2015年07月23日

供養の期間

「あなたの最後の親孝行
一緒に考えてみませんか。」


これはフューネのテレビCMのナレーションですが、お葬式は

最後の親孝行であることの啓蒙活動は今後も続けていきます。

本来親孝行は親が生きている間にしなくてはならないものなのですが、

親が亡くなって初めて後悔する方がほとんどなのです。

その為、葬儀が終わり、お棺の蓋を開けて最後のお別れをする時には

大抵の場合、「懺悔」「感謝」の言葉に埋め尽くされます。

子にとって親の存在は当たり前であり、失って初めてその大切さに

気づくものです。幸い私の両親はまだ健在ですので、私自身も

本当の意味で親の有難さを理解していないものだと思うのです。

生前に親孝行が出来なかった後悔はお葬式をすることで、後悔と

いう気持ちを薄れさせることができます。

そして、本当の意味での親孝行は死後の供養をするということ

なのかもしれません。

年忌法要には一周忌・三回忌・七回忌 ・十三回忌 ・十七回忌

・二十三回忌二十五回忌 ・二十七回忌 ・三十三回忌
とあります。

今では3回忌くらいまでしか親戚を呼んで法要をすることをしない家が

増えてきましたが、年忌法要をいつまでやるのかという質問に今でも

一番多い答えが33回忌なのです。もちろん年忌法要は33回忌で

終わりではなくて50回忌・100回忌とあるのですが、なぜ33回忌で

多く方が一定の区切りをつけるのかという疑問が湧いてきます。

諸説あるのですが、33回忌というのは

子が亡くなるタイミングだからです。

実際に親の50回忌を子が施主で行うケースは極めて稀ですし、

100回忌に至っては孫・ひ孫の代でも怪しいものです。

つまり、子は生きている間の期間がおよそ、親の死から33年くらい

であり、親の供養は子は生きている間に行う親孝行なのです。



近年、お葬式に簡素化に伴い年忌法要までもが、簡素化の傾向です。

法要の大小は関係ありませんが、自身の元気な内はお墓参りや

朝晩の仏壇のお参りなど、自分自身のペースで供養することが、

一番の親孝行なのかもしれません。










  

Posted by フューネ三浦 at 08:26 │終活の教科書

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2015年06月25日

目標

目標とは「行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準」

という定義が辞書に書いてあります。目標を達成するということは

最終的なゴールという意味合いもありますが、大方の場合は

ゴールの向こうにまた新たな目標があるものです。

私が考える目標とは頑張って、頑張って、頑張って

必ず達成できるゴールが目標であって、頑張って、

頑張って、頑張って達成できないのならそれは夢であると

思っています。人は頑張った先に必ず達成できるから目標を

目指して頑張れるのであって目標までの山が険しいければ途中で

嫌になってしまうことも充分にあり得るのです。

ですから、目標は単にそこから外れないように目印とするものでは

なく、達成感が味わうことが出来なければ目標ではないと思うのです。



フューネでは社長以下、全社員が期の初めに

「3つの目標」を策定します。

言わば、内外に向けた公約であり、達成するべきものです。

毎年、この時期に中間の査定と検証を社員、ひとりひとりと面談を

行います。どうしてできなかったのか、また何がそうさせたのかと

いったことを自分自身が理解し修正する後押しを周りがして

あげなければならないものです。




自身の人生においても

「何歳まで生きるのか」

という明確な目標を持っていなければなりません。

目標があるからこそ、生きがいに繋がりますし、目標がなければ

そもそも長生きをしたのかという検証すらできません。

終活のセミナーをしていてビックリするくらい多くの人が何歳まで

いきるのか、また生きたいのかという目標対し、明確に回答が

返ってこないのが現状です。言い換えれば「終活」とは自分が何歳

まで生きるのかという目標を作ることなのかもしれません。
















  

