ブーログ › フューネ三浦直樹の「感動葬儀。」ブログ
2015年03月23日

食べるという供養

冠婚葬祭において「食べる」ということはかなり重要なウエイトを

占めています。いや「冠婚葬祭とは?」という素朴な質問に

端的に答えるならば「食べること」と答えても間違いは無い

はずです。それくらい食べ物は大切なのです。





2008年3月8日付ブログ記事「ハレとケ」で書いたように

「ハレ(晴れ)」という「非日常」と「ケ(褻)」という普段の生活

である「日常」があり、非日常の時にしか口にできない食べ物が

ありました。

今ではいつでも食べることができる餅、赤飯、白米、尾頭つきの魚、酒

などは本来「ハレ」の日しか食べれなかった神聖な食べ物なのです。

普段食べることの出来ない食べ物の食べれるという楽しみが

冠婚葬祭にはあり、多くの人々は冠婚葬祭は葬儀・法要も含めて

楽しみでした。



葬儀や年忌法要において食べるということはお亡くなりに

なられた人と一緒に食べるという意味合いが含まれており、すなわち

「食べることが供養」に繋がります。日本人の持つ宗教観

には神様・仏様・ご先祖様と食を囲むことを大切にしてきました。

そういった意味では食事をしないということは供養をしていないとも

解釈することができるのです。




ところが、葬儀の葬儀小規模化や簡略化の流れの中で、葬儀や

年忌法要で食事をしない方が年々増えています。年忌法要はするが、

親戚を呼ばないから食事は無し。葬儀の中で初七日のお経もまとめて

したから、食事は無しなどなど。。。

兄弟間で仲が悪いから一緒に食事をしたくない。面倒だからしない。

なんて理由でされない方もあるのです。

上記の理由は現代だからとは言えません。昔からこのような理由は

あるのです。それでも昔は皆さん集まって食事をしたのです。

それはやはり、非日常のお葬式でしか食べられないご馳走があったこと

の影響力は絶大です。

もしも葬儀の時しか食べられない美味しいものが存在したら、

今のように葬儀の後に食事なし、年忌法要の後に食事なしなんてことは

ならないでしょう。




食べることは供養であるということ。

日本人が大切にしてきた民族の文化が少し崩壊しつつあるのです。


  

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2015年03月21日

2日に一度の記事を

2007年11月から始めたこの「感動葬儀。」ブログ

現在8年目に入っています。

その間、自分が定めた自分ルールは「2日に一回」

ブログ記事をあげること。

これなら、「無理なく、気軽に」出来ると考えてスタートしたブログ

ですが、8年もの間、やり続けるということは「少々無理して、

真剣に」にという風に変わってきていることは否定できません。

いわゆる、ブログ記事というものは投稿したいタイミングでたくさん

ある時もあれば、一週間くらい、全く新しい記事が書けなくなる

スランプ状態に陥ってしまうこともあるのですから。




「よく書くことありますね」

と多くの読者の皆様から言葉をかけて頂くことがありますが、

簡潔に書くための秘訣をご披露するならば、「気づき」

すべてです。

せっかく、目の前にあるチャンスをチャンスと捉える能力がなければ、

「気づき」なんてものは永遠に無理でしょう。

西洋のことわざに

「幸運の女神には、前髪しかない」

というものがあります。

この神様の名前はフォルトゥーナという女神様であり、

チャンスの神様と言われています。

チャンスに前髪はあるが、後頭部に髪の毛はない。もし前髪を

つかんだら、彼女(チャンス)をつかまえることができるが、

もし逃がしてしまったら、誰も二度と彼女をつかまえることは

できないという意味です。

つまり、チャンスが前から向かってきたときに無我夢中で

つかまえないと、通り過ぎた後に気づいて後ろから手を伸ばして

つかまえようとしても遅いということ。

「チャンス」=「気づき」

ですから、気づいた時にすぐ行わなければもう二度と思い出すことは

不可能なのです。



「気づき」をたくさん得ることが出来る秘訣はとにかく人と会う

ということ。そして、書物を読むということの2つに尽きます。

ブログの記事の題目は人と会って雑談している時の一瞬に閃きますし、

同様に本を読んでいる一瞬に閃くのです。その時に題目をメモして

いないともう思い出すことができないくらい、ほんのわずかな

「気づき」なのです。すぐ忘れてしまうくらいの「気づき」を

ブログ記事にすることで私は最高のチャンスを得ているのです。

このブログは8年分の私の気づきの集大成なのですから。













  

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Posted by フューネ三浦 at 09:05 │日々いろいろ

