2008年07月06日
輪廻転生
先回の記事、 「あの世」には皆様から
コメントを頂き、私が勉強させて頂きました。
中でもブーログでおなじみの大宮先生より
輪廻転生とあの世(浄土)の関係がイマイチよくわからないというコメントを
頂きましたので、輪廻転生について説明してみたいと思います。
仏教における考え方によるとわたしたちの住んでいる世界は
6つあり、これを六道(ろくどう)といいます。
下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つの世界があり、
私たち人間は前世の行ないからこの六道を輪廻するものとされています。
すなわち永遠に生死を繰り返してこの六道を輪廻することを
輪廻転生(りんねてんしょう)といいます。
ちなみに下の写真はフューネで普段使用している祭壇で
遺影写真の左右に置いてある
飾り物は六灯(ろくとう)といい、六道を表しています。

また、フューネの葬儀会館紫雲閣、葬場殿、サンクリークにある
お地蔵さまは六人で六地蔵といいますが、これも六道を表しています。

ここで注意しなければならないのは、六道のひとつ「天上」はあくまでも
六道の中の天上界に過ぎずキリスト教でいう天国でもなく、
仏教でいう極楽とは全く違うものです。
もっとも、人間界と違い寿命も長く苦しみも少ない世界でありますが、
永遠にそこにいられる訳ではないのです。天人すら死ぬのです。
つまり、あの世ではないということ。
輪廻転生を繰り返すことは決して楽なことではなく
これを六道輪廻の苦しみといい、
この世界から早く逃れたいと思います。
どこへ逃れるかというと浄土=あの世へとなるわけです。
輪廻転生から逃れる為には、修行をし悟りを「目指す」訳ですが、
これはけっして簡単なことではありません。
ですから、「南無阿弥陀佛」を唱えれば極楽浄土にいけるという
浄土教系の考え方はあの世を信じている方にとって非常に魅力的であり
すでに平安時代には貴族の間で爆発的人気となったのです。
その代表的建造物が時の権力者藤原氏が極楽浄土へ行けることを願って
建立したのが宇治の平等院鳳凰堂です。
平等院鳳凰堂の中は想像する中での極楽浄土の世界が再現されています。
私自身はどちらかというとあの世があるという考え方ですが、
できることなら、あの世を生きている内に見て見てみたいものです。
コメントを頂き、私が勉強させて頂きました。
中でもブーログでおなじみの大宮先生より
輪廻転生とあの世(浄土)の関係がイマイチよくわからないというコメントを
頂きましたので、輪廻転生について説明してみたいと思います。
仏教における考え方によるとわたしたちの住んでいる世界は
6つあり、これを六道(ろくどう)といいます。
下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つの世界があり、
私たち人間は前世の行ないからこの六道を輪廻するものとされています。
すなわち永遠に生死を繰り返してこの六道を輪廻することを
輪廻転生(りんねてんしょう)といいます。
ちなみに下の写真はフューネで普段使用している祭壇で
遺影写真の左右に置いてある
飾り物は六灯(ろくとう)といい、六道を表しています。

また、フューネの葬儀会館紫雲閣、葬場殿、サンクリークにある
お地蔵さまは六人で六地蔵といいますが、これも六道を表しています。

ここで注意しなければならないのは、六道のひとつ「天上」はあくまでも
六道の中の天上界に過ぎずキリスト教でいう天国でもなく、
仏教でいう極楽とは全く違うものです。
もっとも、人間界と違い寿命も長く苦しみも少ない世界でありますが、
永遠にそこにいられる訳ではないのです。天人すら死ぬのです。
つまり、あの世ではないということ。
輪廻転生を繰り返すことは決して楽なことではなく
これを六道輪廻の苦しみといい、
この世界から早く逃れたいと思います。
どこへ逃れるかというと浄土=あの世へとなるわけです。
輪廻転生から逃れる為には、修行をし悟りを「目指す」訳ですが、
これはけっして簡単なことではありません。
ですから、「南無阿弥陀佛」を唱えれば極楽浄土にいけるという
浄土教系の考え方はあの世を信じている方にとって非常に魅力的であり
すでに平安時代には貴族の間で爆発的人気となったのです。
その代表的建造物が時の権力者藤原氏が極楽浄土へ行けることを願って
建立したのが宇治の平等院鳳凰堂です。
平等院鳳凰堂の中は想像する中での極楽浄土の世界が再現されています。
私自身はどちらかというとあの世があるという考え方ですが、
できることなら、あの世を生きている内に見て見てみたいものです。