2015年06月01日

エンディングノート信託

終活をする上で、一番大切なことは、自分自身をこれまでの人生を

振り返り、冷静に見つめ直し、その上で自分の死後に遺された方に

何を託すのかを決めておくことに尽きるかもしれません。

もっとも残された人生を豊かに送る為の終活ともいえますので、

この観点から言えば、ちょっと違うように感じる方もいらっしゃると

思いますが、豊かな人生の先に死後の現実がある以上、避けて通る

べきではないのです。


とにかく、「終活をしたい」とお客様からご要望を頂く時は、

「エンディングノート」を書いてください

と言うようにしています。

これまでの人生を振り返り、これからの人生をどう生きていくのかを

考えるには今のところ最適な手法だと思っています。

実際にエンディングノートを完成させれば、それはその人にとっての

「自分史」の完成であり、自分の死後に子や孫が保存して

おきたいと思う大切な文献に変わっていくのです。

しかしながら、ある調査ではエンディングノートを何かしらの方法で

取得しても実際に記入をされる方はわずか1.3%という現実があるの

も事実です。その調査結果からわかるように誰もが書けるものでは

無いという事実に私たちは正面から向き合っています。

その結果出てきた解決方法は終活のプロである私たちがお客様と

「一緒に書いてあげる」ことなのです。

お客様と一緒に書いていく内にだんだんと強くなるお客様の自身の

想いを文字にすることで「想いが見える」ようになり、

やがて自身の死後に何を不安に思っているのか、何を託していきたい

のかが解ってきます。それを文字にすることがエンディングノートの

効用なのです。



せっかく、エンディングノートが完成しても子や孫が葬儀の後の遺品

を整理する時にエンディングノートを発見してもそれは時すでに遅し

という状態です。実際にこのような残念な結果になるお客様はびっくり

するくらいたくさんいらっしゃいます。



フューネではこのようなことにならないように

「エンディングノート信託」

という新しいサービスがあります。

お客様と一緒に書いたエンディングノートを死後の指図書として

そのまま使用し、それに係る費用をあらかじめ信託口座で保全

するのです。指図書であるエンディングノートに書かれた内容を

実行するのは託された私たちフューネが行いますが、お客様の

指図通り、実行しているか亡くなられた本人に代わり監視する

弁護士の先生を付けるのです。もしも、お客様の指図通り

葬儀を実行しなければ私たちは葬儀代を貰えないという制約が

そこに生まれます。





実際にお客様にこの新しいサービスをご紹介をすると非常に

興味を持たれます。終活という活動をすればするほど、

自分自身が死後においては無力であることにお客様自身が

気づいて頂けた証拠です。

この部分を完全に補う「エンディングノート信託」は確実に

終活をするお客様のニーズを捉えている新商品なのです。






  

Posted by フューネ三浦 at 09:01 │お葬式の知識終活の教科書

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2015年05月28日

ダイヤモンド



上の写真は今年、フューネのあるお客様からのご依頼でご遺骨を

ダイヤモンドにして、指輪をして加工したものです。

フューネが「ご遺骨でダイヤモンド」に加工する

サービスを始めて早10年が経過しました。ご遺骨をダイヤモンドに

しようと思われるお客様は葬儀を施行したお客様の全体からみれば、

少ないのですが、確実に人気の供養の一つとして成長してきました。



ダイヤモンドと言ってももちろん本物のダイヤモンドではなく、

人工のダイヤモンドです。

人工ダイヤモンドの歴史はフューネが提携しているStayforever社

ホームぺ-ジに解説がありますのでそのまま引用します。

このダイヤモンドの製法「高温高圧方式HTHP」はアメリカで発明され、1953年にアメリカのGE社によってこの高温高圧法は特許化されました。 これが人工ダイヤモンドの始まりであり、それは今のGem Quality宝石レベルになるまでは、様々なステージを紆余曲折してきました。

アメリカはこれらを工業ダイヤとして使用することに決め、ダイヤモンドの加工をダイヤモンドで擦るという方式に変え、第2次産業改革の目玉に据えて 開発、また使用をしてきました。 それが冷戦後のソ連において、ソユーズ計画が解体化された後のロシア科学者たちが、食べていくためにこの研究を急速に始め、その宝石的価値を高めていきました。

1990年代においてそれが完成し、インドの王族や、その他の資産家において1000年の夢のまた夢であった人工的に作られたダイヤモンドがこの世に誕生したのです。

アメリカ人の青年がそれを遺骨から作ると言うことに着目し、今の遺骨ダイヤモンドは2003年に世に出ることになりました。

ただ現実にソビエトが亡くなった後のロシアにその開発資源はなく、今の高度な人工ダイヤモンドは、スイスかドイツに限られるようになってしまいました。

現在スイスに2カ所の高精度のダイヤを造るラボが存在します。アルゴダンザ社と私どもです。またドイツ国内においても研究施設が数カ所に置かれています。いまでもロシア国内に生産拠点は残っていますが その製品のクオリティはその頃から変化成長はしていないようです。それは色の変化や内包物除去の問題です。日本でも名のある数社によってそのレベルの低いロシアダイヤモンドが発売されているようで批判されているケースも生じています。