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2015年03月19日

ホットライン

ご承知の通り、フューネは365日24時間営業であり、休むことを

許されない事情は人の死はいつやってくるか解らないからという以外の

理由はありません。人の死は待ってくれない以上、会社は創業以来

一度も休むことはなかったのです。

会社が休まないからと言ってそこで働く社員が休まないなんてことは

現実的には絶対にありえない訳です。当然、勤務のシフトを作成し、

仕事上に穴を開けないようにやりくりをしています。



フューネの代表番号は0565-35-3535という大変覚え

やすい番号です。当然、総合受付であるこの番号に葬儀のご依頼が

あるのかというと実は半分に満たないのです。多くは各葬儀会館の

電話番号からのご依頼であり、夜間には本社に転送になっており、

最終的に本社の事務員がお電話をお受けすることになるのです。




ほとんどの場合は上記の系統でお電話をお受けして葬儀のご依頼を

頂くのですが、これ以外の電話番号に葬儀のご依頼がかかってくる

ケースがあるのです。それは私を含めてフューネ社員の携帯電話です。

社長である私の場合は対外的なお付き合いもあり、日頃お世話になって

いる方々から直接のお電話を頂くことはある程度予想もできるかと

思いますが、フューネの社員にも直接お客様からしばしば葬儀の

ご依頼を頂きます。

社員の友人や知人と言ったケースももちろんありますが、以前に

担当したことのあるお客様や生前に葬儀の相談をしたお客様などなど。

お客様にとってフューネに依頼するというよりはフューネの社員への

直接のご指名なのです。

昼夜を問わず、またプライベートの時間でも関係なくかかって来る

葬儀のご依頼。基本的に対応できる時は夜間でも出社して対応して

くれるのは本当にありがたいことです。そうさせるのはお客様から

「ご指名」を頂けることが葬儀社の社員にとって本当にうれしいこと

なのですから。だからこそ、たとえ夜間でも自ら率先してお客様の為に

対応するのです。

お客様との「ホットライン」は葬儀の担当者が日頃築いてきた

人間的な繋がりによって生まれるものです。地元の葬儀社と

いうものは本来、「ホットライン」からの葬儀の依頼が多くなくては

なりません。葬儀社の信頼・信用という言葉は案外、

社員全員の「ホットライン」の数で決まるのかもしれませんね。












  

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Posted by フューネ三浦 at 09:42 │フューネ(会社)のこと

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2015年03月17日

名物

「名物」という言葉の意味を辞書で調べると

1 その土地で名高い産物。名産。
2 その土地や社会で、特有な物事や評判になっている人。
 「ロンドン―の霧」「―教師」
3 茶道具類で、美術的、歴史的価値においてすぐれたもの。
 利休以前のものを大(おお)名物、利休時代のものを名物、
 小堀遠州の選定したものを中興名物という。
4 植物・動物・器物などの名と性質。また、それを研究する学問。
5 すぐれているもの。名器。


と様々な意味があることに気づかされます。

自分の住んでいるところ以外に行った時にはその土地の名物料理を

食べたいと思いますし、その土地で有名な場所に行ってみたいし、

その土地で有名な人にも会いたいと思います。

また、茶道具などの価値のある物も名物です。

全く持って人は名物に魅了され、名物を嗜む傾向にあるのです。



最近の飲食店は単に安さを求めていた一時期のブームが去り、

他の店との違いを明確に出さなければ生き残っていけないという

競争に突入しています。この店に来たらこれを食べようという

いわゆる「名物」が必要です。

ほとんどの料理は他の店とあまり変わりばえしなくても、この一品

だけは絶対に他では食べられないものがあれば、飲食店は生き残る

のです。



葬儀社も「名物」を持つべきだと以前より思っています。

フューネに頼めば、「これがある」という物やサービス。

これが大切だと思っています。

近年では「信託を使った葬儀の安信託葬」 「葬儀会館そうそうの森」

「プリウスの霊柩車」「豊田市産の間伐した木材を使用したお棺」

「夢農人とコラボした豊田市産の農産物を使用したカタログギフト」

などを販売してきました。

これらのものは少なくとも愛知県で取扱いのある葬儀社は弊社だけ

という商品やサービスですが、葬儀をご依頼を頂くお客様の中には

これらの商品を最初から指名買いされるありがたいお客様も

いらっしゃいます。他の葬儀社では扱っていない唯一無二の商品開発は

今後も続けていきますし、フューネの名物商品として今後も定番として

存続していくことを願っています。

名物の多さも「感動葬儀。」の実現の為に不可欠なことです

し、お客様の満足度は確実にあがる要素です。

お客様のご期待を裏切らないサービス向上を、そして新たな新名物の

開発を今後も目指して参ります。














  

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Posted by フューネ三浦 at 08:26 │日々いろいろ

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2015年03月15日

新幹線開業

3月14日に北陸新幹線がいよいよ開業しました。



東京~金沢間が最速で2時間28分で結ばれるということで、

これまでは関東方面から遠かった北陸の地が充分な日帰り圏

になりました。これから多くの人々の足となって新幹線を活用される

ことは沿線地域にとってとても素晴らしいことではないでしょうか。




北陸新幹線の開業とともに、失われる名物列車もあります。



札幌~大阪間の約1500キロを結んだ豪華寝台特急

「トワイライトエクスプレス」です。

一度は乗ってみたい豪華寝台列車として人気を博していましたが

多くの方より惜しまれて廃止になりました。

表向きの理由は車両の老朽化ということですが、実は新幹線開業に

伴っての北陸本線がJRから第三セクターに移行されるということと

北海道新幹線の開業準備に伴い、青函トンネルの使用が難しくなった

からです。新幹線の開業という華々しさの裏で廃止しなければならない

ものもあるのです。日本中に張り巡らされた新幹線の路線が増える

ことによって、夜行列車の必要性が無くなり、さらにビジネスホテルの

低価格化によってコスト的な面でも大きなムーブメントが

起きています。

新しいものと得るには何かを捨てなければならないのです。




今、時代の変化は急速に進んでいます。メーカーがヒット商品を開発

して、一時的に爆発的に売れても一年を持たずして消費者から飽きら

れてしまうようになってきています。商品のサイクルも新幹線の

スピード並に早くなってきています。

思えばパソコンの前で画面の変化に1秒も待てなくなっている現代人

にとって新幹線のスピードは必要な速さですが、トワイライト

エクスプレスのように22時間かけてのんびり車窓を眺めていける

余裕のある旅行は時代遅れかもしれませんが、絶対に無くならない

ニーズだと思うのです。






  

