4杯目はラーメン無垢-muku-の無垢らーめん

なんとドイツのフランクフルトにあるお店で

1年半限定で日本初出店だそうです。

チャーシューが美味しく、また食べたくなる味でした。



5杯目はNARUMI-IPPUDOのコンソメヌードル

「一風堂」 でおなじみの河原成美プロデュースしたらーめんで

2015年5月10日(予定)までの期間限定出店だそうです。

これはらーめんというよりはパスタを食べている感覚でした。



最後の6杯目は大好きな支那そばやの醤油らぁ麺。

いつ食べてもあっさりですべての素材が美味しいらーめんです。




久しぶりにらーめんを6連ちゃんしました。

今回は味がそれぞれバラエティーに富んでいて飽きずに楽しめました。







  

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Posted by フューネ三浦 at 08:33 │社長のプライベート

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2015年02月05日

会費制

結婚式の費用が高額で、若いカップルが自分たちでお金を工面

できない時にまず頼るのが双方の両親です。

両親の援助があり、そして、列席者の皆様からのある程度の祝儀を

あてにしながら結婚式は挙行するものでした。

親の援助があてにできない時によく用いる方法として、

会費制の結婚パーティというものがあります。

あらかじめ決められた会費を参加者から頂くことで運営し、結婚式を

行うというものはある意味合理的であり、費用負担という観点から

考えると平等なことではないでしょうか。



最近、お葬式の業界にも「会費制」を推進する葬儀社も登場しました。

お亡くなりになられた方の資産も無い状態の中で比較的血縁の濃い

遺族がいない状態の中では会費制という方法も一つの弔いの方法だと

思います。「おひとりさま」という人々が増えていく高齢化社会の

中では「会費制」という葬儀の提案は一つの方法だと思います。

しかしながら、葬儀における会費制という考え方は現代において

突然誕生した考え方ではなく、むしろ村社会の中で相互扶助という

観点でみれば、昔からお葬式は会費制なのかもしれません。

昔の村のお葬式ではお葬式に自分が食べる分のお米を持ち寄って

大きなかまどで一緒に炊く白米でした。

おかずも漬物もお互いがお互いに持ち寄り、それで葬儀の食事を

したのです。葬儀に飾る祭壇もその他の備品も村の人が設営し、

ご葬家の金銭的な持ち出しはほとんど無かったのがお葬式の原点です。




現代は物ではなくお金を持ち合って処理をしないといけないのが

現実ですが、家族葬では相互扶助の観点からの香典の収入が見込め

なくなり、ご葬家の持ち出しが以前よりも増えているケースが

目立ちます。もっとも香典収入をゼロという想定での会費制葬儀の提案

ということですので定着をすれば、新しい葬儀のスタイルが確立できる

のかもしれません。今後の状況が楽しみな会費制葬儀です。


























  

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Posted by フューネ三浦 at 08:41 │お葬式の知識

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2015年02月03日

昭和の香り

平成の世になって今年で27年。

昭和という時代はもはや遠い過去でしょうか。

昭和元年に生まれた方の年齢は今年で89歳。

今や大正生まれの方のお葬式すら少なくなり、まして明治生まれの

方のお葬式はまずお目にかかることがありません。

最後の明治生まれである明治44年生まれの方でさえも

104歳になる計算ですから、当然と言えば当然です。



今や葬儀の現場においてお亡くなりになる方の大半は「昭和生まれ」

です。一概に昭和生まれと言っても80歳を超える方から20代後半の

方までいらっしゃるのですから、一括りにすることはできないかも

しれませんが、昭和という時代に生まれたことは事実です。

お葬式においてお亡くなりになられた方が輝いていた時代に

スポットライトが当たるのは当然の理であり、昭和時代に撮影された

数々の写真の展示や昭和時代に流行していた数々の遺品の品々。

そして、葬儀会館に流れる音楽は昭和を代表する名曲です。




どんなに平成生まれの新しい葬儀会館でも、葬儀会館の中は

昭和の香りがするのです。

激動の時代と呼ばれた昭和という時代はお亡くなりなられる方の

人生の様を表現するにはコンテンツとして事欠かないのです。













  

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Posted by フューネ三浦 at 08:39 │お葬式の知識