私どものStayforeverはドイツ国内で研究したものを、スイスのニューシャテル地方に持ち込んで開発生産を行っています。

今市場にあるスイス製と呼ばれるものも、全てはスイスで精製されているものではなく、他のロシアなどに生産委託している実態があります。ましてアメリカ製というものはそもそも存在しておらずほぼロシア生産というのが実状です。 我が社の価値は、その遺骨からの炭素精製、炭素からの高温高圧式でのダイヤモンド昇華、またその加工から研磨、詳細に至る検査という過程を 全て同じ敷地内で行っていることです。これは世界でもここにしかない唯一ものだと自負いたしますし、何よりの安心材料であると考えています。

大切な方の、大切なご遺骨を預かるにふさわしい施設を持っていること、また完全な施設の中で精製されるダイヤモンドを、信頼のダイヤモンドとお呼びいただきたいと考えます。



ダイヤモンドをお勧めしているのは愛情たっぷりの夫婦のどちらかが

亡くなった場合。

そして、子供さんを亡くした親御さんに。

私が印象的なお客様は40代でお亡くなりになられたご主人の遺骨を

ダイヤモンドにして奥様が身に着けたところ、娘さん2人が

「私たちも」ということになり、2つ追加注文されました。

上記のお客様の例のように、一軒のご家庭で複数のダイヤモンドを

作られるケースは珍しくはないのです。

どちらせよ、ダイヤモンドは「愛情」の証

亡くなっても愛する人がいつもそばにいると思うことが出来、

これまでにダイヤモンドを作って頂いたお客様からはほぼ

「満足」というありがたいお声を頂いています。


詳しくはコチラをご覧ください。
下の画像をクリック



2008年1月12日付ブログ記事「ご遺骨はダイヤに」
http://fune.boo-log.com/e6673.html


  

2015年05月16日

未来

ふるさと納税の手続きが緩和されて、気軽に多くの方が自分の好きな

自治体への寄付行為をすることが出来るようになってきました。

税金控除される税金と自己負担になる差額の穴埋めにと特産品や

工芸品等、各地域のお礼の品が貰えることがまたまたふるさと納税の

魅力になってきています。地元豊田市ではふるさと納税をした方に

トヨタ自動車の誇る燃料電池自動車「ミライ1日貸出」

いう特典を付けたところ瞬く間に予約が一杯で受付が終了したとか。

これからの未来を予言した「ミライ」という新しい自動車は豊田市に

とっても地域の誇るべき世界最先端の技術の結集なのです。




さて、未来のことを考えると普通の方は「わくわくする」

ものです。将来の夢や可能性を描くことは自己の生きがいにも

繋がりますし、周りの人々を楽しくさせる要素があります。

未来を見据えている人はポジティブであり、どんな方でもプラス思考

なのです。未来を語れる方は基本的にネガティブなことを考えることは

まず無いのです。そして、自身が死ぬということを思う人はほとんど

いないのです。

反面、未来を描くことが出来ない人はネガティブであり、「死」を

意識してしまう方がほとんどです。究極は鬱の症状が発症し

「死にたくなる」という何とも不幸な病気に繋がるのです。

健康で元気に幸福に生きることを願うならば、私たちはいつも「未来」

を見るようにしなければならないのです。



終活という自身の「死」を見つめる活動は決してネガティブなこと

ではありません。

むしろネガティブの方は終活はしません。

自分の人生の終わりを想定するということは「未来予想図」を

描くことです。未来を終着点が見える人は、今この時に何をすれば

良いのかということが本当に明確に理解できているのです。

「死」を見つめることは「縁起でもない」と言って避けていた時代から

明らかに

「死を見つめることは未来を描くこと」

という「死」に対しての意識の変革が今、日本で起きています。

「死」は未来の否定ではなく、

未来の先にある「死」を見つめることで自分自身を肯定するという

意識改革が「終活」と言っても過言ではありません。

未来の向こうの死まで描ける方が本当に充実した人生を送ること

のできる人が人生の成功者なのです。









  

Posted by フューネ三浦 at 09:56 │お葬式の知識終活の教科書

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2015年05月02日

5月17日 海洋散骨模擬体験クルーズ 参加者募集





5月17日(日曜日)に海洋散骨の模擬体験が出来るクルーズを

開催します。

参加費はおひとりさま1000円

出港時間は午前10時・11時・12時の計3回です。

フューネでは2002年より、直営で

フューネの自由葬「海に還りたい」という

散骨事業を行っています。

葬儀社が自社の船舶を所有し、散骨事業を他の散骨業者に頼らずに

直営でやっているところは全国でも珍しいのです。

また、葬儀社としては唯一「日本海洋散骨協会」

のメンバーです。

年々、供養の方法として散骨を希望されるお客様が増えています。

また興味はあるけどくわしくは知らないという方は多数いらっしゃい

ます。そういったお客様に実際に行われている散骨を模擬で体験して

頂こうと今回の企画を考えました。

散骨に興味のある方、単純にクルージングを楽しみたい方でも

結構ですので、是非船に乗ってみませんか。

出航はラグーナ蒲郡から、船を降りた後でも遊園地やショッピング・

食事などを楽しんでいただけます。



海洋散骨模擬体験クルーズ 参加のお申込みは
0565-35-3535までお電話にて受付をしています。


散骨についてはくわしくは下記のバナーをクリックしてご覧ください。




  