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Posted by フューネ三浦 at 09:04 │日々いろいろ

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2015年03月13日

同じ愛知県でも・・・

最近は仕事上でも県外への出張に行くことが多くなりました。

「どちらからお越しですか?」

と尋ねられた時は「愛知県」ともしくは「豊田市」からと

答えます。

愛知県と言えばやはり、多くの方は「名古屋」と連想されるようで、

次に名古屋名物の話になるのです。

名古屋市と豊田市の距離感の話にもなるのですが、

東京と横浜くらいの距離ですよとお話しをするのが一番距離感を

解って貰えるのです。

「手羽先」「みそかつ」「エビフライ」「ひつまぶし」

「あんかけスパ」などの名古屋めしの話になると私たちは三河人

ですから、あまり地元豊田市には名古屋名物を食べれる飲食店は

少ないですよと回答すると「えっ」と驚かれます。

さらに食文化以前に言葉が違うというともっと驚かれるのです。

名古屋人が使ういわゆる名古屋弁と私たち三河人が使う三河弁では

発音からイントネーションも全く違うのです。

例えば、「あなたこれを持ってきて」という標準語を

名古屋弁にすると

「おみゃーこれ持ってきやー」になりますが、

三河弁だと「おまん、これ持っといでん」になります。

全く違うのです。車でわずか一時間の距離ですが、同じ愛知県ですが

名古屋市と豊田市では使っている言葉も食べ物も全く違うのです。

県外の方からは同じ愛知県で同じだと思われるのですが、

これは異文化であると言わざるえないのです。



言葉が違うということは様々な文化も違うのです。

葬儀の文化も名古屋と豊田市では全く違います。

お葬式につける返礼品も名古屋では来ていただいたお礼として

ちょっとした品物をお出しするのですが、三河では香典のお返し

まで一緒にお出しします。

食事も名古屋ではお葬式の前にお亡くなりになられた方と最後に

一緒に食事をするという「出立ち膳」がありますが、三河にはそれが

ありません。逆に名古屋では火葬場で助六を食べる風習が

ありませんが、三河では火葬場で助六を食べるのです。

尾張と三河の境界であるエリアを営業地域しているフューネでは

まず、お客様が尾張人なのか三河人なのかを見極めることは

最初の重要なジャッジです。その上で名古屋式のお葬式の提案を

したらよいのか三河式のお葬式でよいのかを担当者が判断をして

お客様に提案するのです。そうしないとお客様のあたりまえは

非常識になってしまい、時としてお叱りを受けてしまうことに

なるのです。

お葬式の文化は先人より脈々と受け継がれてきた地域文化です。

言葉が違えば葬送文化も違う。これは葬儀業界の一つの常識です。



















  

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Posted by フューネ三浦 at 08:33 │お葬式の知識日々いろいろ

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2015年03月11日

お釈迦様の逸話

お釈迦さまの教えは人間の心の葛藤の本質を突いているものが

多いのですが、「死は必然」であることを説いたゴータミーの

逸話は何度聞いても素晴らしい教えであると思います。




以下はゴータミーの逸話の要約です。
瀬戸内寂静著「寂庵説法」より引用

ゴータミーという若いお母さんがいました。赤ん坊が生まれましたが、一週間もたたないうちに、病気で死んでしまいました。
彼女はあまりの悲しさに、頭がおかしくなるほど泣き沈みました。
やがて、死んだ赤ちゃんをしっかり胸に抱きしめて、 「私の赤ちゃんを生き返らせて下さい」と言いながら町をさまよう彼女の姿を人々は見るようになりました。ある人があまり可哀そうなので、「むこうの森へ行くと、お釈迦さまがお説法をしていらっしゃいますよ。そこへ行って、お偉い方だからお願いしてごらん」といいました。

ゴータミーは喜んで、その森への道を教わって、すぐ駆けつけました。たくさんの人々がとりまいて座っている中心に、お釈迦さまがいらっしゃいました。何か尊いお説法を聞いているのでしょう。みんな声もたてず、お釈迦さまの方に顔を向けて、熱心に聴いています。ゴータミーは、その中に飛び込み、「あたしの赤ちゃんを行きかえらせてちょうだい」と叫びました。みんなは気のふれた女だと思い、取り押さえて外へつれだそうとしました。

その時、お釈迦さまが、「女よ、ここにいらっしゃい」と声をかけました。ゴータミーは、すぐお釈迦さまの前へすすみました。お釈迦さまは、ゴータミーにこのように言いました。 「この村の家々をまわって、けしの実をもらってきなさい。ただし、これまで一度も死人を出したことのない家のけしの実でなくてはいけない。それをもらってわたしの所に持ってきなさい。そうすれば、赤子は息を吹き返すだろう」
ゴータミーは勇んで、家々を回りました。我が子が生き返ると聞いた彼女は必死でした。

しかし、訪問をうけた家の人たちは、悲しく首を振るだけでした。
どの家を回ってもお釈迦さまの言われるけしの実は手に入りませんでした。死人を出したことのない家など一軒もなかったのです。その時、ゴータミーははっとしました。『愛するものを喪った悲しみはわたしひとりのものではない。これまで、みなが味わってきたかなしみなのだ。
生きとし生けるものは死をまぬかれることができない。そのことわりをしっかりと胸にだいて、かなしみをしずめなければならないのだ』。そう思ったとき、かなしみは消え、ゴータミーはブッダの弟子になったということです。



