2015年02月09日

叱る

私が子供の頃は近所で遊んでいて、危険なことや人に迷惑が

かかることをしているとよく、知らないおじさんやおばさんに

叱られました。親に叱られることよりも数倍怖く、また叱られた

ことに対して、すぐ言う事ことを聞いたものです。



現代では公共のスペースでのマナー違反や迷惑行為に対して

注意することや叱るということは本当に希少なものになって

しまいました。子供を叱ってその親からクレームがくる、

厄介なことに巻き込まれる。そんなことが一瞬でも頭をよぎった

時に人は人に対して無関心になってしまうことが残念というか

無念なことではないでしょうか。



教育のという現場においては叱るという行為は必要不可欠なもの

ではないかと思うのですが、叱れない先生が増えているのも事実

です。先生という職業がサービス業のようになり、お客様に不快な

思いを与えないようにしてしまっては、「教育」の根本から外れて

しまうのですが、現実的には叱れない先生の増大はやはり青少年

育成の上では危険なことだと思います。



サービス業に従事するものとして究極の「サービス」を追求すると

必ず、「叱る」という行為に辿りつくのです。

今は他人から「叱ってくれる」というサービスを受けるには

相当な金額を払わなければならないのです。

それほど、お客様を叱るという行為は難易度な極めて高いサービス

だと言えます。叱ることでの会社の信頼失墜やクレームを頂くという

結果を恐れるあまり、人は人に叱れなくなるものです。

人と叱るといういうことは叱る側の覚悟と相手に必ず伝わる「愛情」の

証がはっきりと見えなければ絶対にできない領域なのです。



フューネの「感動葬儀。」において時としてお客様を叱る

というサービスをします。最愛の人を失い悲しみのどん底にいる人が

混乱した精神状態の中で、間違った方向に行ってしまいそうな

時は叱らなければいけません。

お客様を大切に思うからこそ、できる叱るというサービス。

これは本当に勇気のいることなのです。

「愛情」が伝わらなけば大クレーム。しかし、伝われば

強い信頼関係で結ばれるという結果は最高レベルのサービスには

絶対に必要なことなのです。

これからも最高レベルの葬祭サービスをお客様に提供する上で

「叱る」ということを勇気を持って実行できるフューネのサービスで

ありたいと願うのです。































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2018年 新年あけましておめでとうございます。
2017年 今年もありがとうございました。
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