2015年04月30日

コンビニより多いお寺の問題

最近テレビを見ているとよくクイズとして

「コンビニとお寺の数、多いのはどっち?」

という問題が頻繁に出題されているように思います。

テレビ出演している芸能人などが大方、出題者の予想通り、

「コンビニ」と答えて、不正解

「お寺のほうが多い」

という正答にお約束の「えっっ」

という反応が得られるので番組を盛り上げるにはなかなか都合の

良い好問題になっています。



上記の通り、日本にはコンビニよりもお寺の数のほうが多いのです。

平成24年度版宗教年鑑によると日本のお寺の数は77394

これに対し、コンビニの数は平成27年2月現在で52380です。

圧倒的にお寺の方が多いのです。

しかも日本で一番お寺の数が多いのは京都府だと思われる方が

多いと思いますが、なんと一位は愛知県なのです。

その数4605です。ちなみに京都府は3087であり、

全国で一番少ないのは沖縄県で81。琉球王国の時代はお寺は無かった

のですからこれはしかたないとして宮崎県の357は愛知県と比べると

本当に少なすぎなのです。

なぜ、愛知県が日本で一番多いのかという答えは諸説あり、どれも

根拠が定かではないのですが、信長・秀吉・家康を輩出したこの地は

寺院に対し、手厚い知行が約束されたことは事実であり、

また江戸時代末期には大名の8割が愛知県出身という当時の日本

において、先祖の供養をするために出身地の菩提寺を手厚く保護した

ことは事実です。

このような事情もあり、愛知県はお寺の数が日本一。



お寺の数が多いということは寺院を経営する立場からいえば同業他社が

ひしめき合う市場です。現在の平成の世は「寺院離れ」「宗教離れ」が

叫ばれる中、寺院は安定した収入を得ることはますます難しく

なっています。結果的に単独では寺院経営が成り立たず、一人の住職が

複数の寺院の住職を兼務している兼務住職が大勢いらっしゃいます。

また、フューネの地元豊田市も寺院は多いのですが、お隣の徳川家康が

生まれた岡崎市は京都市よりもお寺の数が多く、おそらく、世界で一番

仏教系寺院の多い都市でしょう。

結果的に地元で需要がなく、多くの寺院さんが他の都市に出稼ぎに

行っていることもあまり知られていない事実です。




飽和状態といわれてコンビニよりも多い寺院がこれまで、経営難で

数が減ることがなかったのはそれなりに需要と地域の皆様の支え

があったから。しかしながら、現代は葬儀においても出仕するお寺さん

の人数はこれまでは7人だったけど、4人で良い。いや1人でいいという

お客様(檀家)の要望により仕事も収入も激減しているのが現状です。

では、檀家衆の皆様から寄進を増やすことも現実的は難しいものです。

さらに後継者不足の問題も。もっとも寺院経営に魅力が無くなってきた

から後継者問題も大きくなっていくのです。




守るべき地域の伝統はその地域のお寺が大きく関わっています。

このままでは無くなってしまう地域のお寺を守るのか、統合するのか?

その地域に住む住民である以上、お寺の存続問題は決して無関心では

いられないという大問題が日本の至るところで起き始めているのです。












  