人は誰もが死ぬのです。葬儀という仕事をしていても

日常の生活の中でこの原理原則を忘れてしまうことがあるのです。

確かに「明日死ぬかもしれない」と思って人生を送っていたら心が

病んだり、疲れてしまいますがやはり原理原則を忘れるべきでは

ないのです。



葬儀の仕事をしているとお客様が嘆き悲しみ、悲しみの状態から

抜け出せない場面によく遭遇します。

「なんで私ばっかりがこんな目に遭うの」

とはっきりと口にされる方もいらっしゃいます。

そのような方を立ち直らせるにはこのお釈迦様の教えは大変効果が

あると思うのです。

「愛するものを喪った悲しみはわたしひとりの
ものではない。これまで、みなが味わってきた
悲しみなのだ」

これが人間の真理だから、人は悲しみにくれる人に優しくなれる

のだと思うのです。







  

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Posted by フューネ三浦 at 08:30 │役立つ雑でない雑学

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2015年03月09日

「きょうよう」と「きょういく」

「きょうよう」「きょういく」はご存じですか?

通常は「教養」と「教育」と解釈すればよいのですが、

ここでは「今日の用事」と「今日行くところ」と解釈します。

「今日の用事」で「きょうよう」、

「今日行くところ」で「きょういく」と言う意味ですが、

これは高齢者の問題点を指摘する時によく用いるシャレなのです。

現役を引退した高齢者にとって切実な問題は

「朝、起きてもすることがない。

行くところがない」

といった方が多いのです。

日々忙しい私からは考えられないようなことですが、現役時代に

忙しい仕事人間であればあるほど、このような問題に直面する

ことが多いのだとか。

仕事上のお付き合いも大事ですが、それ以外のお付き合いをして

おかないと私も他人事とはいえません。




考えてみれば、誰もが今日する用事がある訳ではなく、誰もが

今日行くところがある訳でないということなのです。

本来、忙しい、忙しいと言っている間は本当に贅沢でありがたい

至福な時間なのでしょう。

そういった意味では私は本当に幸せです。




高齢者にとって、病院の通院も友人のお葬式もある意味楽しみな用事

です。それを証拠に葬儀の最中に大きな声で友人との久方ぶりの

談笑を大きな声でされている場面にしばしば出会います。

当人は気づかないけれど、周りの方は本当に迷惑であり、葬儀社の

社員としてもご年配の方に注意をするのもちょっと勇気がいる

ものです。くれぐれもTPOだけは気を付けて楽しく過ごして頂きたい

ものと思います。











  

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Posted by フューネ三浦 at 08:26 │役立つ雑でない雑学

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2015年03月07日

傾聴

「傾聴」とは、相手の立場、相手の価値観に立って

話を聴くこと
です。

人間の持つ基本的な5つの能力(読む・聞く・話す・見る・考える)

の中では一番難しいと言ってもよいのではないでしょうか。

人の話を聴くというのは本当に難しいことだと思うのです。




今、私はあえて「聴く」という漢字を使用しましたが、みなさんは

「聞く」と「聴く」の違いは理解出来ていますでしょうか。

英語にすると「聞く」はhearで、「聴く」はListen

「聞く」とは「音や声を耳で感じる」ことであり、 

「聴く」とは「聞いた内容を理解してそれに応じる」ことだと

いえるのです。

「聞く」いう行為をもっと積極的に意味あることとして捉えると

「聞き方」が「聴き方」に変わってくるのです。
 
    


まもなく、未曾有の被害をもたらした東日本大震災から

4年目を迎えますが、いまだに「傾聴」というボランティアが

行われています。被災者のお話を「聴く」だけのボランティアですが、

ただ「聞く」という姿勢では絶対行っていけないボランティアです。

耳と目と心を活用し、注意深く一生懸命に聴くことがすべてなのです。

そして、自分の価値観や立場を絶対に差し挟まないこと。

また、相手の不安や悩みが分っても、その問題に対して解決しては

いけないのです。

そのような態度で話を聴いた結果、相手が

「話ができて本当によかったわ!」

と思ってくれたのであれば、はじめて「傾聴」が出来たのだ

ということです。



最愛の人を失った人が悲しみにくれるという状態である「悲嘆」

から立ち直って頂く「グリーフケア」というものが

ありますが、これこそ、「傾聴」という方法がしばし用いられます。

とにかく、一生懸命聴いてあげること。

これは実は葬儀社の社員にとって、とても大切な心がけである

と同時に、これが一番大切な仕事だと言っても過言ではありません。










  

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Posted by フューネ三浦 at 08:36 │フューネ(会社)のこと

