日々の出来事から葬儀に関するおはなしまで盛りだくさんの話題をお届けします!!
2013年07月07日
運ぶ命
2013年5月28日付ブログ記事「私がしっかりしていれば。」でも
触れさせて頂きましたが、運命とは文字通り、「運ぶ命」であるのです。
その人がそこに命を運ぶからこそ起きる様々な事柄は結局のところ、
その人の自己責任であり、自己責任である以上全てを
受け入れなければならないからです。
先日、遭難した辛坊治郎さんのヨット遭難事故も「九死に一生を得る」
結果となり、救出されたことはとても喜ばしいことです。
人の生きるか死ぬかの境界線は本当にわずかの差であり、大事故
に巻き込まれても、命を落とす人とそうでない人の運命は神様のほんの
ちょっとのいたずらではないかと思えてならないのです。
葬儀の現場では、ほんのちょっとの神様のいたずらで残念ながら
命を落とした人ばかりです。言ってみれば、そこに命を運んでいたから
こそ起きる悲劇をお葬式を通じてこれまで間の当たりに見てきました。
あと30秒そこに行くことを遅くしたら巻き込まれなかったであろうなどと
「if」の仮定のお話しを残念ながら、悲しみいっぱいにされるご遺族や
友人・知人の方々。。。
「九死に一生を得られなかった人」の死を受容しなければなりません。
悲しみのどん底にいる方々に間違っても言っていけない言葉の一つに
「これも運命だったね」
という言葉です。前述した通り、確かに「運命」なのでしょうが、目の前の
「死」を受容していない方々にとっては残酷な言葉になるのです。
人の一生を運命という言葉で片付けるのは感情的にはありえないのです。
触れさせて頂きましたが、運命とは文字通り、「運ぶ命」であるのです。
その人がそこに命を運ぶからこそ起きる様々な事柄は結局のところ、
その人の自己責任であり、自己責任である以上全てを
受け入れなければならないからです。
先日、遭難した辛坊治郎さんのヨット遭難事故も「九死に一生を得る」
結果となり、救出されたことはとても喜ばしいことです。
人の生きるか死ぬかの境界線は本当にわずかの差であり、大事故
に巻き込まれても、命を落とす人とそうでない人の運命は神様のほんの
ちょっとのいたずらではないかと思えてならないのです。
葬儀の現場では、ほんのちょっとの神様のいたずらで残念ながら
命を落とした人ばかりです。言ってみれば、そこに命を運んでいたから
こそ起きる悲劇をお葬式を通じてこれまで間の当たりに見てきました。
あと30秒そこに行くことを遅くしたら巻き込まれなかったであろうなどと
「if」の仮定のお話しを残念ながら、悲しみいっぱいにされるご遺族や
友人・知人の方々。。。
「九死に一生を得られなかった人」の死を受容しなければなりません。
悲しみのどん底にいる方々に間違っても言っていけない言葉の一つに
「これも運命だったね」
という言葉です。前述した通り、確かに「運命」なのでしょうが、目の前の
「死」を受容していない方々にとっては残酷な言葉になるのです。
人の一生を運命という言葉で片付けるのは感情的にはありえないのです。
Posted by フューネ三浦 at 09:02
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