Posted by フューネ三浦 at 08:40 │日々いろいろ終活の教科書

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2014年12月29日

終活 宗活

「終活」という自分の終わりを見つめ直す活動が一定のブームに

乗って多くの方に認知され、市民権を得るなかで、宗教離れの

問題が叫ばれるようになってきました。終活の中で葬儀という

カテゴリーを見てみますと

「お葬式に本当に宗教者は必要か」

「宗教者を呼ぶと自分らしさが無くなって

しまうのではないか」

といった問題に直面します。

多く方は宗教の意義を理解されないまま終活をされていますから、

当然といえば当然の結論になっていきます。

その結論は「宗教者はいらない」

結果的にお寺様にお支払いするお布施が高いとか、49日の法要は

必要が無いとか無宗教でお葬式をする方法はないのかというご要望が

お客さまから葬儀社である私たちに寄せられます。



今、終活を行う上で、少しは意識しなければいけないのは「宗活」

なのです。先祖代々続く、家の宗教や自分の心情や死生観。

これらを見つめ直して、正しい知識を身に着けた上の終活が望ましい

のです。終活を行ったが故に本当に必要であったものを失うという

ことにならないようにしなければいけません。



宗活の情報は当然ですが、宗教者が発信するべきです。

しかしながら、情報発信という点において充分でないのが現実です。

結果的に宗教離れが進むのは仕方がないというような状態と思います。

葬儀社の役目としてもちろん、宗教に関する情報も発信してはいるの

ですが、説得力という点において、宗教者にかなうことはありません。

「宗活」を広めていかないと本当に必要な方が困ることは事実です。




自分らしい最期を正しくお客様に選んで欲しい

そう思えば思うほど、終活には宗活が必要だと思うのです。











  

Posted by フューネ三浦 at 08:33 │終活の教科書

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2014年12月07日

意外に 書かれていないエンディングノート

フューネにおけるエンディングノートの推奨はまだまだこの世に

エンディングノートという固有名詞が無かった2000年頃から行って

います。当時、葬儀業界でも先駆けであったフューネの

エンディングノートは「人生ファイル」という名前で販売し、

これまでに数えきれない回数の人生ファイル教室を開催させて

頂いています。「感動葬儀。」ブログにおいても

何度も取り上げさせて頂いてきました。




近年、終活ブームにのってエンディングノートの存在は多くの方に

認知され、多くの書店ではエンディングノートコーナーを設け、

何種類かのエンディングノートが陳列されており、さらに売れて

いるエンディングノートに至っては10万部も超えるヒット商品も

あるのです。

これだけ、売れているのにエンディングノートを手に入れた人の

わずか1.3%の人しか実際に記入していないという衝撃的な事実が

先日、葬儀関係の雑誌の記事に掲載をされていました。

実際に書く人はこんなにも少ないのかと思うと同時にお客様の

立場になって考えてみれば納得の行く数値であるということを

再認識させられる数字です。

私たちが実際にエンディングノート教室を行っても実際は書き方の

説明だけで一時間を費やしてしまい、実際に書こうという行為まで

行うには2回目・3回目の講座を受講して頂かなければなりません。

幸い、1回の講座だけでなく2回目・3回目を受講してくれるフューネの

お客様は多いのでフューネの人生ファイル受講者においては1.3%

という数値は低すぎると思いますが、書店の店頭で購入した人に至って

はいざ書いてみると書けないというのが実情ではないでしょうか。

書けない理由して大きな理由になっているのは「細かすぎる」

ということが大きく影響していると思います。

結構、こんなことまで書くのかということまでエンディングノートには

設問として掲載されています。結局すべての設問について記入して

いくことは面倒な作業なのです。

面倒な上に死を考えることは縁起でもないという観念にも縛られ、

結構エネルギーのいることなのです。

それを乗り越えるには私たちの終活のプロがエンディングノートを

お客様の代わりに書いてあげることが必要なのかもしれません。




フューネの「人生ファイル」はフューネの葬祭ディレクターがお客様

と面談の上、記入のお手伝いを無償でさせて頂いています。

死を見つめる葬儀のプロだからこそ、ご自身の死後に遺していて欲しい

事柄も熟知しています。ですから、そのことをアドバイスさせて頂いて

います。

書いて初めて活きてくるエンディングノートですから、まずは書いて

みようという気持ちになってください。そして私たちに相談をして

ください。一緒に書いていけば絶対に書けるのですから。































  