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2015年03月05日

分刻み

私の一日のスケジュールも忙しい日は文字通り、「分刻み」

なり、予定も同じ時間帯に2つ・3つと入ってきてしまうこともしばしば

起きます。時には朝食・昼食・夕食と食べる時間も無いほどの

時もあり、反動で食べる深夜の爆食いがデブの元なのですが、

中々止められません。忙しいという字は「心を亡くす」

書きますから忙しい時に忙しくしてはいけません。忙しい時に

忙しくしない唯一の方法は時間を分刻みで管理をすること

だと思っています。

つまり、「時間を守る」ということなのです。

忙しい時に忙しくなる時は大抵、前の約束が予定時間になっても

終わらずにその後の予定が玉突き現象が起きてしまうのです。

忙しい時ですから、時間に調整する余力が無く、結果的に食事の

時間を削ることで調整をしてしまいがちになり、腹ペコで疲れ果てる。

まあこんなことを毎日やっていたら、誰でも嫌になります。

どんなに過密なスケジュールでも分刻みで時間を守ってスケジュール

をこなしていけば、一日が終わっても充実感こそあれ疲労感は

あまり感じないものです。



日頃、「分刻み」でスケジュール管理をするようになると比較的ヒマな

時でも「分刻み」で動けるように不思議となるものです。

そうすることで、さらに時間的な余裕も生まれ、休息や余暇の時間が

出来る。仕事の出来る人はここのところが非常に上手なのです。

時間に遅れるということはたとえ5分でも自分の時間を奪うと勘違い

している方が多いのですが、実は相手の時間を奪うことなのです。

例えば、10人参加の会議に5分遅れたとするならば、

5分×9人=45分 の時間を奪ったことになるのです。

たった5分遅れただけだとは絶対に考えてはいけない。

だから、分刻みに時間を守ることは非常に重要なことなのです。




超高速で運転する新幹線。しかしながら、ダイヤはほぼ正確です。

定時運行をする運転手はわずか1分でも遅れて運行している時は

指令所に報告する義務があり、多くの人の知恵を結集して時間を

取り戻す努力をしています。

新幹線がたとえ1分でも遅れたらどれだけの人の時間を奪う結果

となるのかはもうお分かり頂けたかと思います。



















  

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2015年03月03日

一人5役

中国をはじめ、近隣の諸外国から多くの観光客がやってくるように

なった日本。日本の文化や製品に魅力を感じて頂けることは

誇らしいものです。家電製品やお菓子などのクオリティは世界最高

レベルであり、観光客が大量にお土産として買っていくいわゆる

「爆買い」は今後も続いていくでしょう。観光という産業がこの国で

成立をすることを実証づけてくれているようです。

製品のクオリティもさることながら、接客のレベルも充分に外国人

に評価されるものとして認知されつつあります。日本人としては

あたりまえすぎるおもてなしでも外国の方みれば感動に値するような

おもてなしは今後も磨いていかなければなりません。



さて、サービスのクオリティを維持する為にフューネが行っている

ことは「一人5役」の実践です。

一概に葬儀会社という仕事においても大まかに営業・施行・総務・経理

などの職務に分かれていています。

社員の誰もが葬儀の司会が出来る訳もなく、また営業の出来ない社員も

いるのです。しかしながら、葬儀社に勤める人間がお客様から見て

葬儀のことを知らないなんて考えられない訳であり、葬儀社に勤める

以上最低限度の葬儀の知識は必須な役割です。





葬儀を依頼するお客様にとって一番の不安にさせることは

「担当がころころ変わること」

できる限り一貫してお客様に接することが一番の安心に繋がります。

それを実現する為には社員の皆様があらゆる仕事の役割を担って

貰わなければなりません。例えば、葬儀の施行に関してはプロでも

その後の集金業務、法要受注、ギフト関連の知識がなければ、

担当を変えなければならなくなります。

そうならないように様々な役割の仕事ができるようになって貰わな

ければならないのです。

フューネでは「一人5役」出来て一人前という目標があります。

あらゆることができる社員を育成しマルチタスク化することが

お客様の満足にも繋がりますし、結果的に会社の利益向上にも

貢献します。

お客様の要望に何でも応えられる社員の養成は

「一人5役」がキーワードです。








  

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Posted by フューネ三浦 at 08:37 │フューネ(会社)のこと

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2015年03月01日

長距離搬送

霊柩車の営業用ナンバー(緑ナンバー)の許認可は「貨物」です。

法律的には人が亡くなった状態である遺体は人としては扱われないので

「旅客」にはならないのです。

さらに、「貨物」車両でもご遺体専用であるということで特殊貨物と

いうジャンルに分類され、ご遺体「限定」の貨物車両として、

よく見ると霊柩車に「限定」という表記がしてあるものがあります。




霊柩車両は基本的に他の貨物車両と比べて、走行距離が短いのが

特徴です。基本的には入院先の病院から自宅もしくは葬儀会館、

そして、葬儀会場から火葬場までの道程ですから、基本的に

同一の市内のみですべて賄えているのが現状です。

しかしながら、時折、遠距離のご依頼が舞い込んでくるのです。

特に最近はお亡くなりになられた方の故郷まで搬送して故郷でお葬式

をやろうと考えている方が増えています。

コスト的な面から考えますと遠く離れた故郷まで霊柩車で搬送する

よりもお亡くなりになられた所から最寄りの火葬場でお骨にして

お骨を運んで、故郷でお葬式をすることのほうがはるかに安いケース

が多いのです。ですが、お金の問題ではなくご遺体の状態で故郷に

返してあげたいと考えている子供さんの気持ちで長距離搬送という

選択が増えています。

一番の理由は年老いた親を故郷から離れた場所で暮らす子供たちが

呼び寄せることが昔と比べてすごく増えています。

仕事上の理由などで、故郷に帰って親の面倒を見れない子供たちが

親を呼び寄せる訳ですが、親にしてみたら年老いて見知らぬ場所で

死を迎えるというものは本当に心細いものなのです。

死の間際、「(故郷に)帰りたい」

と言ってお亡くなりになられる方も多いのだとか。




お金がかかっても、霊柩車で遠く離れた故郷まで搬送する行為は

子供の最後の親孝行であることには変わりはありませんが、

真の理由は「懺悔」という気持ちからなのでしょう。

そのような気持ちのお客様から長距離搬送のご依頼を頂く度に私たちが

心に刻む想いは故郷までの最後の帰り道は間違っても「貨物」では

なく「旅客」なのだということなのです。





















  

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Posted by フューネ三浦 at 10:37 │お葬式の知識