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2015年02月01日

「感動」という言葉

「感動葬儀。」というキャッチフレーズを使用するように

なって随分と時間が経ちました。

そもそも、「感動」という言葉を安易に使用することはとても

危険なのです。

なぜならば、「感動」のない商品を提供した時に失うお客様からの

信頼は企業において取り返しのつかない損失なのです。

ですから、「感動」のある商品を提供しようという想いがあっても

使えずに躊躇してしまうことのほうが多いのです。



さて、これまでに何度もこのブログでご紹介している「感動」の語源

ですが、「感・即・動」なのです。通常、「感動」と言って

いますが、本来は「即」という言葉が入っていたのです。

すなわち、感じて即、動くという意味があり、平たく言えば、

「気づいたらすぐする」

という意味なのです。

つまり、フューネの目指すサービスの本質は「スピード感」

極めて重要であり、「親切・丁寧」という言葉の持つ、きめ細やかさ

にスピードに磨きをかけた時に、「感動」という言葉の語源の持つ

本来の意味の「感動」にたどり着くのです。



「感動」という言葉は漢語であり、「かんどう」と読みますが、

これを漢語や外来語が入る前から日本語にあった単語である

大和言葉で表現すると

「胸を打つ」

「心にしみる」

などといった表現になります。

現代では安易に感動という表現を使用する人々が多いのですが、

大和言葉で表現するとまた、感動という意味合いの奥行が

広がるような気がします。

フューネのお葬式も

「胸を打つお葬式」

「心にしみるお葬式」

「心に響くお葬式」

そのような「感動葬儀。」と提供していけたらと思うのです。








  

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2015年01月30日

火葬場が足りない

1月14日のNHKのニュースの特集で火葬場が足りないことを

取り上げていました。



過去10年で死亡者数が20万人も増えているのに、新設の火葬場は

全国各地で住民の強い反対運動もあり、一向に増える気配は

ありません。現在、日本の年間死亡者数は126万人ですが、

2040年には170万人まで増えるという予測もデータもあります。

現実的に現在でも火葬場の設備の足らないエリアでは閑散期でも

一週間待ち、繁忙期では2週間近く待たなければならないような

ところもあるのです。NHKは「多死社会」という表現を

使っていますが、これからもっとお亡くなりの方が増えていく現状に

民間の葬儀会館のホールは追いついていますが、肝心な火葬場が

追いついていないのです。




火葬場の必要性は誰もが認めるところですが、自分たちの住んで

いる町に出来ることは嫌がる典型的な施設です。

特に都市部では新設の火葬場の建設は多くの住民の反対で

進まないのです。

そこで考えられているのが既存施設の拡張と受け入れ時間の延長です。

既存の火葬場の隣地等に土地のスペースがあれば、新規で

拡張工事をして受け入れ数を増やすことができます。もしくは

友引などで火葬場がお休みを返上して友引でも受け入れをすると

いうこと。

さらに火葬場の24時間受け入れも含めた時間の延長を

考えているところもあるのです。

もしも24時間稼働をする火葬場ができたら、通常の通夜の時間に

葬儀を行いそのまま火葬場に向かうという一日葬も誕生しそうです。

こうなったら今までのお葬式の概念では考えられない新たな価値観

のあるお葬式が誕生するでしょう。



いずれにしても、増えている火葬場需要に官・民一体になって真剣に

取り組まなければ火葬場不足で多くの国民が困ることになるのです。











  

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Posted by フューネ三浦 at 08:27 │お葬式の知識

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2015年01月27日

中京テレビ「クレッペ」の取材。

先日、フューネの新葬儀会館

「そうそうの森フューネさなげ」

に中京テレビの取材が入りました。




「クレッペ」という3分間の情報番組ですが、映像でご紹介

頂ける良い機会を頂きました。





今回は支配人の井上がテレビ出演。

初めてのテレビ出演でしたが、無事に撮影終了。



タレントさんは江頭ひなたさん。

サッポロビールの元イメージガールということで

とても可愛らしい女性でした。



放送は2月1日(日)午後4時25分から
中京テレビをご覧ください。

  

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Posted by フューネ三浦 at 08:39 │フューネ(会社)のこと