Posted by フューネ三浦 at 09:16 │終活の教科書

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2014年11月19日

引っ越し

地元豊田市にいると自動車関連企業において紙キレ一枚で世界中に

転勤になってしまうことを間のあたりにしていると、つくづく

グローバル企業に勤めることに大変さを感じます。

確かにサラリーは高収入であり、福利厚生も充実していますが、

その分、仕事に対する責任の重さは中小企業の比ではありません。

その点、中小企業は転勤といってもせいぜい県内のどこかという

ことが多く、フューネにおいては豊田市・みよし市の拠点しか

ありませんから、転勤にはまず引っ越しが伴うようなケースは

ありません。

転勤しても引っ越さなくても良いということは意外に認識されて

いない中小企業に勤めるメリットだと私は思うのです。



さて、ご先祖様から頂いた土着の土地で農作業をして代々その土地に

住んでいる人のほうが圧倒的に少ない現代では引っ越しは人生の中で

頻繁にしなければならない行事といっても良いのです。頻繁に引っ越し

をしている人は家財さえもコンパクトにまとまっており、必要最低限の

家財しか持っていない方も多いのです。引っ越しの際、葬儀社である

私たちによくご相談のあるのは仏壇の引っ越しです。

仏壇の引っ越しをするには「魂(しょう)抜き」と言われる

儀式をしなければなりません。仏壇自体には、故人の霊は宿らない

とはいえ、仏壇に安置されている位牌は、故人そのものであり、故人の

霊が宿っているとされています。その位牌が安置されているのが

仏壇ですからお寺様を読んで読経をしていただくことになります。

そして、仏壇の移動が完了したら、一刻も早く、ご先祖様が位牌に

お戻りいただけるよう、魂入れをします。故人の魂を、位牌に

入れることです。



仏壇を引っ越しすることが増えている現在、頻繁に引っ越しをする方が

仏壇を敬遠している方も増えています。いわゆる「手元供養」

いわれる品々はひとつひとつがコンパクトで持ち運びには

非常に便利です。

そして、今多いのがお墓の引っ越し。

転勤の度にお墓を引っ越しする人がまずいませんが、定年退職後

故郷に帰ること選択しなくなった方が故郷から、終の住かにする

予定の場所にお墓を引っ越しさせるのです。



住居の移動が厳しく制限されていた江戸時代には全くと言っていいほど

なかった引っ越しですが、今の時代の引っ越しは本当に世界レベルで

考えて行かなければなりません。

















  

Posted by フューネ三浦 at 08:18 │お葬式の知識終活の教科書

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2014年09月04日

墓じまい

終活という活動が活発になる中で最近、要望が増えていることの一つに

「墓じまい」というテーマがあります。

墓じまいとは、管理ができなくなったお墓を処分することで、ご遺骨を

新しい場所で供養することをまでの一連の流れです。

お墓を管理できなくなる人は年々増えています。

一番の理由はお墓を継ぐ人がいないということです。

自分の元気な内は何とかお墓の管理ができるが子供の代になると

管理ができないというような方が終活の流れの中、

お墓を閉鎖してお骨をお墓の中から集め、新しい供養のカタチとして

永代供養散骨、あるいは手元供養という方法を

選択されるのです。



墓じまいという言葉が生まれる前から遠方に住んでいるなどの

理由で、先祖からのお墓を管理していくことが出来なくなる方が

たくさんいらっしゃいました。

そのような方のニーズはお墓をお終いにするという発想ではなく、

「お墓の引っ越し」でした。

つまり、遠方より、自分の住んでいる近くにお墓を引っ越しして

くるという方法です。フューネにおいても「お墓の引っ越し」の

ご相談は今でも頻繁にあり、実際に実行されるお客様も多いのです。

以前は「墓→墓」という選択肢しかなかったのですが、

今は「墓→永代供養」「墓→散骨」

「墓→手元供養」

などの複数の選択肢が用意されている世の中になったから

「墓じまい」という言葉が生まれてきたのです。




なぜ今「終活」が流行っているのか?