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2015年02月27日

遺骨の輸送

葬儀会館での忘れ物の中で、常に上位にくるものの一つに遺骨

あります。通夜・葬儀・初七日と終わり、ご遺族の皆様は

安心するのか遺骨を忘れそうになることもしばしばあります。

本来は絶対に忘れてはいけないものなのですが、何しろご来館時は

お持込頂くものではありませんから、そもそも「私の大切な持ち物」と

いう帰属意識がまだまだ芽生えないのは仕方の無いことかも

しれません。

「お客様一番大切なものをお忘れですよ」

とフューネの社員がお客様にお声をかけるとお客様は大抵、

笑われます。

照れ隠しもあり、恥ずかしさもある何とも笑ってごまかすことが

一番の心境なのでしょう。

良く、バスガイドさんがバス旅行終了の挨拶で

「家に帰るまでが旅行ですから」

という注意を私たちにくださいますが、お葬式も家に帰ってお骨を

中陰台(仮祭壇)に安置するところまでがお葬式です。




さて、最近では手元供養永代供養などをお申込み頂く

お客様が増えています。お骨を自分の拠点から離れた遠隔地に

運ばなければならないといった需要が年々増加しています。

以前はお骨を抱いて車か交通機関で運ばなければなりませんでしたが、

今は日本郵便の「ゆうパック」のみで荷物として送ることが

可能です。他の宅配業者では受付をしていませんのでご注意頂きたい

のですが、ゆうパックでは送付状に「遺骨」と記載して送ることが

出来るので安心してご利用頂けます。

ご遺骨は通常の荷物とは違うとは思いますが、荷物として受け付けて

くれることで遠隔地までわざわざ、手運びをする必要がなくなった

ことはコスト的にも非常にメリットのあることだと思います。



鉄道の忘れ物の定番といえば、傘とか衣類ですが、変わったところで

ご遺骨というもの忘れ物として届け出があるそうです。

くれぐれもご遺骨だけは忘れ物の無いようにして頂きたいですね。


  

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Posted by フューネ三浦 at 08:36 │お葬式の知識

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2015年02月25日

髪の毛の色

最近、モデルさんや女優さんの髪の色が黒髪な方が増えて来ている

ように感じます。髪の毛の色はファッションの流行とともに絶えず変化

をしているものですから、いつの時代も一緒では無いのですが、時代

の変化とともに価値観は変わってきているものです。

一昔前はいわゆる茶髪にするだけで「ヤンキー」というレッテルを

張られた時代もありましたが、今はある程度の茶髪は容認されて

います。

では、どこまでが黒髪でどこからか茶髪なのか?

容認できるレベルはどこなのか?

という基準があいまいではいけません。

髪の毛の色のレベルスケールというものをご存じですか?



日本ヘアカラー協会(JHCA)が提唱している、このレベルスケール

は多くの美容院が採用していますのでヘアカ ラーの明るさを選択する

時に例えばレベル6なら日本中の美容院でレベル6の色に

染めてくれます。



同時にヘアカラーの明確な基準を望んでいた企業からは大変

歓迎され、多くの企業がヘアカ ラーの明るさの基準として導入を

されています。

参考までに
・日本航空:6レベルまで認可
・ホテルオークラ:7レベルまで認可
・三越:7レベルまで認可
・コジマ:7レベルまで認可
・プランタン銀座:10レベルまで認可


ちなみに多くの日本人の場合、「レベル4」がいわゆる染めてない

状態の黒髪で、「レベル6」が少し、茶色が入った黒髪。

「レベル7」以降はいわゆる茶髪といえる髪の色でしょうか。

髪の毛のレベルスケールは「レベル1」から「レベル20」まであり、

「レベル1」は染めた状態の真っ黒な色、「レベル20」は染めた状態の

真っ白な状態です。


就職活動をされる学生さんの髪の毛の色は「レベル6」までが

一般的です。また銀行系などの固いイメージの企業も「レベル6」まで

としているところが多く、「レベル7」「レベル8」はホテルや

デパートなどの接客業が採用しているケースが多いのです。




お葬式という儀式に携わるフューネでは髪の毛の色は比較的

暗い色のほうが望ましいですが、茶髪の髪の毛が流行って

いた頃に女子社員に限って「レベル8」まで容認しました。

男性は「レベル6」のままです。

フューネの就職試験の際は「レベル9」以上の明るい髪の毛

では合格しませんし、現職の社員も「レベル9」以上の色の

場合は改善を要求します。




「揃える」為には公平な基準が必要ですが、このレベルスケールに

出会った時、漠然としていた基準が明確になり大変感激をしました。

そして公平に社員の髪の毛の色を指導することができるようになり、

揃えることが可能になりました。

髪の毛の色の「モノサシ」はとてもありがたい存在なのです。








  

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Posted by フューネ三浦 at 08:33 │フューネ(会社)のこと