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2015年01月25日

介護現場の人手不足

超高齢化社会の日本において、常に需要と供給のバランスが崩れている

介護の現場において2016年度にも外国人技能実習制度の対象となる

職種に「介護」を加える方針を政府が先日発表しました。

「日常会話に使用される日本語が、ある程度は理解できるレベル」

の外国人が来日後は2ヵ月間にわたって介護の知識や技術を研修で

勉強した後、介護施設などで働きながら経験を積んでいくような

システムが予定されているということですが、果たしてどんな未来に

なるのでしょうか。毎年一つの市が消滅していると同じくらいの人口

が減っている日本で、介護をする若者の世代は絶対に不足することは

以前から予想をされていたことであり、いよいよ老いたら、外国の方に

介護のサービスを受ける時代に入っていくことになりそうです。

ただ、言語や文化の壁もありますが、価値観、歴史観の違う外国の方

がどれだけトラブルなくできるのかという議論もあり、まだまだ

前途多難な問題であることは間違いありません。




フューネにおいても以前に実験的に外国人の社員を採用したことが

あります。彼らは優秀であり、教えたことはすぐに覚えて非常に

役に立つ社員であったのですが、葬儀の根本である、日本の歴史や

宗教、とりわけ死生観については教えて教えきれるものではないと

感じました。物心つく前から触れている日本人としてのアイデンティ

は知らず知らずの間に私たちの心の根に刷り込まれているのです。

葬儀は日本文化の集大成としての位置づけもあるのです。




葬儀の現場においても人手不足の感はあります。

残念なことではありますがやはり、職業としての「葬儀」はまだまだ

喜んで希望をされる若者が少ないことは否定できません。

そうかと言って外国人の方を採用するのもハードルが高いのです。

介護の現場と葬儀の現場の共通することは人生の終末期の

サービス業です。豊かなライフエンディングを送る為には

質の高いサービスを目指さなければならない使命がありますし、

人手不足を理由に受け入れの出来ない状態は絶対に避けなければ

なりません。その為には単に日本語が話せるということではなく、

日本の心の解る外国人の養成が絶対に必要だと思うのです。











  

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2015年01月23日

60周年 社内祝賀会

1月21日にホテルトヨタキャッスルにて、

社内向けの60周年の祝賀会とそうそうの森フューネさなげ

オープニングイベントの慰労会を兼ねて開催しました。









集まったのはフューネの社員とフューネグループの花一・

フラワーワン・ゼロナイントヨタ各社
の社員の皆さん。

普段は会社毎に懇親を深める飲み会はあってもこうして一堂に会する

ことは初めてのことです。





2時間という短い時間の中で、大いに盛り上がりました。











60年という長い歳月を守り続けた先輩方に感謝するとともに、

受け継いだバトンを決して落とすことなく、次の70年・80年にむけて

社員一同が結束する良い機会になりました。

これで、弊社の60周年に関するすべての行事が終了しました。

ご参加頂いたすべての皆様方に感謝申しあげます。


ありがとうございました。




  

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Posted by フューネ三浦 at 08:21 │フューネ(会社)のこと

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2015年01月21日

他人事 自分事

毎日のようにお客様のお葬式を担当しているフューネの社員にとって

お葬式は日常であり、人の死は突然に予告なくやってくることは当然

承知をしています。悲しみにくれるお客様の力になろうと日々の業務

を頑張ってくれているのです。

今年のフューネの社員教育のカリキュラムの一環として、先日、自分の

親や家族が亡くなったという想定でどのように送りたいかということを

レポートにて提出して頂きました。

全社員から提出されたレポートをすべて読んだ訳ですが、「やはり」

という内容が多くあったのです。

それは、「葬儀社に勤めているのに、自分の親の

お葬式を今まで一度も考えたことが無かった」

ということ。

「親が死ぬことを考えたことが無い」

「いや考えたくもない」

葬儀社に勤めている人間ですら、この感想ですから、いかに一般の

皆様が自分の死や親の死を想定することはハードルの高いことに

なるのです。

同時にやはり、お客様の死は他人事なのです。

昔、修業時代にお葬式に参列する度に、落ち込んで暗くなっている

私に先輩が「毎回、感情移入していたら葬儀の仕事はできないぞ」

と叱られたことがありました。確かにその通りで葬儀という空間の中で

唯一の他人であるのが葬儀社の社員です。他人であるということは

唯一冷静に物事をジャッジできる環境にあるのです。

葬儀社の社員の「他人力」というのは良い意味で絶対に必要な

スキルです。

しかしながら、悪い意味の他人事は絶対にいけません。

お客様の心の痛みを理解しようとしないような人間では葬儀社の

社員としては不適格であるといえます。




エンディングノート、生前相談、葬儀の保険、葬儀信託

これらはすべて「死」というものが発生していない状態でお客様と

相対します。お客様にとっても「死」を想定して自分事として

受け入れるのは心の葛藤を乗り越えなけばなりません。

そして、フューネの社員も自分の事として、アドバイスをしていかな

ければ、お客様からの信頼を絶対に得ることが出来ません。

他人事を自分事に変える心持ちと自分事にしない他人力の両方が

葬儀のプロとしては必要なのです。






  

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Posted by フューネ三浦 at 08:36 │フューネ(会社)のこと

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2015年01月19日

伊勢参り 2015

先週、毎年恒例となっている伊勢神宮に初詣に行ってきました。

今年は年末年始が非常に忙しく、初詣に行くことが出来なかった

ので、遅くなりましたが行けて良かったです。





毎年、この時期に行くようになってから今年で15年連続

そして、15年連続で食べているのがこのラーメン。

「市丸らーめん」

一年に一回しかたべれませんが、本当に美味しいのです。



そして、今年はさらに伊勢うどんも。



ちなみに、この二つは昼食前のおやつです。




毎年毎年、続けているとやらないことが苦痛になってくるものが

あります。年中行事と呼べるものはそういうものです。



  

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Posted by フューネ三浦 at 09:18 │社長のプライベート

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