というご質問をよくお客様から頂くのですが、

答えは昔と比べて選択肢が無数に増えたことに他なりません。

結果的にお客様自身がご自身にあったモノ(サービス)選ぶには

以前よりも何倍もの商品知識が必要になったのです。

そして、自分の死後のことを次の世代が決まるのではなく、

ご自身で決めなければならなくなってきているのです。




お墓の引っ越しがなんらかの事情でできない方が

「墓じまい」という方法を知ったならば、まだまだ健在化して

いないニーズが爆発的に表面化しそうな予感です。

「墓じまい」

知っておいて損はない単語です。  

Posted by フューネ三浦 at 08:41 │お葬式の知識終活の教科書

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2014年06月19日

50代の終活

「終活」が盛んになっています。

各地で行われる終活フェアでは主催者が驚くほどの盛況ぶりであり、

フューネも例外なく、開催するエンディングノートセミナーや

家族葬セミナー遺言・信託セミナー・相続セミナー
などの終活に関する

セミナーには動員目標を超えるお客様にご参加いただいています。

昨年、出版した私の著書「感動葬儀。心得箇条」

サブタイトルは「いま、なぜ終活か。

答えがここにあります。」
です。

多くの読者から、なぜ終活をしなければならないかよくわかりましたと

言った内容の感想を多数いただき、著者としては本当にありがたい

限りです。

この本を執筆するにあたって「終活のターゲットは?」という

命題に対し、私は40代の方60代の方に読んで頂くことを

意識して書き上げました。

なぜならば、40代というのはそろそろ自分の親を死を意識する世代で

あり、60代はそろそろ自分自身の死を意識する世代だからです。

ところが、今50代の方の終活がひそかなブームとなっています。

50代の方には団塊の世代の60代の方々とは違うその価値観が

新しい終末のトレンドさえも変えてしまうそんな力を秘めています。

日本の個人金融資産(預貯金・株・保険など)は400兆円あると

言われています。その内、55歳以上の方の保有はなんと90%

に達するということです。政府もここに目をつけ景気回復には

この資産を使って貰う為の政策を打ち出していますが、そうは簡単には

55歳以上の方はお金を使いません。使わない理由は明確です。

その理由は「将来に不安がある」ということです。

貰えるはずの年金も不安であり、年老いた時の生活を考えると

手元においておきたいと考えるのは当然の結果です。

しかし、平均年齢が90歳という現代では50代はまだまだ人生の

折り返し地点に達しただけなのです。言い換えればこれからの人生は

これまでの人生と同じ時間があり、しかも貯めこんだお金があると

いうのが平均的な50代の現状なのです。

50代の結婚(再婚)もあり、会社を起業するのも良し、大学で勉強する

のもいいでしょう。私の著書では伊能忠敬の例をあげて、

「人生を2度生きる」ことについて推奨をしています。

※2013年1月23日付ブログ記事「人生を2度生きる」でも
取り上げました。



50代の終活とは

残りの人生のお金を使い道を決める活動

だと私は考えます。50代の間は終活といってもまだまだ「死」を

直接に意識をしなくても良いのです。

むしろ大切なことは自分自身の宗教観をしっかり持つことでしょう。

つまり、自分の人生哲学を完成させることが大切です。

そして、自分の人生哲学が自身の死生観を確立させ、それから

はじめて「死」を意識すれば良いのです。





昔の50代は老人の一歩手前の感覚でしたが、今は若い元気な

50代が多数いらっしゃいます。これからも健康でアクティブに

活動する為に終活を始める50代が今、増えているのです。




















  

Posted by フューネ三浦 at 09:11 │終活の教科書

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2013年09月15日

終活の教科書

私 フューネ三浦が書いてきた、終活に関する記事を
『終活の教科書』になるようにまとめました。

みなさまが終活に興味を持ち、実際に終活しようというときの
参考になることを願って・・・。


終活の教科書 目次--------------------

1.■終活のほんとうの意義
 ~なぜ終活が必要なのか~


2013年03月08日
終活とは・・・生きること

終わりを決めるというということは人生の目標を定めること
でもあり、死を追究すればするほど生きることの喜びが
実感できるのです。


2.■終活という言葉と、考え方

2013年12月05日
1000年続くコトバ

ブレイクした「終活」という言葉が今後生き残っていく為には、
お葬式についてもっと多くの方に興味を持って頂く環境が必要です。


2010年12月15日
終活がブーム

「終活」とは人生の最期の過ごし方や葬儀の種類
など生前のうちに決めておくこと
なのですが、この終活をする上で最も役立つと言われているのが
エンディングノートと呼ばれるものです。


2010年05月24日
終活

終わり(自分の死)をしっかりと定めないと
豊かな老後が楽しめないと気づいた方は間違いなく
「終活」をするさだめにあるのです。


3.■終活を葬儀に反映させる方法

2012年12月17日
エンディングノート

「エンディングノート」が注目される中、実際に「エンディングノート」を
書いていた方が亡くなった時、エンディングノート思いを託した内容が
お葬式に反映されないということが実際のお葬式で
起きているのです。


2012年10月20日
スタンバイ葬

自分自身のお葬式の相談にお元気なうちにお越しになり、
数年後、最期を迎えるような場合や金子氏のように病院の枕元に
私たち葬儀社を呼んで、自分自身のお葬式の指示をされるお客様は
これまでに何人も応対してきました。


4.■事前相談
 ~終活の、なくてはならない一部~


2011年10月18日
事前相談2011年事情

お葬式の費用は時間をかけて
葬儀プランを作成すれば、お客様にとって納得のできるお葬式を行うことが
可能になりますし、満足度も高くなります。そして、費用も安くなる。


2011年04月25日
葬儀相談テスト

皆様も周りにも葬儀社に勤めている友人や知人がいたらおそらく、
もしものときに頼りになるのは葬儀社に勤める友人や知人でしょう。
しかし、その友人や知人が葬儀社に勤めているにも関わらず葬儀のことが
解らず、別の担当者を紹介されたら、相談する側からすれば気安く何でも
聞くことができなくなります。