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2015年02月23日

漢字

フューネの入社試験では面接の他の筆記試験は漢字のテストのみ。

一人の社会人として英語や数学などの基礎知識も必要でしょうが、

葬儀社において漢字の読み書きの能力は特別に重要なのです。

葬儀において絶対に間違えられないのが人の名前と生花等の

供物につける看板名。次いでいうと請求書名もです。

常用漢字以外の漢字を頻繁にお客様とやりとりをするのには

一つの漢字に対して何種類の読み方や書き方を理解していなければ

ならないのです。




ご存じのように漢字はお隣の国、中国から入ってきた漢民族が使用

していた文字ですが、日本に入ってきて日本の仕様にアレンジされ、

本来の漢字の持つ、音読みに加え、訓読みという日本独特の読み方

も発明されました。それに加えてひらがなやカタカナの発明が今日の

日本語になっています。

常用漢字は約2000字ありますが、これは時代とともに中身が変わって

いく物です。

今の日本人はパソコンやスマートホフォンの普及により、書けない

けれど読める漢字を使用することが増えてきました。このことから

常用漢字の選考にも、多くの国民が書けないけれど、読める漢字が

常用漢字に入っていくようなのです。

例えば憂鬱の「鬱」なんで読めても書けないですよね。




アルファベットなどの外国の文字と違って覚えるのはとても大変

ですが、一度覚えてしまえば様々な表現ができるのが漢字の

一番素晴らしいことではないでしょうか。

自分の感情を漢字を変えるだけでわずかな違いを表現できて

しまうのですから。




自分の想いを表現できるからと言って少々困りものが

「キラキラネーム」と言われる子供の名前です。

どう読んでも読めない当て字や連想ゲームかと

突っ込みをいれたくなるような漢字にはこれから、葬儀社は

悩まされていくのでしょうか。

キラキラネームばかりの焼香の順位帳なんて考えただけでも

「ゾッ」とします。















  

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Posted by フューネ三浦 at 08:38 │役立つ雑でない雑学

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2015年02月21日

贈り物

日本には様々な贈り物をする習慣があります。

ざっと挙げてみると結婚・出産・誕生日・結婚記念日・葬儀・お年玉・

バレンタインデー・ホワイトデー・合格祝い・入学祝い・卒業祝い・

母の日・父の日中元・歳暮


本当に年中何かの贈り物をしていることになるのです。

贈りものは必ず、送る相手がおり、送る相手のことを考えて様々な

品々の中から一つないし、数点のアイテムを選ぶことが楽しみである

のです。

基本的には贈り物を贈る動機としては「祝福」という気持ちや

「お見舞い」という気持ちを込めたものが私の本業である

冠婚葬祭の各種行事には欠かせません。

それを形で表すものは贈り物の中でも一番清々しい気持ちにさせて

くれるものです。

残念な贈り物の中に「賄賂」というものもあります。

賄賂の可否は議論の対象外とするとしても清々しさは無いはずです。



私は残念なことだと思っているのですが、最近のギフトの動向として

安易にカタログギフトを選択したり、商品券などの金券を贈る方は

ますます増えています。一見合理的で貰った方は喜ばれるものだと

思うのですが、やはり贈り物は前述のように送る側が送る相手のこと

を思って選んだ品物でなければ、贈り物を贈る趣旨としては何か

間違っているように思うのです。



贈り物は単に人間が人間に贈る物だけではありません。

神様や仏様からの贈り物もあります。

神道の考え方では私たちが普段口にする食べ物はすべて、神にお供えを

した後に頂くものです。お供えを引いて頂くから「お下がり」

とか「引出物」と言われる贈り物です。




様々な贈り物には何かしらの愛情の証であり、

決して金銭では表現できない私たちの心そのものなのです。





  

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2015年02月19日

看病疲れ・介護疲れ

認知症の妻を夫が首を絞めて殺害してしまったという何ともやるせない


ニュースが先日も流れていました。

献身的に看病するあまり、一人で悩み、苦しみ最終的には悲劇の

結末を向かえてしまうことは言葉では言い表せない無念な気持ちです。

親を介護するのに仕事を辞めなければならない人が年々増えています。

わずかばかりの年金とアルバイト収入だけになった家計は介護をする

ことで生活そのものが不安定になってしまう現実があります。

おそらくこのようなことは日本の至るところで起きているのでしょう。

超高齢化社会の中で、今後もますます増える看病疲れ、介護疲れの

対策をもっともっと行政が介入するべきだと思うのです。




葬儀の仕事をしていると、お葬式の打ち合わせをしている時に

悲しいのだけど、どことなく「ほっ」とされているご遺族の方に

出会います。事情を聞いてみると、長年の闘病生活がやっと

終わったということがほとんどの場合です。

過去の経験からですと闘病生活が3年を超えてくると、「死」という

現実に悲しみ以外の別の感情を持たれる方が多くなってくるように

感じます。中には10年を超えるような看病をされた方などは

「やっと終わったわ」

とはっきり口に出して言われるお客様にこれまでに何人もの方と

出会ってきました。

私自身、長期の看病や介護の経験は無いのであくまでも推測で

しかわかりませんが、死は現実から解放をしてくれる側面もある

はずなのです。




医療の進歩を同時に、延命ということが可能になった現代社会の中で

同時に「看病疲れ」「介護疲れ」というひとつの

社会問題を作ってしまいました。前述のように疲れからの殺人が

絶対に起きないようにしなければなりませんが、葬儀の現場で

お客様の動向を見ている限り、本当に紙一重の理性の差だけなんだと

思ってしまう現実をしばし、垣間見るのです。













  

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Posted by フューネ三浦 at 09:18 │日々いろいろ

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2015年02月17日

2040年

私の著書「感動葬儀。心得箇条」でも触れていますが、

最近ではメディアが2040年問題として多く取り上げるように

なってきました。

65歳以上人口の割合が、2010年の23.0%から2040年には

36.1%へと上昇し、3人に1人以上が65歳以上の世の中。

中でも問題なのは、働く意思と能力のある人の数である労働力人口の

減少です。2011年度に約6600万人だった労働力人口が2040年度には

5400万人に減少すると見込まれているのです。

その結果、2040年には全国1800市区町村の半分の存続が難しくなる

との予測があり、国土交通省も全国6割の地域で50年に人口が

半分以下になると予測しています。896の自治体が消滅するとも

言われています。




私の記憶では2005年前後くらいから、2040年には日本という国が

立ち行かなくなるという予測が叫ばれるようになり、2010年前後から

メディアが取り上げるようになり、そして、今は危機として報じられる

ようになったのです。

経済の原則からしても、消費をしないと景気は絶対に良くなりません。

人口減少ということは消費をしないということであり、今後の

日本経済にとっても無関係ではいられないのが人口の問題なのです。



今年2015年であるので2040年まではあと25年。

劇的に世の中が変わっている25年後を乗り切る為には、今からの

備えが必要です。

2040年には昨年126万人が亡くなった死亡者数も170万人まで

達するという予測も発表されており、「死」に対する価値観もおそらく

変わってしまうでしょう。

あと25年に出来ることを出来るだけ対策をしておかなければ、

予測よりも厳しい結果を招くだけなのです。





  

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Posted by フューネ三浦 at 08:37 │お葬式の知識

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2015年02月15日

自動ドア

一昔前と比べても格段に便利になっている世の中で、「自動」

というキーワードで進化しているものが多数あります。

10年くらい前では自動でライトが付く人感センサー付きの

照明器具に喜び、便座が自動で開閉する便器になんとなく

うれしくなったものです。最近では自動車の自動でブレーキを

かけてくれる技術が普及してきて、本当に私たちの生活の中では

ますますの便利さが今後も追求されていくでしょう。



自動という便利さの中で失われていくものもあります。

それは人間がバカになるということです。

コンピュターが自動で計算してくれるようになってボーリングの

スコアを書ける人がほとんどいなくなりましたし、車の縦列駐車すら

自動でやってくれる時代に縦列駐車の技術は確実に落ちているはず

です。お恥ずかしながら、フューネにおいても葬儀に関連する

発注業務をオンラインで組んでいるとシステムが故障した時に

電話とFAXで注文するということさえ、解らない若手の社員が

いることに正直、ショックを受けるのです。

便利さを追求することは大切なことですが、少しくらい

不便なほうが人間性は損なわれずに済むと思うのです。



さて、50年以上の昔からある自動で動くものの一つにドアがあります。

街を歩くだけで、一体いくつの自動ドアにお世話になっているのか

解らないくらい、自動で開くドアはもはや常識であり、疑いのない

便利な技術だと思うのです。

フューネでは2004年に完成した一号店の三好から

そうそうの森シリーズの葬儀会館には自動ドアはあえて設置しない

ようになりました。コストを下げる為に導入を見送っている訳ではなく

わざと不便にしているのです。

お客様がドアを開けるという行為をされる前にフューネのスタッフが

開けてあげるというサービスを目指しているのです。

通夜、葬儀には専門のドアマンを置くこともありますし、ドアを開けて

あげることでお客様との会話が自然に生まれ、距離感が短くなって

なっていくのです。結局、サービスとはお客様との距離感をいかに

して短くすることではないかと思うのです。



フューネ霊柩車も運転手がドアの開閉をします。



あたりまえと言われればあたりまえかもしれませんが、

この行為が火葬場までの車内での会話が弾む要因なのです。



自動という便利さの中で、人と人とのふれあいが無くなっていくことに

敢て、逆行することも「感動葬儀。」を構成する

要素なのです。












  

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Posted by フューネ三浦 at 09:09 │フューネ(会社)のこと

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2015年02月13日

霊柩車のトラブル

先日、フューネのグループ会社ゼロナイントヨタの霊柩車が

回送中にタイヤのパンクするトラブルに見舞われ結果的に

出棺予定時間に間に合わず、お客様をお待たせしてしまうという

トラブルをおこしてしまいました。

お客様はじめ、火葬場並びに関係機関にご迷惑をおかけしました。

改めてここにお詫び申し上げます。




葬儀の担当をしていて一番ヒヤヒヤするのは時間通りに霊柩車が

来ないことです。特に葬儀の最中に霊柩車の姿を見るまでは心が

落ち着かないないといった経験をお持ちの葬儀関係者は大勢いる

ことでしょう。フューネでは多少のトラブルが発生しても解決できる

ように出棺予定時刻の30分前までには配車をして頂けるように

霊柩車の運行会社に依頼をしています。

しかし、それでもトラブルが起きることは避けることができません。

霊柩車が回送中に事故に巻き込まれるだけで大切なお葬式を

台無しにしてしまうこともあるのです。

そして、やはり霊柩車は自動車であり、機械であるということ。

つまり、絶対に故障しない保証はないのです。

もちろん、毎日の運行前の点検と整備をしている車ですから、

自家用車と比べれば、故障する頻度は圧倒的に少ないのですが、

それでも不可抗力ではと思うような機械のトラブルに巻き込まれる

ことはあります。

車のコンピュターが壊れ全く動かなくなってしまったりことが過去の

にはあるのです。

故障はある程度仕方ないとしても、厄介なのは

「代わりが無い」ということです。

お客様はパンフレットから車種を指定していることが多く

霊柩車なら何でも良いという訳ではありません。

例えば、「センチュリーの霊柩車」という指定を遺言でされていたら、

絶対にセンチュリーでなくてはなりません。

基本的に同一車両の無いのが霊柩車であり、唯一無二の存在なのです。



絶対に安全運転。絶対に故障の無いように。

やり直しの効かないお葬式という性質上、お客様の為に、毎日祈る

ような気持ちで細心の注意を払っているのです。












  

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Posted by フューネ三浦 at 08:40 │フューネ(会社)のこと

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