2009年11月29日
予告される死

大抵の健康な方は「死」は所詮、他人事なのですが、
身内や自分自身が重病にかかったり、医師から余命宣告を受けたり
して初めて「死」を現実のものとして捉えます。


2008年09月13日
事前相談

「事前相談」が増えて来ているのは、
核家族化が進み周りに葬儀のことをよく知っている方が
少なくなっていることが一番の原因だと思います。
そして、もう一つはお客様の価格に対する不安だと思います。


2008年02月24日
生前見積り

よく考えてみれば一般家庭にとってクルマ1台購入するくらいの費用がかかる
お葬式をよく検討しないで依頼するお客様の多いことは
葬儀社側から見ていると不思議な光景でした。



5.■Let's 終活

●終活セミナー
終活セミナーの様子

終活セミナーは午前の家族葬セミナーから100人を超える
予想外の大入りで本当に皆さまの関心の高さを実感しました。


●終活に関わる家族葬セミナーと安心託葬セミナーについて
家族葬セミナーの様子

今回の内覧会はセミナー目的のお客様がほとんどでした。
そして、どのお客様も真剣な眼差しで聞いてくださいました。


私のブログが書籍になりました
現在の終活の事情の中で起きている「間違った情報」をうのみして
間違った終活をしている正しい知識を持たない方々へ、
正しい知識を知って頂きたく、今回1冊の本にまとめました。

失敗したくない、後悔したくない。
そうした方に読みやすい書籍となっております。



全国の書店や、amazonなどのネット通販からご購入いただけます。
せひお買い求めください。


▼セミナーは定期的に行っています。
次回の予定についてはフューネホームページをご覧いただくか、
またはお電話(0565-35-3535)にてお尋ねください。  

Posted by フューネ三浦 at 00:00 │終活の教科書

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2013年06月11日

災害と終活

南海トラフ地震の被害を想定すると、太平洋沿岸を強い揺れと津波が襲い、

最悪の場合死者が約32万人に上ると見積もられています。

30mを超える津波が太平洋沿岸の日本を代表する都市を襲い、

それに対応する防潮堤を作るのは極めて困難なことです。

今、何故このように私たちがびっくりするような数値がでてくるかといえば、

以前の想定では想定を想定よりも低く見積もっていたからに他なりません。





将来来るかもしれない災害に対して、この様な想定が出来るのは

まだ東日本大震災の教訓を私たちが忘れていないからなのです。

「災害は忘れた頃にやってくる」

という有名な格言がありますが、よく考えてみると日本語の文脈的には

正しくはありません。

正しくは「忘れるから災害が起きる」のです。

事実、東日本大震災でお亡くなりになられた方の大部分は津波の被害に

遭われてお亡くなりなりました。家屋等の崩壊でお亡くなりになられた方は

わずか1割だったそうです。

被災者の多くの方は津波の怖さを過小評価していました。

その結果、地震が起きてすぐ逃げていれば助かった多くの尊い命が犠牲に

なってしまいました。

あってはならないことですが、もしも、東北地方に再び東日本大震災と

同じ規模の地震がきたらどうでしょう。

私たちはあの地震を忘れてはいませんから、多くの人が逃げて先回のように

多くの命を失うことおそらく無いはずです。

人は忘れるから災害に遭うのです。

災害に遭わない為には「備え」が絶対に必要なことなのです。




日本人は平時に「死」について語ること、備えることを忌み嫌ってきました。

言霊の影響もあるのですが、そもそも死について想定することが不謹慎と

いう習慣でした。

昨今、自分の「死」について見つめる「終活」が大きな話題となって

いますが、「終活」がこれほどまで注目されるようになったのは私は

東日本大震災の影響が大きいと思います。

東日本大震災を目のあたりにした多くの日本人は嫌でも自分の死に

ついて考えさせられました。そして、災害同様、想定をしないことが

どれだけ生きていくうえで危険な行為か身をもって実感したのです。

災害に対する備えも自分の死についての備えも本質的に一緒です。

ですから、「終活」という言葉に代表されるように自分の死を想定すること

への抵抗感が多くの日本人にとってタブーでは無くなったのです。



お葬式の現場では実際に身内の「死」を迎えたご遺族様でも

余命宣告を受けたいわゆる想定している「死」と事故や自殺などの

想定していない「死」では動揺ぶりが全く違います。

「死」を想定することは日常の生活を豊かにするうえでは絶対に必要な

ことだと思うのです。

大震災後、自宅に常備する方が増えた「非常用持ち出し袋」と同様に

自分の死を想定して書き記した「エンディングノート」が同じところに

並んでいなければおかしいと思うのです。











  

Posted by フューネ三浦 at 09:08 │終活の教科書

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